第6話 適所

 

 ほぼ流されたような形で「一応」という名目で承諾して二日後の夜。

 適性検査をする必要があるということで、自称レッド───雲居太陽と一緒に秘密基地と呼ばれる場所にやってきた。

 実際にはちゃんとした名前があるらしいのだけど、「どうせ誰もちゃんとした名前を読んでいないからな」と説明を受けなかった。確かに長々お世話になる気はこれっぽっちももないのだけれど、それはそれでなんとなく腑に落ちないものを感じてしまう。


「すごいな! 工場の下にこんなに広い場所があるなんてまさに秘密基地だな!」


 そして雲居太陽はといえば初めてここに来たかのようにはしゃいでいる。なんでだよ。


「変身した状態でここに来ることはないからな。あ、雲居君そっちに行っては駄目だ」


 単独行動しようとした雲居太陽の襟首をひっ捕まえながら説明したのは土生緑だ。なんでも二年前もこんな状態だったらしく、その時には勝手に行動しないように男性職員が側についていたらしい。……犬みたいだな。


「さて、今のやつで検査は一通り終了だ。結果が出るまで少し待っていてもらいたい」


「……検査の結果、駄目だったってこともあるよな?」


「もちろんあるにはある。が、私は大丈夫だと踏んでいる。だからこそ誘ったんだ」


 ちょうどいい感じに事情を知ってしまったやつがいたから取り敢えずぐらいで誘ったのではなかったのか。一体何を見てそう判断したのか。彼女から見てみれば、自分なんてくたびれた─── なんて考えかけただけでなんだかグサッときた。少なくとも20代の間は自称するのはやめておこう。そうしよう。


「大丈夫、参加してもらうだけだから。一緒に戦ってくれなくても構わないから」


 その言い回しはまるで詐欺師のようだと土生緑は気付いているのかどうか。なにか言い返そうかとしたタイミングで奥から職員らしき人が顔を出した。


「イエロー! ちょっと来てくれないか」


「分かった! 二人ともその辺でちょっと待っていてくれ」


 多分すぐ戻る、と言い残して土生緑が奥の部屋に姿を消す。

 こういう時ってだいたいすぐには戻ってこないパターンなんだよな、なんて思いながらそばの壁に寄りかかる。


「宙さんは戦わないのか?」


 唐突な質問が雲居太陽から飛んできた。さっきのやり取りを聞いてのものだろう。


「いや、戦い方とかよく分からないし……」


「え?こー、殴ったりとか」


 言いながら雲居太陽がシャドーボクシングのような振りを見せる。


「肉弾戦なの?!」


「俺は面倒くさいの苦手だから!ブルーやイエローは銃とかも使うぞ」


 いやそうだよな、流石に肉体派とは呼べなさそうな二人まで肉弾戦やってるとか言われたらひっくり返るところだった。

 にしても、だ。なんで自分が、という気持ちは大いにある。変身とか、そもそも本当にできるのだろうか。確かにそういうものに憧れた時期はあったけれど、もうずっと昔、子供の頃と言うよりは幼児の頃の話であって──


「やっぱり、嫌ですか」


「?!?」


 急に声をかけられて思わずビクッとなってしまう。声を出さなかっただけでも褒めてほしい。


「すみません、その、なんというか。なんとも言えない顔をしていたので」


 雲居太陽とは反対側の方に顔を向けると、相変わらず申し訳無さそうな様子な安曇海がいた。雲居太陽や土生緑と違ってこういう会話はあまり得意ではないのだろう。逆に言えば、そんな彼に声をかけられるほどの表情を浮かべていたということでもあるのか。


「嫌っていうか……」


 訳が良く分からないことに巻き込まれる不安というか、相手のペースに巻き込まれている自覚に対するやるせなさというか、情けなさというか。

 そういうわけでは、なんて言いながら顔に手を当ててから視線を安曇海に下ろす。と、視線を微妙にそらされる。

 初対面時にも思ったのだけど、整った顔と自信なさげな態度がどうにも噛み合わない。


「……」


「……」


「……」


「……そういえば、怪人?ってなんなんだ?」


 間が持たなすぎて無理矢理話題を捻り出してしまった。いやでもそういえばそれに対しての説明は殆どなかった気がする。

 雲居太陽の方にも視線を向けてはみたけれど、彼も首を捻るばかりであった。予想通りといえば予想通り。


「なんだ、というのは正直良くわかっていないみたいです。確かなのは、僕たちの世界を侵略しようとしていることと、次元が違う存在なんだろうということです」


 質問をされれば返答は雄弁だ。そんな安曇海に勝手にホッとなる。


「すごく強い、ってこと?」


「あ、いえ、文字通りの意味です。……ええと……」


 言葉が途中で止まる。こちらをちょっと見上げて、すぐ下げて、そうしてしばらく経ってから


「……星月、さん」


 こわごわ、と言った様子でこちらの名前を呼んだものだから思わず頭と肩が下がってしまった。すごく悩んだのだろう。それは分かる。分かるが!


「……。こっちにも言ったけど、名前でいいよ」


 雲居太陽を示しながら改めて告げる。笑顔でうんうん頷いている。



「あっ、えっとその……すみません……」


 そんなに恐縮するな。頼むから年上に堂々と名前呼びを提案できる雲居太陽の図太さを見習ってくれ。


「ええと……その、宙さん」


 そして恥ずかしがらないでくれ。


「宙さんは絵に描いた餅を取り出せますか?」


「へ?」


 深刻そうな声から突拍子もない内容が語られて思わず変な声が出た。一瞬理解ができなかった。そして理解ができたところでそんな事ができるはずもない。首を横に振る。


「そうなんです。でも、怪人たちはそれをやろうとしているんです」


 今度は声も出なかった。意味が全くわからない。


「二次元とか三次元って言いますよね。僕たちは餅を描いた紙を切ったり焼いたりはできるけど餅そのものを取り出したりはできません。次元が違うと基本的には干渉ができなくて、怪人たちも基本的にはこちらの世界の人々とかものに直接干渉はできません。でもできるようになる何かを探しているようなんです」


 安曇海の目がこころなしか輝いているように見える。

 こないだも見た状態だ。説明することに夢中になっている。


「こちらの世界にやってくるだけでもエネルギーを使うみたいであまり頻繁にはやって来ません。何を狙ってやって来ているのかは分かりませんしこちらに干渉ができないので今のところは実害もありません。ですがそれでもやってくるのには絶対に理由がある筈ですし、実際に干渉できるようになってしまってからでは手遅れになってしまうに違いありません。ですから今のうちに追い返そうとしているんです。そのためにこの機関があって、もう随分と昔から今までにも複数のところから怪人はやって来てるんですけれど何度も追い返していて今は大体……」


 熱っぽい声がはたと止まる。これもこの間見た。


「……ごめんなさい。喋りすぎました」


 どうせなら喋りきってから我に返ればいいのに、とは思う。だいぶ置いてけぼりにされていたからありがたいと言えばありがたいのだけど。


「得体が知れない相手だってのに、すごいな」


 なので気にせず話を続けることにした。

 とはいえこれは本心だ。自分だったらそんな熱意を持つことなんてできないだろう。今だってそうだ。

 若さゆえの無鉄砲みたいなものなんだろうか、と。ふと思う。


「えっ、いや、その」


 ところが安曇海は面食らったような顔になる。そうしてまた視線を下にさまよわせてしまった。


「僕はその、ああしたらとかこうしたらいいんじゃないかとかそういうことを言ってるばかりで……雲居先輩が突っ込んでいってくれるから成り立っているようなもので…………」


 予想はできていたけれど攻撃担当ではないらしい。そしてそこに少なからず引け目も感じているのだろう、言葉はだんだんしどろもどろに弱々いいものになっていく。本当に顔と態度が噛み合っていない。


「そうだな、そういう意味では雲居君は押しも押されもせぬレッドだな」


 戻ってきたらしい土生緑が会話に割り込んだ。呼ばれた雲居太陽が元気よく「おう!」と返事をする。


「そして毎回臨機応変に作戦を立ててくれる安曇君は立派なブルーだと思ってるぞ」


 そう言って安曇海の頭をぐしゃりと乱雑に撫でた。


「……じゃあ、イエローは何をするんだ?」


 作戦を立てる役と、突っ込む役といる。他になんの役が必要なんだろうか。いや突っ込む役は何人いてもいいのか?


「私か?私は新しい武器や技の開発がメインなんだ」


「開発?」


「なんせ古株だからな、ノウハウは下手な職員よりもある」


 古株とかあるのか。話を聞いていた限り学生限定なのかと思っていたのだけど。


「──というわけで」


 土生緑がにっこりと笑みを浮かべた。これもこないだに見た気がする。

 ということはつまり───


「検査の結果適正問題なしだった星月さんも気軽に戦闘に参加できる武器ができあがったから、安心して戦闘に参加してくれ!」


 ───やっぱり。悪い予感が当たった。やっぱり詐欺師だったじゃないか。

 というかだから! 名字を呼ぶな!!!

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