第8話 それじゃあ何か作ってみっかッ!


「しかし、料理の味を塩花トルースで引き立てるってのは、やったコトがないからピンとこねぇな」

「それなら、わたしにアイデアがあるの」


 ショークリアが手を合わせながらそう口にすると、シュガールの目が輝いた。


「料理をしたコトないわたしの考えだけど」

「それでも構いやしませんよ。発想そのものがないんで、とっかかりくらいにはなるかもしれませんしね」


 シュガールが左の手のひらに右手の拳を叩きつけ、気合いを入れるようにそう告げる。


 その頼もしさに、ショークリアの瞳も輝いた。


「えーっと……スガラパサって余ってる?」

「もちろん」


 そうしてシュガールが取り出したのは、親指よりも太い木の枝のようなものだった。


「それをこの前のスープに入ってたような形にできる?」

「おう。そうしなけりゃ、こいつの皮は固くて食えたもんじゃないしな」


 シュガールはうなずきながら、分厚い皮へと縦の切り込みをいれ、そこからペロンとめくるように剥がしてみせる。


「そしたら、底の深めのフライパンにストルマオイルを入れて。

 剥いたスガラパサを浸るくらいの深さで入れるから、安いものでいいよ」

「このくらいか?」


 シュガールはわざわざ屈んで油を入れたフライパンの中を見せてくれる。

 それをのぞき込んで、ショークリアはひとつうなずいた。


「ここにスガラパサを入れるんだな?」

「そうだけど、まだ入れないの」

「ん? どうするんだ?」

「そのまま火にかけて。油から泡がぽつぽつでるまで待って」

「あいよ」


 ショークリアは説明をしながら、思案する。


(揚げ料理の存在そのものがない感じだなこれ……。

 ってコトはざっくり説明しつつ、注意も一緒にしねぇとダメだな)


 やるのは素揚げながら、シュガールの反応をみる限りは、この国では初めてやる料理法になるのかもしれなかった。

 ただ料理がまったく出来ない相手に教えるよりは、かなり教えやすいだろうと思い、ショークリアはこっそりと安堵する。


「出てきたぞ、お嬢」

「えっと、そしたら切ったスガラパサを静かにそこへ入れるの。

 その油はすっごい熱くなってるから、跳ねさせないように気をつけて」

「任せろ」


 威勢良く応じると、シュガールはそのテンションとは裏腹に、言われた通り静かにスパラガサを油の中へと沈めた。


「しゅわしゅわがいっぱい出てくるけど、それがすこし落ち着いたくらいが取り出すタイミング。

 よく油を切ってから、お皿に乗せて、熱々のうちにパラリと塩花トルースを振りかけるの」

「しゅわしゅわが無くなっちゃダメなんだな?」

「うん。しゅわしゅわはスパラガサの中の水分なの。しゅわしゅわが無くなると水分もなくなっちゃうから。水分がなくなっちゃうとパサパサになって美味しく無くなっちゃう」

「よし」


 ショークリアの説明を受けて、理解したのかシュガールは真剣な眼差しで鍋の中を見つめる。


 その様子を伺いながら、ミローナが恐る恐る問いかけてきた。


「ショコラはどこで料理を知ったの?」

「それは……えーっと……」


 その疑問に、ショークリアは思わず顔をひきつらせる。


(流石に前世の記憶ですとは言えねぇしな……どうする……?)


 言ったとしても冗談だと思われるのがオチだろう。


「その、本で……」

「確かにショコラはよく本を読むけど……書いてあったの?」

「そのまんまじゃなくて……本を読んで、こういうの出来るんじゃないかなって思ったというか……」

「そっか」


 しどろもどろに答えると、ミローナはそれなりに納得をしてくれた。


(いや、納得してるかどうか微妙な顔してっけどなッ!)


 とはいえ、この辺で会話を打ち切りたい。

 そんなことを思っていると、シュガールがスパラガサを取り出し始めた。


「こんもんかな?」


 トングのようなもので取り出して、言った通り油をよく切ってから小皿に乗せる。

 自分とショークリアの分だけでなく、ミローナの分も作ってくれたようだ。


「出来たぜお嬢」

「ショコラお嬢様。これは何という名前の料理なのですか?」

「うーん……」


 問われて、ショークリアは少し思案する。


(ロクに名前は思い浮かばねぇし、素揚げでいいか?)


 他に良い名称が思いつかないのだから、そのまま行っていいだろう。


「スガラパサをそのまま油で揚げたのだから……スパラガサの素揚げ、でどう?」

「素揚げ……素揚げか」


 シュガールが、その名前を口の中で数度繰り返す。

 なにやら真面目な顔をしてぶつぶつと言っているシュガールを横目に、ショークリアは用意された小さなフォークで、スパラガサの素揚げを刺した。


「いただきます」

「お嬢様、刺す前に言いましょう」

「はーい」


 ミローナの小言は聞き流しつつ、ショークリアはパクっとスガラパサの素揚げを一口かじる。


 熱々でホクホクとした食感。

 味はアスパラガスなのに、どこか芋のような口当たりなのは、前世では食べたことのない味だ。

 スープの中にあった時とは、まったく違う顔を見せている。


(だけど、美味ぇ……。ほんのり効いてる塩味もいいな……)


 しみじみと、そんなことを思う。

 強いて不満をあげるとすれば、油の切り方が今一歩なので、ややしつこいと感じるくらいか。


 ただそれも、何本も食べるならともかく、この一本程度であれば何の問題もない。


「その顔を見ると、成功したようだな」

「うん。ほら、ミロもシュガールも食べて食べて」


 こちらの様子を伺っていた二人に、ショークリアが食べるように促す。

 それを受けて、二人も熱々の素揚げを口にした。


「美味い。これがスガラパサ……」

「ほんと、美味しい……。スープで食べる時と全然違う」

「だがこれは……」


 シュガールは味に感動した後で、すぐに表情を引き締めた。


「お嬢」

「なに?」

「この素揚げって料理――熱々だからこその旨さじゃねぇのかい?」

「確かに冷めるとイマイチになっちゃうかも。

 でもそれって、温度もまた料理を形作る味の一つってコトじゃダメかしら?」


(冷めても美味ぇ料理ってのは確かにあるけど、でもやっぱ揚げモンは熱々が花だろッ!)


 そんな考えで口にした言葉だったのだが、何やらシュガールはショックを受けたように固まっている。


「えーっと、ミロ? シュガールどうしちゃったのかな?」

「ショコラの言葉に何か感じ入るものがあったんじゃないかな?」


 一体、何に感じ入ったというのだろうか。

 ショークリアが首を傾げていると、シュガールは膝を曲げて、視線を合わせてきた。


「お嬢ッ!」


 ガシッと肩を掴み、まっすぐこちらを見つめ、真摯な眼差しのままシュガールは告げる。


「俺は感動しちまったッ! 温度もまた料理の味ッ! そんな発想ッ、今まで誰もしたことがなかったッ!」


 温かい料理、冷たい料理くらいの認識はあったようだが、熱々のうちにという考え方はあまりなかったようだ。


「でも、料理ごと素材ごとに最適な温度ってあると思うわ」


 上級貴族向けの料理になると、毒味などがある為に、温かいスープも冷めてしまうらしい。

 勿体ないと思う反面で、そういうのが必要だというのも理解できる。


 とはいえ、シュガールはそのことに余り納得がいっていなかったのか、ショークリアの言葉にどんどんテンションを上げていく。


「お嬢の言う通りだッ! この館では作った料理は直接提供されるが、宮廷厨房となるとそうはいかねぇ! そう思うと、俺はここの料理人で心底良かったと思うッ!」


 いささか暑苦しいが、シュガールのこの昂揚具合ははショークリアも喜ぶべきものだろう。もしかしたら、ここから料理の改善が始まるかもしれないのだ。


(こいつは、チャンスか?)


 今、一番改善してほしいのは塩分だ。

 ならばここで上手いこと言葉にすれば、劇的に変わるかもしれない。


(理想を言えば、ウチだけじゃなくて国中の料理事情が変わって欲しいんだよな。じゃなきゃ、外食もできねぇだろうし)


 とはいえ、今やるべきことは、自宅の料理事情を変えることだ。

 ウチの厨房から外へと広げていければいい。


「それに、塩花トルースの使い方も色々あると思うの。

 素材の味で塩花トルースを楽しむ料理があるように、塩花トルースの味で素材の味を楽しむ料理があったっていいと思うわ。

 その場合、素材の味を引き立てる最適な塩花トルースの量もあるだろうから、シュガールにはいっぱい調べて欲しいの」

「もちろんだッ! 他に何か思うコトはねぇか?」

「えーっと……そうねぇ……あ! 味付けだけでなくて油の量とかも、最適な量は色々あると思う。

 揚げる時の油の温度もそうよね。素材や目的とする味に合わせた温度が必要になるんじゃないかしら?」

「そうかッ! そうだよなッ! すげーぞお嬢ッ! 暗い洞窟の中から急に光り溢れる外に飛び出した気分だッ!!

 お嬢こそは、創造の神であり神々を統べる神ゴドエンペリウムステラ・スカーバッカスに仕える神庭料理人しんていりょうりにん 食の子神リ・ゴズデイツクォークル・トーンの御子みこなのではッ!?」

「さすがに大袈裟すぎないッ!?」


 がっくんがっくん揺さぶりながらテンションを天井知らずに上げていくシュガールに、さすがにショークリアがちょっと目を回しだした時――


 トス……という音が聞こえた。


 音の直後、グラリ――とシュガールが傾くとそのまま床に倒れ伏せる。

 見れば、倒れたシュガールの背後にミローナが立っていた。


「えーっと、ミローナ?」

「少々暴走が過ぎていたので、お母様仕込みの当て身をちょいなーっと」

「ココはミロに何を教えてるのかな?」

「ショコラお嬢様を守る為の、暗技あんぎ?」


(ミローナ――こいつは将来すげぇ恐ろしい女になりそうだ……)


 大真面目に答えるミローナに、ショークリアはそう思わずにいられなかった。



   ○ ○ ○ ○ ○



 新しい料理の気配に、思わず様子を見ていた神庭料理人しんていりょうりにんクォークル・トーンは、即座にあらゆる素材の完璧な素揚げを作る為の準備をはじめていた。


「仮に私の御子などという存在がいるのであれば……それはショークリアではない。シュガール……貴様であろうよ。精進するが良かろう。

 ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ……」


 厳つい顔のマッスルババァという風貌のクォークル・トーンは、笑顔でそんなことを独りごちながら、様々な素揚げの味見をしはじめる。


 もちろん、クォークル・トーンのそんな様子も、独り言も、人間界に住む誰かの目や耳に届くことはなかった。

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