第8話 戦闘
目に映る全てが銀色、の時間は長くなかった。
これは一体、と思っている間に銀色の光は薄れてまた周りが見えるようになって───驚いた。すぐそばにいたはずの三人の姿が見えなくなっていたからだ。
代わりにいたのは全身タイツのようなそうではないような三体の人影。覆面レスラーのようなマスクを被って、その他に胸当てだとか肘当て膝当てがついている。そしてそれぞれ赤いのと青いのと黄色いのと───
「変身してる! ちゃんと変身してるぞーーーー!!!!!」
突然大声を出したのは赤いのだった。弾かれたようにものすごい勢いで走っていってそのまま怪獣に殴りかかる!がかわされてしまった!その勢いのまま蹴りかかった!今度は当たったが怪獣はびくともしない!
赤いのは一旦離れて距離をとる。と、ぐっと両手を握りしめた。
「あ〜〜〜! これだよこれ!!!」
レスラーみたいなマスクのせいで顔が見えないけれども分かる、嬉しそうな声。なるほどあれは雲居太陽なんだろう。自称レッドは確かに赤かった。
「レッドは相変わらずだな」
そう言う黄色いのの声は楽しげだ。
「レッド! そのまましばらく近距離で戦っててください!」
叫ぶ青いのにレッドが「分かった!」と答えてまた殴りかかる。そういえば武器とかは面倒臭いって言ってたっけか。……遠距離で戦うことなんてあるのか?
つまり黄色いのが土生緑で青いのが安曇海だということなんだろう。なるほどイエローとブルーだ。
じゃあ自分はなんなのだろうか。見える範囲で自分の体を見回してみる。……灰色……いや銀色? 光は銀色だったけれど体の色は暗いせいかくすんで見える。
「さて」
イエローがおもむろに何かを取り出した。
「銃?!」
驚いている間に狙いを定めて撃つ。放たれた光線はまっすぐに怪獣に、その前にいるレッドに向かって飛んでいき───なんとレッドを通り抜けて怪獣に命中した。ァゥ、という小さいのか大きいのかわからない呻き声が怪獣から漏れる。
「これは怪獣にだけ当たるように調整した光線銃だ。その分威力は微々たるものだが、これなら気兼ねせずに撃てるだろう。どんどんじゃんじゃん撃って欲しい」
説明をしながらイエローがこちらに銃を手渡した。いやだから話が違う……けれど、近づかないでもいいのなら。誤射の危険性がないのならちょっと撃ってみたい気がしなくもない。武器とか、テンションが上がらなくもないじゃないか。
狙いをつけてみて、撃つ。だけど光線は怪獣の頭上を飛び越えて彼方までいってしまった。
「さ、最初はそんなものですよ」
ブルーが恐る恐るといった様子でフォローを入れてくれる。けど、その言い方はどことなく辛い。
「さてブルー、フォローは頼んだよ」
いつの間にかまた別のものを取り出していたイエローがそう言って怪獣のところへと走っていく。
その手に握られていたのは柄の長いハンマーのようなものだった。……銃じゃない武器もあるんじゃないか。
「……レッドは、武器があると間合いが分からなくなるって言うんです」
こちらの表情も見えないだろうにブルーが的確な補足を入れてくれた。もしかしたら慣れていると視線くらいは分かるものなのかもしれない。
向こうではイエローになにか言われたらしいレッドがこちらに向かって大きく手を振っていた。なんてのんきな。
ブルーが怪獣の方に向かって何かを投げつける。それは途中で眩しく光り、驚いたのか怪獣は怯んだように動きを止めた。その隙にレッドが勢い良くパンチを入れる。おお、よろめいている。
「宙さん」
「え、呼び方そっち?」
思わず聞き返す。変身したら名前が変わるもんじゃないの。
「……」
「……」
「……すみません、そんなに乗り気だと思っていなくて」
「えっ」
いやそんなつもりは。というか流れ的にそんなふうに呼ばれるものだと思ってただけで別に乗り気だったわけでは……多分。
どう説明したものか、悩んでいたらふと目があった。目というか面が合った。
「…僕はシルバーだと思ってます」
「僕は」
思わず鸚鵡返しになった。決まっているものじゃないのか。変身するまで色がわからないシステムだとか? いやそれはどうなんだ。
ブルーは面の向きが少し逸れている。目を逸らしているのかこれは。
「……。僕は、です」
それ以上聞かないでくれと言わんばかりの声色と面の向き。よし分かった、これは後で赤か黄色に詳しく聞かねばなるまい案件だな。
いやでも多分黄色なんだろうなぁ、という予感を抱えながらそちらの方を見る。基本的にレッドが蹴る殴るで戦っている中、隙を見てイエローがハンマーで殴っている。それを見ていると自分もなにかやったほうがいい気がしてきてもう二回ほど銃で撃ってみた。
一回目は怪獣の右に逸れていって外してしまったけれど、二回目は怪獣の頭の端になんとか当てる事ができた。爪で払うような仕草が見える。全く効かない、ということはないらしい。
「その感じです」
ホッとした声でブルーがうなずく。それは無事当てることができたことに対してなのか話題が逸れたことに対してなのかどっちなんだ。
ブルーがまた何かを投げつける。それはやっぱり途中で破裂して眩しく光り、怪獣が怯んだ隙にレッドとイエローが攻撃を入れる。
なんとなく分かった気がしてもう一発撃つ。今度もちゃんと当たって怪獣が呻く。その隙にレッドがパンチを入れる。…鱗の部分に入れてるけれどあれは痛くないんだろうか。
もう二発。続けて三発目。それも当たって怪獣が吼える。イエローが野球で打つようにハンマーで叩く。
四発。五発目も当たった。怪獣が体を振り回しながら咆哮を上げる。行けるんじゃないだろうか? 銃を握り直す。
そして六発目。怪獣が大きく口を開く。そのすぐ横でレッドが全身から赤い光を発した。
「ブルー!!」
なんだろう、と思う間もなくイエローが振り返って叫んだ。その向こう側で大きく開いた怪獣の口の中が眩しく光る。気づく前に撃ったもう一発の光線とは比べ物にならない量の光がこちらに──
「盾!!!」
響いたのはブルーの声だった。いつの間にか自分の横にブルーが立っていて、その前には何か青く透明で揺れ動いているものが浮かんでいた。光はそこから四方八方に散っていっている。きれいだな、なんて一瞬考えてしまった。
ギャオァァオオォォォォオオオオオォォ
長く大きなうめき声に視線が奥へと向かう。大きな炎が怪獣へとぶつかって破裂し、大きな火柱が立ち昇った。その中から光がいくつも発せられてやがて大きな爆発音へと変化する。───なんの前触れもなく変身が解けたらしく、気が付けば元の姿に戻っていた。
青い透明な何かはいつの間にか消えていて、安曇海は音もなくその場にくずおれていた。大丈夫か。
「良かった……守れてよかった……」
ぶつぶつ呟いている。気が抜けたとかそういう類だろうか。ならいいのだけど。……いいのか?
「宙さーん! やったなぁ!!」
雲居太陽が全力で駆け寄ってきてこっちの肩をバシバシと叩く。痛い。安曇海の様子を気に留める素振りも見せない。いいのかそれで。
「いっぱい撃ってくれたからアイツ気が散って俺やイエローになかなか攻撃できないでいたよな! 宙さん大活躍だったな!」
それは大活躍の枠に入れていいのかどうか。足元では安曇海がまだ体育座りのままだった。
「あんなに撃ってたらこちらに攻撃が向くかもしれないということをもっとちゃんと考えておくべきでしたし、そもそも長距離攻撃の可能性を切り捨ててしまっていたのは完全に僕の手落ちでした……もっとちゃんと拘束してレッドに極め技を使ってもらえば宙さ…シルバーを危険な目に遭わせることなんてなかったのに……」
それはちょっと考えすぎじゃないかっていうか、こっちだって調子に乗っていたんだしそんなに自分を責めなくてもいいのに。というかもう変身解けてるしそんなところ気に使わなくていいんだけど。
「シルバー?」
「ほら、銀色だったでしょう?」
「あー、確かに!格好いいな、シルバー!!」
今度は肩を掴んで勢いよく揺する。雲居太陽の体力は無尽蔵か。あいにくこっちは違うんだ、疲れているところにそう言う真似はやめてほしい。目が回る。
「シルバーか。私はグレイがいいと思ったんだが」
後からやってきた土生緑が話に入ってくる。やっぱりお前だったか。
「土生先輩」
「いいじゃないかグレイ。ダブルミーニングにもなるんだぞ」
ようやく立ち上がった安曇海と土生緑のやり取りの隣で雲居太陽はよく分かっていない顔をしている。なるほどこれはあれか、分かりそうだけど分からないほうがいいやつだな?
「それはそれとして星月さん」
土生緑がこちらに向き直る。うん、だから名字呼びはやめろ。
「我らがレッドが無事雲居太陽として戻ってこられたのは偏にあなたのお陰です。本当にありがとう」
「─── 」
突然に真面目なことを言い出すものだから面食らってしまってうまく言葉が出てこない。そんな自分を察したのか、土生緑がくすりと笑う。
「あの日レッドが転がり込んだのがあなたの部屋でなかったら。……まぁそれでも何とかなったとは思うが」
思うのかよ。
「ですがこんなにも早く大団円を迎えられたのはやはりあなたのお陰だったと思う。本当に、ありがとうございました」
土生緑が深々と頭を下げる。
いや待て、そういうキャラじゃなかったろう。積極的に掻き回して行くタイプだと思っていたのに、いきなりそんな風に言われても───
「そうそう! 宙さんありがとうだった!」
突然に雲居太陽が割って入る。
「記憶が変だった時やっぱ変だったじゃん? それでも俺の面倒見てくれたからさ、助かったし嬉しかった!」
「僕からもお礼を言わせてください。初手で通報しないでくれたのも、その後僕たちの話を笑い飛ばさないで聞いてくれたのも、本当にありがたいことだったんです」
正直それらは結果論だ。あの日いきなり部屋にいた雲居太陽を不審者か頭がおかしい人か、なんて考えたし彼らが知らないところで通報する一歩手前までいっていた。ただすんでのところで動かぬ証拠のようなものを見たから、それが理由で彼らの言葉も頭ごなしに否定ができなくて、それでも得体が知れない男をなるべく早くどうにかしたかったというだけで。本当に、ただの結果論にしか過ぎないのだけど。
「宙さん?」
こんなに純粋な「ありがとう」を受け取るのは久しぶりのような気がして、もしかしたら初めてのような気がして、うまく言葉が紡げなくて。
「どうしたんだよ、宙さん」
苦笑を浮かべた雲居太陽が初めて優しく肩を叩く。こんなことで涙が出てきそうになるだなんて、20も半ばを越えて初めて、知った。
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