第5話 残すのは申し訳ねぇからな……


 この世界の料理は、基本的に食材の味を生かす――と言えば、多少は聞こえはよくなるだろう。


 そんなことを考えながら、ショークリアは自分の前に並ぶ朝食を眺めた。


「では頂きましょうか。ショコラ」

「はい」


 胸中で試練だと思っていることは表に出さないように努めて平常心でうなずく。


食の子女神リ・ゴズデイツクォークル・トーンよ。此度こたびもまた、その恵みと研鑽による施しに感謝を。この思いを捧げながら、この朝食を頂きます」

「頂きます」


 マスカフォネと共にショークリアも祈りを捧げ、食事に取りかかる。


 まずはダエルブ。

 なんてことはない。小麦を練って焼き上げたもの。ようするにパンだ。


 見た目は黒っぽいが、味は前世で食べていたフランスパンに近い。ただクレストだけでなく、内側も結構堅い。

 正直、飲み物無しで食べようとすると、顎が死ぬ。あとだいぶ塩が効いてるので喉も死ぬ。ついでに口の中の水分も死ぬ。


 それでも、ショークリアにとってこれはまだ美味しい部類のものである。


 次に、今日のスープだ。

 大人の親指ほどの太さで、緑色の木の枝のようなものが一本、透明な液体の中に沈んでいる。

 その姿は穂先の切り落とされた前世のアスパラガスに似ていた。


「スガラパサが食卓に並ぶと、春が来たのだと実感するわね」

「春の野菜なの?」

「ええそうよ。春先に採れるスガラパサは非常に柔らかく、筋も少ないの。

 ただでさえ美味しい春のスガラパサが我が家の料理長シュガールの腕に掛かれば、こんな美味しいスガラパサのスープになるのよ」


 そう言いながら、マスカフォネはスープの中のスガラパサをナイフとフォークで切り分け、口に運ぶ。

 その表情は実に美味しそうである。


 去年食べただろうか――そんなことを思いながらも、ショークリアも母に倣って口に運ぶ。


(お。これは割とイケるぜ)


 味も触感も前世のアスパラガスによく似ていた。

 マスカフォネの言う通り、柔らかく水煮にされたスガラパサは筋がなく、ほろほろとほぐれるようだ。

 スープの塩気を吸っているのか、程良い塩味を感じる。その塩味が、スガラパサの持つ風味と甘みを引き出してくれているようだ。


 ただ同時に、どこかもったいない味と感じてしまった。


 旨みと甘み、ほのかなえぐみにも似た苦み。

 それらが合わさって非常によい味に感じるのに、だ。


(これだけ美味うめぇのに、どこかボヤケたというか、弱った味がするんだよな……たぶん、茹ですぎなんだと思うんだけどよ)


 何ともなしにスープを口にすると、思わず苦笑が漏れそうになった。


(ただの塩水だな、これは)


 スガラパサの風味が溶けだしているわけでもない。本当にただの塩水ならぬ塩湯だ。


 それでもスパラガサと一緒に口にする分には問題なさそうだ。

 スープの味の確認が終わると、エニーヴの果実水の入った金属製の酒杯ゴブレットを手に取る。


(ぶっちゃけ、これが一番美味いと思う)


 これはエニーヴという果実の果汁を水で割ったものだ。エニーヴの実物を見たことがないので、どんな果物なのかは知らないが。

 ともあれ――土地柄、水そのものよりも酒や果実水を常飲することが多い。


 大人はエニーヴの果実酒などを嗜むが、子供はそうもいかない。

 この国では、酒精は子供の成長に良くないと研究されているので、成人とされる年齢まで飲めない。


 なので、子供であるショークリアは、果実水を飲むのである。


 味はブドウに近い。

 ブドウの持つ、口に残る渋みのようなものが無くなったブドウジュースだ。

 すっきりした甘みのエニーブの果実水は、ショークリアのお気に入りでもあった。


 エニーブの果実水で口直しをしたショークリアは次の皿に意識を向けた。


 そこには、くし切りされた薄紅色のものが乗っている。ピンルットという野菜だ。


 四等分にくし切りするだけで一口サイズになるピンルットの味はカブに近い。

 茹でて柔らかくなったそれに、塩花トルースという名前の塩と、ストルマオイルというオリーブオイルに似た油を掛けたものだ。


(これはそこそこ美味ぇんだよな。良く食卓に出てくるし、結構好きだ)


 柔らかく茹でられたピンルットは、噛みしめると口の中に甘みが広がる。それがストルマオイルのクセのない風味と塩花トルースの塩気が合わさり良い味になるのだ。

 初めて食べた時は塩辛すぎたので、ショークリアはかなり塩花の量を減らしてもらっている。


 今日の朝食は比較的食べられる――そう思っているのだが……。


(やっぱ、出てくるか。謎のペースト料理……)


 ピンルットと共に、かなりの頻度で食卓にならぶそれが、ショークリアは嫌いだった。


 料理名はエッツァプ。

 この国の伝統料理で、貴族も平民もみんな好んで食べるという。


 茹でた豆のようなものと、茹でた野菜を粗くすりつぶして混ぜ合わせたようなものだ。

 それに、細長い種のようなものが和えられ、塩で味を調えられている。


 茹でられてる豆も甘みと一緒にほのかな苦みを持っているもののようだ。

 そして、ピーマンに似た味の野菜と、苦みの強いレタスのような味の野菜が合わさり、苦みが三重奏を奏でている。


 豆や野菜の甘みも感じるのだが、とにかく苦みと青臭さを感じてしまう味なのだ。


 そこに加えて、細長い種のようなもの――ニームックという花の種がきつい。

 独特の強い香りを持ち、ほのかな苦みと、ピリっとした辛みを感じるのだ。


 香りは青臭さと喧嘩してしまっているし、苦みが四重奏になるしで最悪である。


 そしてトドメは、強すぎる塩花トルースの塩辛さだ。正直、どんだけ入れてるんだよと叫びたい。


 そのまま食べたり、ダエルブに塗って食べたりもするのだが、どちらであっても厳しい。

 そもそも、ダエルブそのものが塩味の強いパンだ。塗ったら塩味がキツくなりすぎる。


 しかもこのエッツァプには、ほのかにカレーを思い出す香りというか風味が混ざっている気がするのが、殊更にツラい。


(それでも、少なめによそってもらってる以上、ちゃんと食わねぇとな)


 エニーヴの果実水はまだ残ってる。


(よっしゃあッ、気合い入れて流し込むかッ!!

 残すのは作ってくれたシュガールたちにも申し訳ねぇしなッ!)


 もちろん、前世のように皿を持ち上げて流し込むわけにはいかないので、小さなスプーンで優雅に、だ。


 これでも、今日の朝食はまだマシなほうである。


(とはいえ……そろそろマジな対策を考えてぇところだよなぁ……)


 日々の営みに食事は常について回るのだ。

 何か手を立てない限りは、食事時だけ気持ちが沈んでしまいそうである。


 口の中のエッツァプをエニーヴの果実水で、のどの奥に流し込みながら、ショークリアは思考を巡らせるのだった。

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