第7話 変身


 雲居太陽はといえば、元に戻るまでここで預かることになった。

 というのも記憶が欠けている今の状態の間はその間の雲居太陽しか知らない人間と一緒のほうが生活しやすいだろう、生活費は出すから預かってくれという判断が下ったからである。

 確かに記憶を失った状態で家に帰ってもお互いにやりづらいだろうし、学校なんて通えたものではないだろう。そう言われたら断れるものではなかったのだ。生活費は出してくれるというし。

 いちいち騒がしいのは難点だったけれど、言ったことはちゃんと守ってくれたし出来る範囲で家のこともやってくれたし、帰宅してから会話相手がいるのは案外嬉しいものだった。いちいち騒がしいのは擁護できない難点だったけれど。……まぁ面倒なことになるとなんだからと外に出られない分発散ができなかったせいもあるのだろうけれど。それにしても気を抜くと騒いでしまうものだったから苦情が出なくて良かったと思っている。本当に思っている。



 そんなこんなで一週間が過ぎた辺りのことだった。


「宙さん、来ます」


 そう連絡があったのは金曜の20時過ぎのことだった。

 週末だったことにホッとしつつ、予め教えてもらっていた場所に雲居太陽と二人で向かう。

 なんでも戦う場所は毎回同じような場所らしい。決まっているわけではないけれど怪人、というか怪人が送り込む怪獣と呼ばれるものが現れる場所が大体パターンが決まっているのだとか。


「夜にすまないね」


 あの夜に火柱が見えた方向に進むこと約15分。辿り着いた先で土生緑がひらひらと手を振って出迎えた。その隣では安曇海がぺこりと頭を下げていた。

 明かりがろくに無いせいか二人の顔はぼんやりとしか見えない。周囲の風景なんて言わずもがなだ。


「や、平日昼なんかになるよりよっぽどありがたいんで」


 その場合、まずこうやって来られないから事態がズルズルと先延ばしになるところだった。


「それだと僕たちも困るんですけれど、昼に来たことはないんです。多分このぐらいの時間じゃないと向こうも都合が悪いんじゃないでしょうか」


 場所が大体同じようなところなのも関係してるんじゃないでしょうか、と安曇海が説明する。そういえば彼らは学生なんだった。安曇海以外が気安すぎてすっかり忘れていた。

 取り敢えず周りを見渡してみる。他に人気はなく、とても静かだ。これからなにか起こるなんて到底思えない。


「奴らの行動は私達ヒーロー以外には干渉が及ばないし、私達ヒーローがこの世界の何かを壊してしまったとしても即座に修復されるシステムにはなっている。だが生命に至ってはその限りではないし、そもそも無特定多数に見せられるようなものでもないからな」


 それは一体どういうシステムなんだろう。多分秘密事項みたいなやつなんだろうし聞いたところで教えてくれないんだろうとは思うのだけど。


「なるべく人気がなく、戦うに至って支障がない。それらを慮るとこういった場所が候補地になるわけだ」


 こういった、と言われてもう一度目を凝らしてみる。目の前はやっぱり一面真っ暗だ。

 周りを見渡してみると手前側にはちらほら建物が見えた。だけどやっぱり向こう側はどこまでも果てが見えない──それが海だと気付いたのは少し遅れてのことだった。


「ここは今は使われていない埠頭だから、大暴れしても問題はないぞ」


 土生緑がそう言って笑う。いやだからそれは話が違う。

 そして隣では雲居太陽が目に見えて分かるレベルでソワソワしていた。


「早く戦いたいな!そうすれば変身できて元に戻るんだろ?」


「落ち着け雲居君。まずは変身してからだ」


「そんな難しいこと言うなよ!」


 拒否の仕方がひどい。どうどう、と頭を撫でて宥める対応もまたひどい。


「来ました!」   ギャアオォオオオォォォ


 安曇海の声が得体のしれない声と重なった。そちらに顔を向けると、そこには今までに見たことがないようなものが立っていた。

 顔は犬科の獣のようだけど体は鱗に覆われている。手の爪は酷く長く足の甲はそれと同じくらい長く大きく地面を踏みしめている。そして股の間からは太い尾がだらりと垂れ下がっていた。


「あ……あれ……」


「あれが、怪獣です」


 うまく言葉にならない声を安曇海が上手く拾ってくれた。


「あれと戦う?!本当に?!?」


「はい。戦います」


 ただし返答は無慈悲だった。いや答えは分かっていたけれど。それにしたって、こう!

 ……というか、あれ。戦うってことは。


「え、待って」


 変身。するんじゃないの?しないの?これじゃ戦えないんじゃ??

 強制的に変身とか言ってなかったか。そんな気配、微塵もないぞ???


「星月さ


「名字で呼ぶな!!!」


 焦りながら考えていたせいか、つい食い気味に反応してしまった。今のは流石に大人気なかったのではなかろうか。

 気まずい思いとは裏腹に土生緑はいつもの笑顔を浮かべていた。


「そのくらいの勢いで『変身』と叫んでいただきたい」


「は???」


 思わず声が出た。いや叫ぶて。子供の頃だったらノリノリでやっただろうけどこちとら20過ぎの… いやだからそう考えるのはやめようって決めたばかりじゃないか。ばかりだけど!



             ギャアオォオ!



 怪獣が再び吼えた。

 3つの視線がこちらに向けられる。土生緑は如何にも楽しげに、安曇海は酷く申し訳無さそうに、雲居太陽は呆れた感じで───いやお前なんでそっち側なんだよ。もうちょっとこっち側でもいいじゃないかちくしょう。


「へ 変身」


「もっと大きな声で」


「変身!」


「もっと!」


 ええいこんちくしょう!!!


「へん!!しん!!!!」


 ヤケになって叫んだ瞬間、銀色の光が自分の回りに現れた。

 視界いっぱいが銀色になるほど大量で、なのにちっとも眩しくなんてなかった。

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