本宴 雛鳥の巣立ちと

第4話 妹の嫉妬と少年の惑い


 ゆんわりとしたウェーブの掛かった、金髪の髪。この施設では見たことも無いような、シルクの上質な白布であつらえられた、ワンピース。


 その白に負けないような彼女の純白の美しい肌が、僅かな動作の度にチラチラと服の合間から覗き見えている。


 歳はセタグリスと同じ、十六あたりだろうか。しかし彼女の胸や腰回りはツィツィと同等か、それ以上に豊か。健康的な色気のある肢体をもった少女だった。



 ――彼女は雪原を歩いていた、あの雪の妖精である。


 とはいえ今ここでこうして見れば、ただの人間の少女にしか見えないが。



「いたいっ! な、なんだよリージュ!?」

「別に……なんか嫌な匂いがしたから」

「匂いって……」


 まだ幼い子らの目の毒にならないか? セタグリスがそんな心配をしてたら、隣りに居たリージュに腕をつねられた。


「わ、悪かったって……」

「……セタのえっち」


 残念ながら、リージュはスレンダーだ。本人もそれは自覚していたし、彼女が自身のスタイルを気にしていることを兄は知っている。


 目が見えなくても、敏感な彼女は何かを感じ取ったのであろう。慕っている兄が他の女に気を取られているのだから、余計に気にさわったに違いない。


 女の勘は怖い。セタグリスはもう下手なことをしまいと、気を引き締めた。



「おかえり、二人とも。ちょっとこっちへ来てくれる?」


 そこへセタグリスとリージュに気付いたツィツィが、自分のところへ来るように手招きをする。白の少女について、彼女は何か事情を知っているようだ。



「これで全員雛鳥ハーピィが揃ったわね。紹介するわ、彼がここの副管理者であるセタグリスよ。その隣りがリージュ。二人とも、この子は新人のイグリットちゃんよ。……仲良くしてあげてね?」


「イグリットです!! 今日からお世話になります。ずっと一人で旅をしていたので、あんまり常識とか分からなくて……皆さんには、色々とご迷惑をお掛けするかもしれません。でも私、精いっぱい頑張るので、よろしくお願いします!! ……あ、あの。こんな感じで大丈夫ですか!?」


 挨拶の言葉を少ない時間で一生懸命に考えたのだろう。若干たどたどしくも、元気よく自己紹介したイグリットに、ツィツィが「オッケーよ!」と親指を立てて激励した。



 そもそも、イグリットの心配は杞憂である。彼女は子どもたちに囲まれ、すでに受け入れられ始めていた。まるで親鳥に群がる、雛鳥のようだ。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんはどこから来たのー?」

「すっごくきれー!!」

「ママお姉ちゃんとどっちが綺麗かな?」

「僕は……ママがいい」


 みんな、外の世界に興味津々なのだろう。次から次へと質問攻めにしている。


 未知の世界に対する疑問にも、一つ一つ笑顔で答えていくイグリット。人当たりの良い性格のお陰で、ドームの住人達も概ね肯定的のようだ。さすがにツィツィの人気にはまだかなわないようだが、早くも雛鳥たちのハートを掴み始めていた。


「何だか不満そうな顔だな、リージュ」

「……そんなことない。セタだって、子どもたちを盗られて悔しいんじゃないの?」

「そんなことは……まぁ、ちょっとだけ?」


 今朝はあれだけベッタリだったレモラでさえ、今はイグリットに夢中だった。それがセタグリスにとって、ちょっとだけ寂しい。


 だけどまぁ、あれなら大丈夫だろう。もちろん、彼女が何故ここへ来たのかという疑問は残るが、少なくとも手の付けられぬ問題児では無さそうだ。



 新しく入った少女を中心に、楽しい時間もあっという間に過ぎていく。

 何故かツィツィにイグリットを案内するように使命されてしまったセタグリスは、午後を丸々消費してドーム中を回ることになってしまった。


 困ったのが、彼女の距離感だ。どういうわけか、セタグリスに対して近過ぎるのだ。

 初対面であるはずなのに、恋人のようにセタグリスの腕を組んで歩くイグリット。妹のリージュとは違った女性らしい柔らかさに、彼は終始緊張していた。



「はぁ……なんだか今日はいつも以上に疲れてしまった……」


 案内が終わったその後は、今度はリージュの相手だった。いつも以上に甘えてくるリージュをなだめ、セタグリスはさらに疲弊していた。


 そんな彼は疲れを癒すべく、ドーム内にある共同の大浴場に入ることにした。



 コアのお陰で、ここの住人達は様々な恩恵を受けている。

 あのコアルームから伸びるパイプからエネルギーが供給され、水道、電力、火力とありとあらゆるものに変換される。いま彼が浸かっている湯も、その恩恵の一つであろう。


 自分の命を削ってはいるものの、誰もがこのシステムに頼り切っていた。



「本当にドームは楽園だよなぁ」


 当然のことながら、ドームの外にはこんな便利なものは無い。


 ふと、セタグリスの頭の中に疑問が湧いた。いったいどうやって、あの少女は極寒の中で生き延びてきたのだろう。


「外の世界、か……」


 自分たちとは違う女の子。いや、厳密に言えば自分も雛鳥とは違う。


 もしかしてドームの外には、自分と同じように角の生えた人間が居るのだろうか。……あの少女に話を聞けば、自分の正体が何か分かるかもしれない。



 ――バシャッ、バシャバシャッ!!


 湯船のお湯を何度も顔に掛けて、直前に浮かんだ考えを洗い流す。



 今更、そんなことを知ってどうするのだ。別に分からなくたって、自分は自分だ。


 そもそもこのドームの中だって、知らないことで溢れている。ツィツィ以外に大人が居ないことも謎だし、このドームだって誰が建てたのかも分からない。


「そうだ。俺はアイツらの兄さん。それだけで良いんだ」


 彼女が言わないということは、敢えて言う必要のないこと。きっと何か事情があるんだろうが、別に今の生活に不満は無い。あの雛鳥たちを護る為にも、余計な事は考えてはいけないのだ。



 もうくだらないことを考えるのは止めて、風呂から出よう。


 ――だがそれは叶わなかった。



「あっ、やっぱりここに居たんですね♪」

「……えっ?」



 セタグリスが湯船から立ち上がろうとした時。背後から誰かに声を掛けられた。



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