終演 墜ちた雛鳥達

第9話 親鳥としてのプライド

「クソッ、どうしてだ!! どうしてこんな酷いことができる! 俺たちに、なんの恨みがあるっていうんだ!!」



 ダンッダンッ、と食堂のテーブルを何度も素手で叩くセタグリス。

 怒りに任せたその拳からは、血が滲んでいた。


 周囲に居た雛鳥たちはビクビクと怯え、すみで震えてしまっている。見かねたリージュが彼に近寄り、声を掛けた。


「セタ……落ち着いて」

「リージュ……だけどっ……!!」



 レモラが殺されてから、既に三日が経過した。


 雛鳥たちでペアを組ませ、警戒態勢を敷いた。更にセタグリスなどの年長者たちが、ドーム内に異変が無いか目を光らせている。


 ……にもかかわらず、犠牲者が発生し続けてしまっていた。まるで彼らを嘲笑あざわらうかのように。


「この数日で5人だぞ……!? 俺たちの大事な家族が……!!」


 最初のレモラに続き、ベティ、シヴァル、ユーイン、ポーラが死んだ。


 シヴァルとユーインはペアを組んでいたが、同時に殺されたと思われる。互いに心臓にナイフを突き刺す形で、ベッドに放置されていた。


 ベティは首を絞められたことによる窒息死。死後にスコップへくくり付けられ、農業区の畑の上にまるでカカシのように立たされていた。

 ポーラは何かで頭を割られたようだ。大浴場の中で浮いていたのを、ペアのリージュに発見されている。


 どちらもペアの目を掻い潜って殺されていた。それも日中での凶行である。明らかにこちらを馬鹿にしているとしか思えない犯行だ。



 ちなみに、当初疑われていたイグリットであるが……彼女には完全なアリバイがあった。

 なにせ、セタグリス本人が片時も目を離さなかったのだから、疑いようもない。


 恐らく彼女自身も、愛する御主人様が自分を疑っていることは承知だっただろう。

 その上で、何食わぬ顔で過ごし――そして、雛鳥たちは殺されてしまった。



 セタグリスは『彼女が犯人だったら良かったのに』とさえ思った。

 だが、それは不可能だったのである。



 今はもう、彼女に関しては放置している。たぶん、今はそうしておいた方が、自分の精神衛生上良いだろうと判断したのだ。


 自由にドーム内をうろつかせでもしておいた方が、殺人鬼に対する囮になるかもしれない。

 そんなことを考えてしまうほどに、セタグリスの精神は、極限にまで追い詰められてしまっていた。



 そして疲労困憊になっていたのは、セタグリスだけではなかった。


 連日起こった凶行に、遂に管理者ツィツィが倒れた。

 電源が切れたかのように、突然フッと意識を失ってしまったのだ。


 当初は彼女が毒でも盛られたのかと、大変な騒ぎになった。しかし直ぐに、ただの過労だと分かり、一同は揃ってホッとしていた。



 そういうわけで現在、このスノゥドームの運営はセタグリスが仕切っている。一時的に、副管理者から管理者へ格上げだ。


 とはいえ、彼もまだ16歳の少年である。リージュがそばでサポートをしてくれているとはいえ、それは彼にとってあまりにも大きな重荷であった。


 残りの6人の雛鳥たちの面倒に加え、日常の業務であったコアへのエネルギー補給が必要になってくる。



 そう、このコアの問題が最大のネックだった。


 通常時は12人の持ち回りで、どうにか賄っていた。それが半数に減ってしまったのだから、苦しくなるのは当然である。


 これはセタグリスを非常に悩ませた。もちろん、減った人数分の消費エネルギーは減ってはいる。


 しかし、大量にある機器を維持するためのエネルギーは、どうしても必要になってくる。どうしたって今の人数では、いずれエネルギー不足に陥ってしまうだろう。


 事実、すでにドームの幾つかの機能が停止に陥っている。生活の主幹である暖房や水源、電気などは最低限稼働しているが、それもかなりのギリギリだ。



 このままでは彼らが行きつく先は死である。それだけはセタグリスも避けたい。


 今ではセタグリスが居なくなってしまった子たちの分を賄って補給している。もちろん、その負担は計り知れない。それらの事もあって、この数日で彼の精神と体力は、かなりの速度で削られていった。



「このままじゃ、セタも倒れちゃう……」

「だからといって、何もせず、手をこまねいているわけにはいかない。このままじゃ、殺人鬼に全員殺されるんだぞ……!?」


 過剰なエネルギー補給の反動で、彼はロクな睡眠もとれていない。目はくぼみ、頬は痩せこけ始めている。リージュが心配するのも当然だろう。



「とにかく、ツィツィに相談して来る。もう雛鳥たちも限界だ。これ以上犠牲者を出さないためにも、こっちから攻勢に出なければ……」


 セタグリスは覚悟を決めた。

 そして自室で寝ているツィツィの元を訪ねることにした。


 彼女はもう何年もこのドームの管理者として勤めてきた。当然、セタグリスの知らないことも多く知っている。副管理者と管理者では、その権限には大きな違いがあるのだ。


 だからこそ、ツィツィにはその座を降りてもらおう。今は緊急事態だ。秘密事項だなんだと、小さいことを言っている場合じゃない。どうにか説得して、臨時としてでも自分が管理者となるべきだ。



「管理区に行ってくる。リージュは食堂で、雛鳥たちと待機していてくれ」

「……分かった。気をつけて、セタ」



 雛鳥たちの揺り籠……寝室のある居住区と違い、ツィツィは管理区にある塔に住んでいる。


 別名、太陽神の塔。今は厚い雲で見えないが、太陽に向かって伸びている事から、そう名付けられた。

 そんな大仰な名で呼ばれてはいるが、実際に神が居るわけではない。むしろ神という存在とは、だいぶかけ離れている構造をしていると言える。


 塔は用途の不明なケーブルや機器で埋め尽くされており、無機質な雰囲気が漂っている。ツィツィはそんな機械仕掛けの塔、その三階辺りにある部屋を使用して住んでいた。




「――ツィツィ」

「ん……あら、セタ君。どうしたの?」


 管理区に入り、最寄りの階段を上って直ぐ目の前。近寄って自動ドアを開けば、ツィツィはそこに居た。彼女はベッドに腰掛け、ぼうっと宙を眺めている。


「――大丈夫か?」

「えぇ、お陰様で今日はゆっくり休めたわ。セタ君が居てくれて、本当に良かった」


 元々痩せ気味だった彼女の身体は、この数日で更に細くなってしまったように見える。


 食事もロクに摂らず、雛鳥たちに向ける笑顔も少なくなった。セタグリスには休養がとれたと言ったが、あまり回復しているとは思えない。


 誰が見ても、彼女の心身はボロボロになるまで追い込まれていた。

 だが親代わりとして大事に育てていた子たちがあんな目に遭ってしまっては、それも致し方ないだろう。


 そんな姉の様子を見たセタグリスは、決意をより強めた。



「ツィツィ。話がある。――ドームの管理権限を、俺に渡してくれないか?」

「……ふふっ。やっぱり、その話だと思ったわ」

「な、なら……!!」


 ツィツィがそれ以上、負担を増やさないためにも。大好きな姉の笑顔を取り戻したいから。自分が、その重荷を背負いたい。その願いが理解してくれたのだと、セタグリスは期待した。


 だが、ツィツィは首を縦には振らなかった。


「どうして……!! 俺だってずっと副管理者としてやってきたじゃないか! 今のツィツィに全てを任せるなんて、そんなことは出来ない……!!」


 もう何年もツィツィの傍で、それは証明してきたはずだ。子ども達の世話から、コアの管理までしっかりとこなしてきた自負がある。現に今だって、ツィツィが不在でもちゃんと運営が出来ているではないか。


 その想いをツィツィに訴える。彼女も、そんな彼の男らしさと優しさが嬉しかったのだろう。少し微笑みを取り戻したようだったが――直ぐに目をうつむかせた。


「それだけじゃ駄目なのよ、セタ君。この肩書きにはもっと……いえ、貴方には私みたいに、大きな罪を背負わせたくないの。これは私のプライドでもあるわ」

「そんな……」

「ありがとう、セタグリス。貴方は本当に優しい子だわ」


 落ち着いた、年長者らしい台詞を掛ける。だが、セタグリスは余計に悔しさをつのらせる。


 認めてもらっていたと思っていた。彼女には誰よりも、自分を見ていて欲しかったから。


 消えかけていた、初めての恋心。愛情と、憎しみと悔しさが混ざり合い、セタグリスを感情的にさせる。


「……おいで、セタグリス。貴方のことは私が受け止めてあげる。その全てを、解放して良いのよ?」

「ツィツィ……」


 甘ったるく、脳が痺れるような声。まるで蜜に誘われる虫のように、セタグリスはベッド上のツィツィへと近付いていく。


 彼女に触れるのは、いつぶりだっただろうか。いつの間にか大人ぶって、あまり近寄らなくなった。本当は昔みたく、「偉いわね」と頭を優しく撫でられたかったはずなのに。


「お姉ちゃん……」

「良いのよ、今は。お姉ちゃんでも、ママでも。恋人だって良いわ。さぁ……」


 ツィツィはゆっくりと彼の帽子を脱がすと、小さな角を指で優しく撫で回し始めた。


 彼の身体に、電流が走るほどの快楽が襲う。身体がビクンと跳ねる。息が詰まり、声が出ない。だけど、不思議と抵抗する気にはならなかった。



 セタグリスの意識は、そこでぷっつりと途切れた。

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