過日
第10話 雲居太陽→土生緑
学校は大好きだ。
友達はたくさんいるし先生もいい人たちばかりだし行事は楽しいし、学食は美味しいし校庭は広いし帰り道で色々寄れるのも楽しいしいい所だらけ!
……勉強がなければ、の話なんだけど。
「そもそもどうしてあの時の課題がまだ終わっていないんだい」
いつ来ても図書館は静かな場所だ。居心地が悪くなるほど静かな中で、ほとんど真っ白なプリントを眺めて緑さんが首を捻る。
あの時。俺の記憶がなくなって宙さんのところにいたときだ。あの時学校に通ってなかった分の課題は後から出されたんだけど……
「だって算数難しくて……」
「数学だろう、雲居君」
「数学なんて余計分かんねーし……」
国語は面倒だけど書けばいいだけだからまだ楽だった。
社会や生物は調べる手間が面倒だったけどそのあとは書くだけで良かったし、英語も……まぁ、なんとかなった。なったんだけど、数学だけは駄目だった。答えの出し方がまず分からない。
「だから教えて欲しい、ということか」
「緑さんほんと頼む!じゃないとまた先生に怒られるし!」
「まぁ、君が図書館に誘うだなんておかしいとは思ったんだ」
だろうなー、とは思う。なるべく自主的には来たくない。嫌いなわけじゃないけれど、騒げないのはつらい。
「しかしそんなでは進路に困るだろう」
大体でも決まったのか?と聞かれて俺は机の上に突っ伏した。決まっているはずがない。というかこの間から俺を悩ませていて困ってる。マジで困ってる。
「……もー勉強したくねぇよ……」
人はどうして勉強しなくちゃいけないのか。そりゃバカより頭がいいほうがいいに決まってるんだろうけど、苦手なことを延々とやったって楽しくないし面白くないしやりがいもない。だったら別に無理矢理にやらなくたっていいじゃないか。いいじゃないか……。
「ふむ。雲居君は何かこう……やってみたいこと、みたいなものはないのか?」
「先生みたいなこと言わないでよ」
みたいな、というかついさっき言われた言葉みたいじゃないか。うう。
「大事なことだぞ。人は好きなものややりたいことなら案外頑張れるからな」
確かに勉強はやりたいことじゃない。だからやりたくない。なるほど分かりやすい。
やりたいこと。
やりたいことがまったくない!なんてことはないんだけど、それを進路にとか考えるとよく分からない。
今まで通りでいられるんだったらこんな悩む必要もないってのに。
「ずっとヒーローでいられたらなー……」
これならやりたいことだ。
だけどそれは無理らしいってのは俺でも分かる。
前は一週間に一回とか二週間に一回だった怪人の襲撃が最近は一ヶ月に一回ペースになってて、傾向的にこれは怪人たちが撤収する前触れだと職員の人達が言っている。
撤収してしまったらヒーローは一旦お役御免だし、次違う怪人たちがやってきたときには違う人たちがヒーローになる。
変身して戦うのは体力を使うから大体俺たちぐらいの年齢からヒーローは選ばれている。だから今回は俺たちが選ばれたし、次はきっと違うはずだ。
「後三、四回といったところだろうか」
受験までに終わってくれればいいんだが、なんて緑さんが笑って言う。笑って言えるのが信じられない。自分だったらとてもそうはできない……というか受験もしたくない。
最初の問題に戻ってしまった気がして意味もなくプリントにぐりぐりと落書きをする。あーこれ表じゃん。消さなきゃ……。
「そもそもヒーローとはなんだい?」
ぐりぐりを消していると緑さんが急に変な質問をしてきた。
「なにって、ヒーローはヒーローだろ?」
「何をしたらヒーローかい?」
黒いところを消しきってから考えてみる。
何をしたらヒーローか。今までなにをしてきたかっていうと……。
「悪いやつをやっつけたら?」
「それを広い意味で捉えたら、警察官や検察官もヒーローになるな」
「うへぇ」
思わず変な声が出た。いや無理じゃん。特に検察官とか無理じゃん。あれ裁判の人じゃん頭がいい人がなるやつじゃん??
「……雲居君はどんなヒーローになりたいんだ?」
「どんな?」
「警察官や検察官のようなヒーローは嫌なんだろう? だとしたらどんなヒーローならお気に召すのかと思ってな」
「どんな、っていうか……」
別にそんな大げさじゃなのじゃなくてもいいんだよなー。今だって別にみんなの前でやってるわけじゃないし。というかそれだと逆になんか嫌かもしれない。
そうじゃなくてこう───
「……こう、困ってるのを助ける、みたいなやつ?」
「ふむ?」
「依頼とか、別に大きなやつじゃなくていいけど困りごとがあったらって感じの!そういうのを解決するみたいなのを仕事にしたい!」
ゲームとか漫画とかでもたまにあった気がする。だったら別に現実でやってもいいんじゃないか。
ヒーローだってそんな感じのやつだし、ヒーローじゃなくなるから変身はできないし戦えないけれど、変身できなくても平気なやつならなんとかなるかもしれない。というかしてみたい!
「依頼……探偵か」
「そんな仰々しいもんじゃなくて……えっとほら……何でも屋みたいな!」
確かそんな風に言っていた気がする。なんのゲームか漫画かは忘れたけれど!
でもなんかこう、イメージは湧いてきた気がする。ここでもいいしどっかでもいい、小さなお店みたいな感じで。
あー、なんか急にワクワクしてきた!!
「俺と海と緑さんと宙さんと───… ……あーでも宙さん今もう働いてるもんなぁ」
会社に対する文句を聞かないわけじゃあないけれど不満が溜まってるってほどじゃないし、だとしたら誘えないかなぁ。でも一緒にやりたいしなー。絶対やりたいしなー。うー。
頭を抱えて悩んでいると緑さんが必死になって笑いをこらえてるのが見えた。
なんでだよ。こっちは真面目に考えているのになんでだよ。
「……いや、雲居君は星月さんには気を使うんだなと思ってな」
それのどこがおかしいんだよ。っていうかよく気付いたって感じって思うんだけど? 自分で自分を褒めたいぞ??
「私達には聞かないんだな」
「えっ、一緒にやってくれないのか?」
「そういうところだよ」
……?
何がなんだろう。緑さんの言うことはたまによく分からない。単語とかだったらしょっちゅう分からないんだけど。
「まぁ、面白そうではあるし私としては吝かではないが」
……??
つまりやってくれるってことなんだよな???
なんでそんなよく分からない言い方するんだ????
「駄目元でもなんでも星月さんにも言ってみるといい。あの人は君や安曇君には甘いからもしかしたら聞いてくれるかもしれないぞ」
「そうかな?」
そうだといいんだけど。そうだったらいいんだけど!
じゃあ今週末に言って聞いてみようかな。あー、すげーワクワクしてる! さっきよりずっとワクワクしてる!!
「それにはまずやらなければいけないことがあるだろう?」
「えっ?」
と、緑さんがプリントをとんとんと指先で叩いた。
ぐりぐりした跡しか残っていない数学のプリント。
「この課題と、来週頭にある中間試験と。学生の本分を全うしないといけないよ、雲居君。留年なんて以ての外だ」
笑顔の緑さんの圧がすごく強くて、とてもじゃないけれど今週宙さんのところに行くことなんてできなさそうで───
なんで勉強から逃れられないんだ!!
思わず叫んでしまって図書館の先生に怒られて。……やっぱり勉強なんて大嫌いだ。ちくしょう。
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