第6話 お袋にはバレバレだったみてぇだぜ


 マスカフォネは、食事の時は常にショークリアを気にかけていた。どうしても、その顔が気になってしまうのだ。


 今日の朝食もそうだ。

 春のスガラパサの説明をすると興味を持ったように口に運ぶ。


 どうやら、春のスガラパサはお気に召したらしい。

 その後、スープを口にして顔をしかめていたが。


 彼女はいつもそうなのだ。

 塩花トルースが濃いものは、あまり好まない。

 今日のスガラパサのスープは、これでもだいぶ控えめの味になっているのに、だ。


 エニーヴの果実水がお気に入りなのは知っている。

 それを口にした時の愛らしい顔は、何度も見ていたくなるほどなのだから。


 だが、今のは口直しなのだろう。


 ゴブレットを置き、今度はピンルットのサラダを口にする。

 これには顔が綻んでいる。


 ピンルットに、少量のストルマオイルと少量の塩花トルースをまぶしたものが、お気に入りみたいなのだ。


 美味しいストルマオイルをたっぷり絡め、美味しい塩花トルースをふんだんに使ったピンルットのサラダを口にしながら、マスカフォネは人知れず首を傾げる。


 あれでは、ストルマオイルや塩花トルースの味を楽しめないのではないだろうか。

 ピンルットの持つ甘みと一緒に楽しむのは最高だと思うのだが。


 ショークリアは最後にエッツァプに手を付ける。

 その表情から、今日もエッツァプがお気に召さなかったのが分かる。


 本人は周囲に気取らせないように表情を繕っているつもりだろうが、貴族の社交界に馴れたマスカフォネには、バレバレだ。


 だからこそ、マスカフォネは申し訳ない気分になる。

 上の子――ガノンナッシュが五歳の頃は、自分の気に入らない味は「不味い」とか「いらない」などと口にして、自分から遠ざけたものだ。


 だけど、生まれた頃から気遣いというものを知っているかのように振る舞う彼女は、ここでも気を使っている。

 自分の口に合わずとも周囲に気づかせないように、何事もなく食べる行為は、貴族の振る舞いとして正しいものだ。


 けれども――それは五歳のする振る舞いではない、とマスカフォネは思ってしまう。


 ピンルットのサラダの味付けについて、珍しく我が儘を言った時は嬉しかったものだ。

 もっとも、その後、こうして欲しいという味付けまで明確に口にしたのは、やはり子供らしくない。


 なにしろ自分の嗜好を正しく把握しているのだから。


 その際に、全体的にショークリアの好みに合わせた味付けにしようかと、料理長のシュガールが提案したことがあった。

 だが、その時も彼女は首を横に振った。


 ピンルットのサラダのように、皿に盛ったあとで味付けを調整できるものだけ、自分好みにしてくれれば良い、と。


 恐らくショークリアは、塩花トルースの濃い味付けが苦手なのだろう。

 しかし、ニーダング王国の料理といえば塩花トルースをふんだんに使うものだ。


 ショークリアはそれを理解した上で、自分の嗜好がズレていると気づいているのだ。

 だから、持ち前の気遣いを発揮して、無理をしている。


「今日の恵みを与えてくださった食の子女神リ・ゴズデイツクォークル・トーンよ。そしてその天恵を形作った者たちに感謝を。ごちそうさまでした」


 そして、彼女はいつも綺麗にすべてを食べきる。

 それだけではなく、ショークリアは食の子女神リ・ゴズデイツにだけではなく、厨房に勤める者たちにも食後の感謝を捧げるのである。


「ショコラ」

「なんでしょう、お母様?」


 その姿を見るたびに、何とも言えぬ気持ちになってしまうのだ。

 この心優しい娘に、こんなにも我慢をさせてしまっていることに。


「食事が辛いなら、残してもいいのよ?」


 本来、食事において残すことは好ましいことではない。

 とはいえ、自宅での毎日の食事程度であれば、構わないだろう。


 そう思って声を掛けると、ショークリアはどこかショックを受けたような顔をする。

 それはそうだろう。本人はそれを隠せていると思っていたのだから。


「ありがとう、お母様。

 でも残すのはクォークル・トーン様とシュガールたち料理人と、この料理が食卓に並ぶまで……食材や食器含めて関わった全ての人に対して失礼だから」


 ニコリと笑うショークリアに、マスカフォネは驚愕する。

 よもや、クォークル・トーンや料理人だけでなく、それ以外のものにまでここまで感謝を捧げていたとは。


 同時に心も痛む。食事は大事だが、それ以上に娘が大事なのだ。

 だが、どうして良いかが分からない。


「そう……」


 これでは母親失格だ。

 ショークリアがこれほどまでに家族や従者たちへ気遣いを見せているのに、母親として娘に何もしてやれないなど――


 必死に思考を巡らせた時、ふと思いついたことがある。

 それが、娘の慰めになるかどうかまでは分からないが――


「ショコラ。暇なときがあれば、シュガールの元を訪ねてはどうかしら?」

「料理長のところに?」

「ええ。

 彼は王城勤めの宮廷料理長からも認められた腕を持つ料理人なの。なのに庶民の中でも下層の出身というコトで、家格が足らず宮廷料理人にはなれなかった人なのよ」


 生まれのせいで、その才能を生かす職場に就けないというのも不幸な話だとは思う。

 ショークリアもそう思ったのか、随分と沈んだ表情をさせてしまった。


「勿体ない話ではあるのだけれど、だからこそ我が家で雇うコトができたのだから、そこには感謝したいところね」


 何よりシュガールは我が家の料理人であることを誇ってくれているのは、雇う側としてもありがたい限りだ。


「そして彼は、料理に貪欲なの」

「どういうコト?」

「常に美味しい料理、新しい料理に餓えてるのよ。

 その姿は時折、戦場で血を求める狂戦士であるかのように錯覚するコトもあるほどに」

「それは料理人に対する例えとしてどうなのかな?」


 困ったような顔で首を傾げるショークリア。

 しかし、何か思いついたような顔もしていた。


 その表情には見覚えがある。

 ああいう顔をしたショークリアは突拍子もない行動を起こすことが多いのだが、結果として良い成果を出すことがあるのだ。


「食事に対する貴女の独特の嗜好は、シュガールのやる気に火を付けているみたいなのよ

 本来、あまり好まれるコトではないし、貴族としては良いコトではないのだけれど、シュガールが許可するようであれば、貴女の厨房の出入りを許可するわ」


 その時に、ショークリアが間食をすることで、小腹を満たせれば、苦手な料理を多く食べる必要もなくなることだろう。


「今日すぐには無理かもしれないけれど、明日以降は厨房に入れるかもしれないわ。どう、ショコラ?」

「ありがとう、お母様ッ! 是非ともシュガールに訊いておいてくださいッ!」


 両手を合わせ目を輝かせるショークリアの姿に、マスカフォネはそっと胸をなで下ろす。


 これで食事に関して、娘にとって良い方向になるなら、幸いだ――と、マスカフォネは神へと祈る。


(人の進歩の行く末を見守りし青の女神ゴズデアイラントレ・イシャーダ。

 人の感情と感覚の行く末を見守りし赤の神ゴズマウンタハー・ルンシヴ。

 我が娘――ショークリアの感情が良き進歩になるよう見守ってください)


 マスカフォネはそう切実に願わずにいられなかった。



   ○ ○ ○ ○ ○



 そんな母としての切実な祈りに対し、


 ショークリアの行く末を興味本位で見守る五彩神ゴズホイールの一柱トレ・イシャーダが、サムズアップしていたことなど、当然マスカフォネが知ることなどないのであった。

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