第4話 腕輪
「星月宙さん! いい名前だな!」
「…………」
「宙さんって呼んでもいいか?」
「むしろその方がいい……ありがとう……」
マジで放っておいてくれ。睡眠不足に付け加えて立て続けに名乗らされて精神的ダメージが酷い。
もう寝ていいか。
「雲居君、もうその辺にしておけ。星月さんがかわいそうだ」
だから名字を呼ぶな。嫌そうな顔で見やった土生緑が興味深そうな表情で口元に手を当てるが、それは自分の視線に気づいてのものではなくどうやら名前を呼ばれても反応しない自称レッドに対してのものだった。
当人はと言えば「お前なんか言われてるぞ」ぐらいの勢いで安曇海を見ている。
「名前覚えてないんじゃなかったの」
安曇海があまりにもどうしたものかみたいな表情を浮かべていたものだったから、思わず口を挟んでしまう。
自称レッドはきょとんと目を丸くしてこちらを見返して、安曇海を見て、またこちらを見て。
「俺の名前か!」
やっと納得できたように手を叩いた。誘導しておいてなんだけど素直だな?!
「そうです、雲居太陽です」
「くもいたいよう……ぜんっぜんピンとこないな」
「……僕の名前は分かりますか?」
「分かんない!」
打てば響く反応にも程があるぞ。せめてもうちょっと考えろ。相手の気持も考えろ。
「土生先輩、これはやっぱり……」
言われた側は気に留める様子もなく安曇海が土生緑に声をかける。どうやら彼のほうが学年が下らしい。
「ああ、恐らくそうなんだろうな」
つまりは確認作業だったのだろう。頷いた土生緑がこちらを見る。
……こっちを? 自称レッド───雲居太陽をではなく??
「幾つか立てた仮説の中で恐らく一番可能性が高いだろうというものの話をします。星月さんにはよく分からない話になると思いますが少々堪えてもらえたらありがたい」
「は?」
思わず間抜けな声が出た。名字を呼ばれたのはまだいい。いや決して良くないが今は特別に良いこととする。
「よく分からないんだけど、そういうのって部外秘みたいなやつじゃないの?」
確かに全く無関係とは言えないだろう。だけど結果的に保護したことになっただけであって、そんな内部情報を聞いて良い身の上とは思えない。
もしかしてあれか、部屋が狭いからか。今だけ外に出てれば良いのか?
「もちろん部外秘だ。が、星月さんは部外者ではないからな」
「は??」
より一層間抜けな声が出た。どうして。
袖すり合ったら他生の縁みたいな方式なのか。だとしたら世の中関係者だらけにならないか??
「あの、張紙を見て連絡をくれたんですよね」
横から安曇海が口を挟む。
「あの張紙はヒーローに関わりがない人には目に入らないような仕組みになってるんです……だからもう、そのつもりで土生先輩も僕も機関の方たちも考えてて……」
「どういうこと??」
「仕組みは僕もよく分からないんですが……すみません」
ぺこりと頭を下げる安曇海に周章てて「そういう意味じゃなくて」と告げる。
確かに電話が直接つながったのも特に名乗りもしなかった。それはつまりこちらを分かってる相手からしか連絡が来ないだろうという前提があったからなんだろう。いやそれにしてもどうして?! そうなった?!?
「だが、雲居君がレッドだというのは聞いたのだろう?」
一人で訳が分からなくなっているところに今度は土生緑が疑問を投げかける。
「ええまぁ、正直意味が分からなかったけれど……」
「分からなかったのにそのまま保護してくれたのはどうしてだい?」
そう、本当は警察に通報しようと思っていたのだ。訳の頒らないことをのたまうやつが家に入り込んでいるから捕まえてくれと言う寸前まではいったのだ。だけど、
「いや……なんか、CGみたいな火柱を海のほうに見たから……」
CGみたいな火柱だった。だけどここは映画館じゃないしTVの中でもない。そしてあの火柱は特にニュースにもなっていなかった。
"信じにくいけど嘘ではなさそうだ"と思ってしまったら、取り敢えず突っ返すのが一番良い解決方法のような気になってしまったのだ。
「それはどうやって?」
「どうやってというか、ブレスレットをかけられたら───」
言いながらなにか分かった気がして言葉が途中で止まる。
というかなんで今の今まで気づかなかったんだ。その前までは見えなかったじゃないか。
「うん、それが原因だな」
土生緑がにっこりと笑いながらこちらの肩にポンと手を置いた。なんだろう、すごく嫌な予感がする。
その隣では安曇海が雲居太陽に「先輩!ほいほいと見ず知らずの人にブレスレットを渡したら駄目でしょう?!」と小言を言っていた。
お前先輩だったのか……そうか…………。
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