第9話 余日
過ぎてしまえば時間なんてものはあっという間なもので、あんな非現実的なやり取りをした夜が、もう随分と前のことのようだった。
レッドやイエローのようにアクションをしたわけではないのに筋肉痛はめでたく翌日にやってきて、月曜日に出社するときにはなんとか取り繕える程度にはなっていた。が、その代わり土曜日は痛みで地獄だった。いや本当に。冗談抜きで。
「実を言うとね、戦ったことが原因で死ぬということはないんだよ」
その地獄のさなかを狙ったかのように電話をかけてきたのは土生緑だった。
「スーツが身代わりになってくれるんだ。その代わり二度と変身はできなくなるんだが」
「じゃあ本当に大丈夫だったんだな」
あの日限りという約束だった。次を考えなくて良かったんだったらあの時怪獣にとどめを刺すために攻撃をこちらに向けさせたのは結果的に良かったのではないだろうか。
「ただ痛みは感じるし恐怖もするだろう。だから安曇君は星月さんのところに残ってもらったし、安曇君も必死にあなたを守った」
そう言えば倒し終わった後くずおれていた。それだけ必死になってくれたんだろう。改めてありがたいと思った。
……それはそれとしていい加減名字呼びをやめないか。
「彼はあまり自分を褒めないからね、話す機会があったら代わりに褒めてあげてほしいかな」
そう語る羽生緑の声は思いの外穏やかだった。
「宙さん?! 土生先輩が宙さんが僕に話したいことがあるみたいだからって電話番号を教えてくれたんですけれど何かあったんですか?!」
翌日知らない番号から電話がかかってきたと思ったら安曇海だった。あんな言い方して自発的に話す機会作ってくれたのかというかなに勝手に人の番号教えてるんだ。せめて一言断りを入れろ。
「なにか後遺症みたいなのが出てしまったんでしょうか?咄嗟だったからやっぱりちゃんと守れなかっ……あ、病院!病院ならうちの施設の病院でかかれます!費用もかかりませんので!」
スイッチが入った状態で電話をかけてきたのか相変わらずの立て板に水状態だ。電話なのに思わずどうどうという身振りを入れてしまう。
「いや、そういうのは大丈夫だから。筋肉痛は出たけど昨日よりは良くなってるし」
「えっ、大人って筋肉痛が翌々日に出るんじゃないんですか」
そういうことを言うな、そうじゃなかったというのに無駄にダメージが刺さる。
どうでもいいけど10年後は自分もそんな立場になるんだぞ。それで筋肉痛が翌日に出たことにホッとしたりするんだぞ。覚えておけ。
「え、じゃあなにを…?」
「あの時助けてくれたことにまだお礼を言ってなかったと思ったんだ。ありがとう」
「そんな、改めてお礼を言われるほどのことではないです。できることをなんとかやれただけで」
照れくさそうなむず痒そうな、多分居心地悪そうにしてるんだろうなというのが声色から伝わってくるようだ。なるほど、と。なんともなしに納得ができる。
「確かにあれで死なないって聞いたけど、それはそれでさ。流石だなって思ったよ」
「……でも、やっぱりあんな状態に陥る前にどうにかすべきでしたしなったとしてももっと早く盾を貼ることはできたと思うんですよ、そうしたらあんなに危ないことにもならなかったと思いますしそもそも───」
再びスイッチが入ってしまったことを理解してスマホをそっと耳から離してハンドフリーに切り替えた。羽生緑よ、これはちょっと、無理だ。
それからはもうすっかり、以前の生活に戻ったようだった。雲居太陽は家族のもとに戻ったし、急に呼び出されたりすることもなかった。
半月くらいは週末になるたびに身構えたりしていたけれど、最近はもうそれが当たり前になってきいて無駄な緊張をすることもなくなっていた。
その代わり───
「宙さん!!」
週末会社からの帰り道。あとは階段を登るだけ、のところで先にドアの前に立っていた男がこちらの姿を見つけて元気よく手を振ってきた。
「また来たのか」
「だーいじょうぶ! ちゃんと許可はとってきたから!」
差し入れもあるぞ!といっぱいいっぱいに詰め込まれたビニール袋を二つ、両手で掲げてみせる。いやまずこっちに許可を取るのが先なんじゃないか。
雲居太陽はこうやってちょくちょく遊びに来るようになっていた。10近く年が離れた相手とで何が楽しいかと思うのだけど、話して、持ってきたゲームで遊んで、TVを一緒に見て笑って。そんなもんで満足しているらしい。最近の若い子は良く分からない。……いや別に!自分が若くないというわけではなくて!!
「なー、今日は泊まっていってもいいか?」
「そのつもりでその差し入れの量なんじゃないの」
「いやそうなんだけどさー」
そう言ってへへっと笑う様子はかわいく思えなくもない。弟ではないけれど弟のような、そんな感じがある。
あの日あの時の体験は正直迷惑だと思ったし余計な経験をしてしまったとも思う。思うけれど───まぁ。彼らと出会えたことは決して悪くないとも思ってしまっている。
「宙さんが学生の頃もやっぱさー、」
「いやまず中に入れって。声が大きすぎるんだよ」
なにか話しだしたそうだった雲居太陽を、ドアの鍵を開けて先に中に押し入れる。
多分この先は、この先も平凡だろう生活は。ほんの少しだけ、賑やかになったのだろう。
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