第5話 瑕疵

 

「私達はヒーローだ。ただし証明はちょっと難しい。というのも、変身をできるのが怪人か怪獣と対峙した上で、それらに敵意があるときに限られるからだ」


 仕切り直して土生緑の説明を聞いている。

 怪人はさっき聞いたやつだろう。ということは怪獣ってのもその仲間みたいなものなんだろうか。


「たいじ、ってなんだ?」


「この場合は“直接会った”ぐらいの意味です」


 雲居太陽の疑問に安曇海がテンポ良く答える。慣れたやり取りのようにも見える。

 「なんだろう」なんて続かないで良かった、と密かに胸を撫で下ろしたのはここだけの秘密だ。


「変身には意志がいる。条件が整っているときに宣言すると変身ができる。ところが変身を解くときはそうではない。条件が不成立になったとき───つまり、戦っていた怪人や怪獣が絶命したとき自動的に解除がされる、という仕組みだ」


「雲居先輩の変身が勝手に解けてるのはそのせいですね」


 さらっと怖い言葉が混じった気がするが聞かなかったことにする。……ん?


「にしても変身?が解けたことに気付いてないのは変じゃないのか?」


 例えばそれは着ていた服が勝手に取り替えられているようなものではないのだろうか。それに気付かないなんてどんな鈍感でもありえなさそうなのだけど……いや確かに雲居太陽は酷く鈍感なように見えなくもないけれど!

 土生緑と安曇海が顔を見合わせる。そうして先に口を開いたのは土生緑だった。


「レッドはあの時、怪獣にそれはそれは力強く殴り飛ばされていたからね。一時的に気絶していてもおかしくない───というか、その前提で仮説を立てている」


「その衝撃でふっ飛ばされて、この部屋の窓ガラスをぶち破って中に転がり込んだのだと思われます。壊れたガラスが見当たらなかったのはその時はまだ変身中だった証拠になるはずです」


 続いた安曇海の言葉に昨日の雲居太陽の言葉を思い出す。

 そういえばそんなことを初っ端に言っていた。確かに窓ガラスは壊れていなかったから「何を言っているんだ」と思ったんだ。


「そして先輩が意識を取り戻す前に僕たちが怪獣を倒して変身が解けてしまったのでしょう。これは憶測ですが、そのために意識と実在の間に齟齬が生まれてしまったのだと思われます。」


 意識と実在の……なんだって?


「ソゴってなんだ?」


 また疑問に思うタイミングが被った。そして安曇海は再びテンポよく雲居太陽の質問に答える。


「簡単に言えば」


「バグだな」


 横からかっさらったのは土生緑だった。

 バグ。

 いやバグって。


「土生先輩、その例えはどうなんですか」


「そうかな?思いの外的を射た例えだと自負しているが」


 説明側の方でも意見の相違が起きている。が、押し切る態度を改めそうにない土生緑に早々に白旗を上げたらしい安曇海が、どことなく情けないような表情でこちらに視線を戻した。気持ちは分かる気がする。


「変身というシステムは、当然ながら人体にとってはイレギュラーなものです。想定された通りの運用をされている限りは問題がないのは僕たち以前の方たちを見ても明らかですが、今回はイレギュラーな状態にイレギュラーな事態が重なってしまった。なので脳がなるべく違和感がなくなるように雲居先輩自身の記憶を一時的に封じたのだと思われます。」


「うん、どこからどう聞いてもバグだな!」


 譲らない土生緑である。


「人体の神秘をそんな風に言わないでください。これは言わば防衛本能です。人間にとって本来必要のない変身というシステムを無理やり詰め込まれた状態であっても脳がイレギュラーに対応しようとして精神を守ろうと働きかけて──」


 熱心に捲し立てていた安曇海の口が急に止まった。先程までの勢いはどこへやら、落ち着かない様子で数秒視線をさまよわせてから


「──…喋りすぎました」


 すみません、と小さな声の謝罪が入った。

 スイッチが入ると我を忘れるタイプなんだろうか。学生時代にもこんなタイプがいたなと思うとなんともなしに懐かしい。


「問題はそこではなくてだな」


 安曇海の頭をくしゃりと撫でながら土生緑が引き継いだ。


「このままでは雲居君が変身できないだろう、というところだ」


 土生緑も視線を逸していた安曇海も、釣られるように自分も雲居太陽に目を向けた。当の本人はキョトンとしている。


「何を言ってんだ、俺はそもそも──」


「だけど今の君は生身だろう?」


「そう、そこだよ!なんで俺は変身してないんだよ!」


「それは今さっき説明したじゃないですか……」


 呆れた様子の安曇海の表情は先程より落ち込んでいるようには見えない。これもいつものやり取りの範疇なのだろうか。


「なんでなのか、それは今はいい」


 そして土生緑はそもそもフォローをしなかった。

 不服そうな雲居太陽を微笑ましげに見つめてから視線がこちらに向けられる。


「意識は変身したまま、実際には体の変身は解けている。だから変身ができない、ということだけ分かってほしい」


 ここまで聞いてやっとなんとなくだけど分かった気がしてきた。つまりあれか、財布持って買い物に行ったつもりだったけれど財布が入ってなかったから実際には買い物ができない、みたいな。

 ……。これはこれで違う気がする。


「……じゃあ、俺はもう変身ができないのか?」


 これまでの威勢のいい声とは打って変わった弱気な声に、思わず二度見をしてしまう。昨日一人で見知らぬ自分の帰りを待っていたときだって、あんなにも堂々としていたというのに。


「いや、方法はないわけではない」


 恐らく本題はこちらだったのだろう。笑顔を浮かべて土生緑が続ける。


「簡単な話です。意識が変身した状態なのだから、実際に変身させてから変身を解けば意識と体が噛み合うから元の状態に戻ることができる」


 なるほど……ん?


「あれ、そもそも変身ができないって話だったんじゃ」


「そうです」


 このやり取りさっきもしなかったか。なんだこの堂々巡り感は。


「実は強制的に変身してしまうタイミングが2つあるんだ」


 土生緑の笑みが深まる。


「1つは初めて戦闘に参加した時。もう1つは仲間が新しく加わった時。。……とはいえ誰かが新しく加わった時というのはその誰かにとっては初戦闘なわけなのだから、イベントとしてはひと括りになるわけだが」

 イベントとか言うな。ノリが軽い。

 とはいえ確かにそういう仕組なら突破点はありそうだ。それはそれとして、どう仲間を増やすのか?という問題に変わっただけのような気がしなくもないが。


「ところで星月さん」


 名字を呼ぶな。

 ……だからというわけではないけれど、なんだか嫌な予感がする。


「折り入って頼みがあるんだが、聞いてもらえますね?」


 断らないだろう、なんて言いたげな満面の笑みの土生緑。いいや冗談じゃない!と首を振ろうとしてまず見えたのはまっすぐにこちらを見つめる雲居太陽。反対側に目を向けたらひたすらに申し訳無さそうな表情を浮かべている安曇海が見えた。いやずるいだろう。言葉より何よりその表情がずるい。



 せめて!女子が!!そういう顔をしろ!!!

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