第4話 どうしても馴れねぇモンがある
着替えを終えたら部屋を出る。
部屋の外で待っていたのは見知った顔だった。
艶やかな黒髪に綺麗な翡翠の瞳をした、ショークリアより少し年上の少女。
ココアーナそっくりの彼女は、ココアーナの娘であるミローナだ。
「おはようございます。ショコラお嬢様」
「うん。ミロもおはよー」
丁寧な仕草でお辞儀をするミローナはショークリアより四つ上の九歳だ。
ミローナは生まれた時から、母であるココアーナから、メイジャン家の優秀な侍女になるべく教育を施されており、ショークリアが生まれてからは、ショークリアの専属侍女になるべく教育されているらしい。
そうはいってもショークリアにとっては、昔から一緒に居てくれる優しくて頼りになるお姉ちゃんという面が多分にある。
今のようにココアーナがいたり、ほかの侍従たちがいる前などではかしこまった態度を取るものの、二人きりの時などはふつうに友達のように接していた。
「ではミロ。ショコラお嬢様を食堂へ」
「かしこまりました」
二人はショークリアの前ではあまり親子っぽくない。むしろ上司と部下だ。その辺りも、ココアーナはきっちりと教育しているようである。
――とはいえ。
「ミロお姉ちゃん」
「……お願いショコラ。真面目な顔が緩んじゃうから、仕事してる時はお姉ちゃんとは呼ばないで……」
ココアーナからすればまだまだと言われるミローナは、こうやってショークリアから笑顔を向けられると、自分で言うとおり顔が崩れてしまうのだが。
「ほかの人に見られたら怒られちゃうから」
「はーい」
もちろんショークリアとしても、ミローナが怒られて欲しいわけではないので素直に返事をする。
ただ、何度見てもキリっとした表情に違和感があるので、ついつい崩れた顔が見たくなってしまうだけだ。
(最初は貴族の娘なんてどうすりゃいいんだ――って思ったけど、なんも問題なかったな)
前世の生活や利便性を思うと不便なことばかりだし、勝手が違うことも多い。
だが、赤ん坊からスタートという部分は非常にありがたくもあった。
急に見知らぬ環境に放り出され突拍子もないことをやっても、子供だからと許してもらえるのだ。
あとは、その後で教えてもらえることをちゃんと覚えればいい。
(今は馴れない作法とか常識も、もうちょっとすりゃ馴れるだろ)
ショークリアはそう暢気に構えている。
不慣れなことも上手くいかないことも、意外と楽しいものだと考えられるようになったのは自分でも驚くべきことだ。だが、そう思えたことで今世で生きていくことに肩の力も抜けたのである。
(ま、そうは言っても、どうしても馴れねぇモンもあるんだけどなー……)
食堂の扉の前まで来ると、ショークリアは足を止める。
それと共にミローナが前に出て、扉を開いた。
「どうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
ミローナに促されるまで待ってから、ショークリアは足を進めた。
中にはすでに母マスカフォネ・ルポア・メイジャンが腰を掛けている。
「おはよう。お母様」
「ええ。おはよう。ショコラ」
ショークリアは自分の席まで歩みを進めて、足を止める。
マスカフォネと挨拶を交わしている間に、入り口の扉を閉めていたココアーナが追いついてきた。
「お父様とお兄様は?」
「フォガードはお仕事よ。ガノンナッシュもそれに付いて行ったわ」
どうやら、今日の朝食は母と二人きりのようだ。
そこはあまり問題ではないのだが。
(前世のお袋もキレイな人だったけど、今世のお袋はケタが違うよな)
ミローナが引いてくれた椅子に腰を掛けながら、マスカフォネを見る。
その美貌は何度見てもそう思ってしまうのだ。
実際、母はこの国でも上位に入る美人なのだと父が良く口にしている。
父の贔屓目のようにも思えるが、あながち嘘でもなさそうだ。
透き通るような銀の髪。
思慮深くそれでいて意志の強そうな光を湛える深い茶色の瞳。
スマートな身体つきながら、その胸囲は大きめだ。だが決してアンバランスではない。
見れば見るほど二児の母とは思えぬほどの若々しさを保った女性だった。
「侍女の仕事が随分とサマになってきましたね。ミロ」
「ありがとう存じます」
マスカフォネに褒められたのが嬉しいのだろう。ミローナの口元が少し震えている。
本当は思い切り喜びたいのを我慢しているようだ。
「では、お二人がお席に着きましたコト、厨房に報告して参ります」
「ええ。お願いするわね」
その場で丁寧に一礼をし、ミローナは入り口のドアまで下がる。
それから、ドアの前でもこちらへと一礼してから、退室していった。
前世では礼儀作法なんてものに縁のなかったショークリアからしてみれば、九歳にしてここまで出来るミローナに感心してしまう。
「ミロ、すごいがんばってる」
「ええ。本当に。さすがはココの娘ね」
ショークリアが褒めると、マスカフォネもまるで自分のことのように誇らしげに笑う。
母とココアーナとは古い付き合いだそうだ。
もしかしたら、今の自分とミローナのような関係なのかもしれない。
そう思うと、マスカフォネが自分のことのように誇らしげなのも理解できる。
そのまま母と談笑をしていると、食堂の扉が開いた。
「失礼いたします。朝食をお持ちしました」
一礼し、ココアーナがワゴンを押しながら入ってくる。
(ついに今日最初の試練が来ちまったか……)
その試練は日に三度やってくるのだ。
……まだ母乳を飲まされていた頃や、離乳食を食べていた頃はまったく気にならなかった。
だが、家族と同じふつうの食事を与えられる頃になると気づいた。気づいてしまった。
その頃にはショークリアの味覚もだいぶ発達してきたというのもあるのだろう。
並べられる皿を見ながら、ショークリアはこの瞬間だけは前世の記憶が残っていることを呪うのだ。
(この世界、メシが不味ぃンだよなぁ……)
どうしても、その味を比べてしまうから――
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初日公開分はここまでとなります。
次回以降は、毎日お昼頃更新予定です。
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