第9話 剣術ってのも楽しいもんだ
正面から振り下ろされる刃を半歩引いて
振り下ろし伸びきった相手の腕。狙うはその指。
だが、狙いは読まれ、相手は握りしめた柄の底でショークリアの刃を弾いた。
「恐ろしいコトをするな、お前は」
「指を潰せば剣も拳も握れないよね?」
感心したような呆れたような言葉をかけてくるのは、ショークリアの父――フォガード・アルダ・メイジャンだ。
赤い髪に甘いマスクの持ち主で、実際に社交界にはファンも多いらしい。
騎士らしく身体は鍛えられているものの、非常にスマート。前世の言葉で言うなら細マッチョというやつだろう。
整髪料で後ろへ撫でつけていなければ、激しく逆立つほどのクセっ毛は、その赤い髪色と相まって炎と称されることもある。
さらには、瞳も燃えるように赤く、いざ戦闘となればその苛烈な戦闘スタイルも相俟って、炎剣の貴公子などと言われることもあるそうだ。
「ショコラ。お前は、剣――というよりも戦闘の才能があるのかもしれないな」
「剣の才能と戦闘の才能は違うの?」
「ああ。重なる部分もあるが、より勝つため逃げるために特化した才能――というべきかな。その為ならば矜持も正々堂々も容易に捨てられる、そんな才能だ」
「うーん……?」
言われてもピンと来ず、ショークリアは首を傾げる。
(実際のところ、前世の喧嘩の要領でやってるだけなんだけどよ)
前世では喧嘩常勝という名声だけが一人歩きしてしまっており、一対多数という喧嘩が多かった。喧嘩を売ってくる連中の中には武器持ちだっていたくらいだ。
まぁそもそも、
武器持ち連中といえば、鉄パイプや金属バットくらいならまだ優しい。
自分が死ぬ直前の喧嘩なんて刃物を持ち出してきたやつがいるくらいなのだから。
今の世界ならいざ知らず、日本でそんなものを抜く阿呆は、どれだけ考えなしなのかと呆れてしまう。
ともあれ、そういう連中相手に立ち回るには、速攻で腕を潰す。膝を砕く。狙える時は手足問わずに指を踏みつける。目潰しだって有効だ。
この世界の傭兵や冒険者たちのように殺し合いを知っているワケでもない日本の不良たちなら、それだけで基本的に戦意喪失である。
手っ取り早く数を減らすなら、KOする前に戦闘力を奪ってしまった方が早いのだ。
「敵の数を減らすというのは別にノックアウトすることだけじゃなくて、戦力や戦意を奪えればいいのかなと」
ノックアウト……? と一瞬訝しがられたが、文脈から大体の意味を理解されたようで、そこは気にせずに彼は口を告げる。
「それは武を習う者の発想ではなく、傭兵などの戦場を知る者の発想だよショコラ」
末恐ろしい――とフォガードは胸中で思っているのだが、ショコラはそんなことなど微塵も気づいていない。
(喧嘩と戦場って結構似てんのかもな)
などと、気楽な調子であった。
「ところで、今日はなんで急に剣の訓練をしたいと言ったんだ?
普段は決められた日以外には握ろうとしないだろう?」
フォガードはかつて
それ故に、将来的には娘や息子にも英雄騎士の子の名がついて回ると懸念して、決められた日に剣の特訓を施している。
特訓そのものを、ショークリアもガノンナッシュも嫌がらなかったのは、父にとっては胸をなで下ろす事実であった。
それでもガノンナッシュはともかく、ショークリアはあまり積極的ではないので、フォガードも特訓予定日以外には無理して剣を握らせることはなかったのだが。
ただ、ショークリアとしては剣を習う日は父に褒めて貰えることが多いので、それを楽しみにしているところもあった。前世では父親に褒めてもらえたことなんて記憶にないので、余計に嬉しいというのもある。
もっとも、今日に関していえば父に褒められたかったから――という理由などではなく……
「運動がしたかったの。
その……昨日、ちょっと食べ過ぎちゃったから」
「食べ過ぎた?」
首を傾げる父に、ショークリアが苦笑を返す。
剣の訓練そのものは嫌いではなかったのだが、あんまり振り回していると、前世の喧嘩を思い出してついつい乱暴な気分になってしまうので控えていたというのが真相だ。
付け加えるなら剣は嫌いではないのだが、刺繍やお茶会の練習などの方が楽しいと感じる自分もいたので、そちらを優先にしていたという面もある。
さておき、昨日は素揚げを作るのに盛り上がり、ミローナとシュガールと共に色んなものを揚げては食べるを繰り返してしまった。
その結果、夕飯が食べられないほどになってしまったのである。
ましてや油モノ。五歳児の身体とて、食べ過ぎは良くないだろう。むしろお子様だからこそ、早々に燃焼しておこうと思ったのだ。
(前世じゃ、可愛いだのカッコイイだの言われるコトはまずなかったからなッ! 恵まれた見た目に生まれた以上は、維持してぇし磨きてぇよなッ!)
心の中で、グッとやる気アピールのガッツポーズを取るほどに、気合いが入っている。
「何をそんなに食べたんだい?」
いつもの食卓でのショークリアからは想像もできない言葉に、フォガードが不思議そうな顔をした。
それに、ショークリアは笑顔で答える。
「シュガールの新作料理の試食ッ!
基本は出来たんだけど、シュガール自身が納得できるまでは、食卓には並ばないみたいだけど」
「食べ過ぎるほどに美味しかったのかい?」
「うんッ!」
「ほう。それは楽しみだ」
満面の笑みを浮かべるショークリアに、フォガードも笑顔を返した。
シュガールの腕前はフォガードも知るところだ。
むしろ、フォガードがシュガールの料理の腕に惚れ込んで口説き落とし屋敷へと連れてきたといっても過言ではない。
そんなシュガールが新作を作り、食の細い娘が食べ過ぎるほどに美味しいというのだから、フォガードも楽しみになるというものだ。
「ショークリア。まだ剣は握れるか?」
「もちろん。お昼の時間まで、よろしくお願いしますッ!」
「ああ――来いッ!」
「はぁ――はぁ――……ありがとうございました」
肩で息をしながら、ショークリアは頭を下げる。
「五歳とは思えないほどの腕になったなショコラ」
「でも、お父様には全然かなわないし」
「かなわれたら、むしろ困るな」
むぅと膨れながら口にするショークリアの言葉に、フォガードは思わず苦笑した。
この剣の腕で騎士爵を得たようなものなのだ。簡単に娘に追いつかれたらたまったものではない。
もちろん、追いつかれたら追いつかれたで、娘の才能を喜ぶための宴を開くつもりだが。
「お父様……わたしも
フォガードは、炎剣と言う魔術を用いる。
愛剣に炎を灯し、斬撃と共に相手を焼くのだ。
見た目がとてもカッコいいので、いずれは自分も使ってみたいと、ショークリアは思っている。
「お前がどの色の加護をもっていいるかにもよるな。炎に関する魔術を使うには最低限、赤の神の加護が必要になる」
「神様の加護……どうすれば加護があるってわかるの?」
「お披露目の日だな。そこで宣誓の儀をやる時にわかる」
魔術や魔力の訓練というのは、そこで持っている属性が判明してからするものらしい。
「加護がないという者は少ない。誰でも1~2色の加護を持つ。お前がどんな色の加護を持っているのか、私も楽しみだ」
「色の加護……」
自分の使う魔術に思いを馳せて、目を輝かせるショークリアの姿に、フォガードは優しい眼差しで見つめていた。
(色によって使える魔術が変わるのか……どんなモンができるようになるか楽しみだぜ……ッ!)
ワクワクしているショークリアに、さらなる言葉をフォガードが口にする。
「加護の確認の必要ない、魔術の一歩手前の技術……
いくら剣の腕が良くても、
それを聞いたショークリアが
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