第5話 夜の宴と雛鳥の巣立ち

※エロ&グロ注意回



 やってきたのはイグリットだった。彼女はバスタオルだけを身に纏い、セタグリスの居る湯船へと近付いてきた。


「お、おい!? なにしているんだイグリット!!」

「やっと見つけました……ずっとお会いしたかったです、私の御主人様」

「はあっ!? ご、御主人様!?」



 イグリットはタオルをハラリ、と床に落とした。


 生まれたままの姿で浴槽へと入り、自らの肢体を披露するかのようにセタグリスの正面へと向かう。生憎だが湯気などでは、彼女のシミひとつない美しい身体を隠すことはできない。


 他の子やリージュとは違った、大人の女のカラダ。衣服も全てを取り払ったことで、今それがよく分かる。


 昼と夜とではまるで雰囲気の違う彼女に、セタグリスは自分の身体を隠すことも無く、ただ固まってしまっていた。



「な、なにを……!?」

「あぁ、御主人様の体温……あったかい」


 ずっと求めていた人物に触れ、イグリットは身を震わせて歓喜する。そのまま彼にしがみ付くと、熱くネットリとした大人のキスをした。


 突然のことに、セタグリスも抵抗ができない。舌が絡み合った状態で、ただ時間だけが過ぎていく。


「ぷはぁっ♡」

「う、ぐ……」


 ようやく離れたが、セタグリスはもう骨抜きの状態だった。


 それに彼女と違って長く湯に浸かっていたせいか、のぼせて頭がボーっとする。


 舌を伝う透明な液体が、今日初めて出会った少女と自分を繋いるのを、ただ見つめている。



 彼女の紅く濡れた唇が、次第に口だけでなく、額のつの、首元や、胸、そして下腹部へと落ちていく。より良く理解するために、お互いを敏感な部分で確かめ合っていく。



 初めて聞く、雌の啼く声。


 もはや今のセタグリスは、あの優しいセタグリスでは無かった。己ですら知らなかった、隠された雄の部分が爆発する。


 

 新しい自分を、目の前の少女が、教えてくれている。



 最初はそれが自身を拘束するナニカが少しずつ解放されていくようで、とても心地良かった。


 だが、次第にそれは恐ろしいほどの快楽と変化していき――あとはもう、彼がケダモノへと堕ちるのは早かった。


 気付けばセタグリスは、言葉にならないような雄叫びを上げながら、無抵抗のイグリットを――




 セタグリスが再び意識を取り戻した時には、全てが終わった後だった。



 気付けば浴室の床の上で、全裸のイグリットを抱きしめていた。


「はぁ……嘘だろ」


 情事の証拠とばかりに、何やら生臭い匂いが周囲に立ちこめている。

 彼は事実を認めたくないのか、何度も頭を振って、夢なら早く醒めてくれと呟いた。



「ふふっ♪ 大丈夫ですか、御主人様?」


 そんなセタグリスを、金髪の少女は労わる様に優しく声を掛けた。


 イグリットはとても幸せそうな表情で、今も繰り返し、彼の身体にキスをしている最中だ。


「……なぜ、こんなことを」


 だがセタグリスの答えは、普段の彼からは想像もできないような、低く平坦な声だった。

 彼は初めてを奪われたことよりも、なぜこんなことを、という点で怒りをつのらせている。



 理性を失くし、優しさも思いやりもない。ただ獣のように相手を貪り、凌辱する行為。


 普段の自分だったら唾棄だきするような行為だ。なのに、快楽に逆らえなかったという事実が、彼の優しい心を締め付ける。


 そう。あれではまるで、そういう薬でも使われたような……自分ではない自分を知るという、初めての感覚だった。



「どうして、ですか? ……それは先ほど、申し上げました。私は、ずっと御主人様を探し求めていたんです。この日が来るのを夢見て……」


 そう告げたイグリットの瞳からは、行為の間に見せたモノとは別の、喜びの涙が流れ落ちていた。あんな物のように扱われたというのに、彼女にとっては、それすらも本望だったようだ。


「居る、ということだけを信じて。長い、永い旅をして、やっと今日……私は御主人様と出逢えたんです」


 あまり要領を得ない言い方だ。しかしどうやら、イグリットはずっと彼を探して、外の世界を彷徨さまよい続けていたらしい。

 彼女いわく、会いたい感情がたかぶりすぎて、今回のような暴走をしてしまったみたいだが――セタグリスはそれでも納得ができない。


「あんっ……」

「もう、十分だろ……!!」


 ふたたび身体を求めて迫りくる彼女を、引き剥がすようにして拒絶する。


 とても寂しそうな表情をしていたが、想い人の『絶対にそれ以上は色々ともう無理、限界』という言葉を聞いて、しぶしぶ諦めて引き下がった。



「私と御主人様はいずれ、真の意味で必ず結ばれることになります。その日を、今も楽しみにしておりますね」


 流し目をしながらそう言うと、イグリットは浴場からよろよろと去っていった。



「はぁ、アレは何だったんだ。いったい、何者なんだよ……」


 一足先に風呂から上がったイグリットを目だけで追い、深い溜め息を吐く。

 ゆっくりするつもりだったのに、なんだかどっと疲れてしまった。


「……もう少しだけ浸かってから出よう。このままじゃ色々とマズい気がする」


 再び湯船に沈み、思索に耽る。一刻も早く、対策を練らねば。


「なるべく彼女には近付かないようにしよう。ツィツィには相談……できそうにないな。説明なんてできないぞ」


 そんなこんなで結局、セタグリスが浴場から出てきたのは、イグリットが去ってから三十分以上が過ぎてからであった。



「セタ……随分お風呂長かっ……!?」


 入り口から出た瞬間。

 外で待ち構えていたリージュが何かの異変に気が付いた。彼に駆け寄り、抱き着いてクンクンと匂いを嗅いでいる。


「な、なんだよリージュ。どうした?」

「……くさい。セタ……お風呂でいったい、何してたの……」

「ふあっ!? な、何もしてねーよ!?」

「嘘……あやしい」



 彼女に見つめられると、何故か心の中を覗かれているような気分に陥る。


 見えていないはずのあの瞳が、セタグリスは今日はとても怖い。洗ったばかりの身体を、冷や汗がダラダラと流れ出ていく。


「そ、それよりも早く戻ろうぜ。なんだか今日はもう、直ぐに寝たいんだ」

「……ふぅん?」

「ほ、ほら。手を繋いでやるから、さっさとベッドに行くぞ!!」

「ん……」



 珍しくも、セタグリスから手を繋がれたリージュ。スキンシップが功を奏したのか、それ以上は追及してこなかった。


 優しくニギニギと恋人繋ぎをしてやると、さっきまでの怒気が一瞬で霧散してしまったようだ。



 今日ぐらいは、少しだけ回り道をして、長めに歩いてやろう。


 セタグリスは彼女をリードして、ゆっくりと歩いて行く。


 ……これは決して、罪滅ぼしだとか、そんなやましい理由があるからではない。そんな風に、彼は自分に言い聞かせながら。



「じゃあ……おやすみ」

「あぁ、ゆっくり休めよ」


 それぞれの部屋に繋がる廊下で、いつもの挨拶を交わす。


 彼らが今いるのは、“雛鳥の揺り籠ハーピィクレイドル”と呼ばれる居住区。ここは男女別で、数人ごとに部屋が振り分けられている。


 だからここで、リージュとはお別れだ。



「セタ……」

「うん?」

「だいすき」


 別れ際に、リージュはぎゅっとセタグリスに抱き着いた。お返しとばかりに、リージュの頭を優しく撫でてやる。


 同時に、シャンプーと彼女が混ざった匂いがふわっと香ってきた。



「兄ちゃんもリージュの事が好きだぞ」

「えへへ……嬉しい。それじゃ……また明日」


 もはや習慣となった、二人だけの挨拶。

 すっかりご機嫌となったリージュは、小さな手をばいばい、と振って部屋へと去っていった。


 あの様子ならきっと、明日にはすっかり忘れているだろう。



「良かった、どうにか誤魔化せたか……」


 ちなみにだが、廊下ですれ違ったツィツィには、あっさりと見抜かれている。


 顔から首元、シャツから見える胸元まで、愛し合った痕跡が無数につけられていたのだから、それも当然である。明日、彼女になんて言われるか。今からそれが恐ろしい。





 ようやく一人になれた。ほっとした様子で自分のベッドに入ったセタグリス。しかし、あの行為のせいで、中々寝付くことができない。


 理性が飛んで、ほとんど記憶に無いとはいえ。どうしても、あの柔らかな感触が手に残っている気がする。その感覚が、再び彼を情欲のスイッチを入れようと、むくむくと悪戯に顔を出してくるのだ。


 彼がようやく落ち着きを取り戻した頃には――世界はとっくに朝になってしまっていた。






「はぁ……アイツが来て初日でコレって、先が思いやられるよ……」


 眠い目を擦りながら、朝食を摂りに食堂へと向かう。

 幸い、今日は魔力の補充は無い。農作業や他の子どもたちの面倒を見ればよいだけなのだが……。


「いや、たしか今日はレモラの誕生日だったか? アイツの好きなベリーのタルトでも作ってやるか……ん、どうしたんだ?」


 最年少の雛鳥が、ベリーをたっぷりと口元にくっつけて喜んでいる。そんな姿を想像しながら、セタグリスは食堂に入る……が、何やら騒がしい。


 すでにセタグリス以外の雛鳥たちは、この場に集まっているようだが……。



「みんな、一体どうした? 誰かパン焼きをまた失敗し……」

「セタ君……」

「セタ……」



 予想外の光景に、セタグリスは言葉の続きを失くしてしまった。


 視界の端には、涙を流しながらセタを見つめるツィツィと、オロオロとしているリージュが居る。



 そして――



「レモ、ラ……?」



 キッチンを覘いたセタグリスの目に入ったのは、心臓に包丁を突き立てられ、目を見開いたまま絶命しているレモラの亡骸だった。


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