第3話 特別な男の子と白の使者
ドームの中央にある動力区。通称、コアルーム。
この施設の心臓部とも言えるこの部屋の中心には、フラスコのような透明な容器が鎮座している。
その中には、ルビー色をしたこぶし大のクリスタルがギラギラと怪しい光を放っていた。
これこそが、このドームにエネルギーを供給しているコアだ。
コアの台座からはチューブが機械に接続されている。さらにそこから施設の中に張り巡らされ、所々から圧力を逃すためのスチームが噴いていた。
いったい誰がいつ、このような機械や施設を作ったのか。それを知る者はここにはいない。
ただ使い方だけが先住者から連綿と受け継がれ、こうして今まで利用され続けている。
もしこのコアや機器に不具合が生じたら……誰もがそのような恐怖を心の奥底で押し殺しながら、今日も笑顔で生きている。
「セタ……」
「ん? あぁ、リージュか。遅かったな」
コアルームにやってきたリージュを、専用の供給用チューブを点滴のように腕に刺したセタグリスが迎え入れる。
こくり、と頷くと、彼女もセタグリスの隣りにある席に座った。
彼と同じように、緑の蛍光色のしなやかな有機チューブを左腕のバイパスキャップに繋ぐ。カチャリ、としっかり接続されたことを確認。モニター端末を操作し、エネルギーの供給を開始させた。
「俺に合わせて、無理なんかしなくていいんだからな?」
「うん……だいじょうぶ」
リージュが目を瞑ったまま、気怠げにそう呟く。二人分のエネルギーを得たコアは更に輝きを増し、辺りを紅く照らし始めた。
供給率が順調に増えていることを伝えるスクリーンを
このようにして一日に一度、子どもたちによって交代制のエネルギー供給が行われている。
普段は年齢や体調に合わせて、三人から四人のグループで行う。だがセタグリスは他の子どもよりもエネルギー保有量が多いこともあって、今日のように少ない人数で行われることが殆どだ。
セタグリスは極めて特異な体質だと言っていいだろう。
通常、腕にはバイパスと呼ばれる専用のキャップを手術で造設する。これはコアへエネルギーを供給するチューブを接続するためのもので、どの子どもたちの腕にもある。しかし、彼にはそれがない。
否、実際には作ろうとしたのだが、できなかったのである。
保有エネルギーが多いことが原因なのかは不明だが、彼の回復能力は異常に高い。
異物であるキャップを腕に取り付けようとしても、片っ端から傷が再生するので設置することが不可能だったのだ。
仕方なく彼がとった手段が“直接接続する”ということ。
つまり、注射針のような専用の器具を直接、腕の血管に突き刺しているのだ。
いくらチューブを外せばすぐに回復するとはいえ、これにはかなりの苦痛が伴う。毎回毎回、腕に太い針を自ら突き刺すのだからそれも当然だ。
そもそも、通常通りに供給するだけで相当体力を消耗する行為である。エネルギーは気力や体力に直結している。他の子どもたちだって、分担をさせて休ませなければ、あっという間に衰弱死してしまうだろう。
優しい彼は他の子どもたちの負担を軽減できるならば、と歯を食いしばりながら、誰よりも多くエネルギーを供給してきた。
最近ではそれにも慣れてきた方だが……最初の頃は食事もマトモに摂れず、ベッドの上でのたうち回る夜も少なくなかった。
こんな無茶な行為を続ければ、幾ら再生能力が高くとも長くは生きられないだろう。
だが彼は決して無理を止めようとはしなかった。寿命を削り、誰にも苦労を見せないようにやせ我慢をしていた。
もちろん、それには理由があった。
現状、コアのエネルギーは枯渇寸前だった。ドームの維持が出来ない程に、徐々に貯蓄は減ってきている。確かにそれも事実だ。最近では施設内の一部を閉鎖することで、必要なエネルギー量をどうにかやり繰りしている。
しかし他にも大きな理由をセタグリスは抱え込んでいた。
心優しい彼にも、とある秘密があったのである。
帽子で隠しているセタグリスの額には、二本の小さな黒い
もちろん、他の子たちには角など生えていない。
その特殊性を
この施設の管理者であるツィツィだけは、彼のその双角の秘密を知っている。
そして彼女は、他の子どもたちには絶対に喋るなと彼に厳命した。
『この狭いコミュニティで一人だけ違うというのは、確実に貴方を孤独にさせるわ』
その時に彼女が警告のように呟いたあの言葉が、今でもセタグリスの心に棘のように残っている。
本当は家族に隠し事なんて、するべきじゃないのに――。
ちなみにだが。言いつけがあったにもかかわらず、妹分であるリージュには秘密がバレてしまっている。
とあるハプニングのせいで、この角を彼女に触られてしまったのだ。直接は見えていないにしろ、触られてしまった異物を彼は上手く誤魔化せなかった。
『角があっても、セタはみんなのお兄ちゃんだから』
心優しいリージュはそう言ってくれた。だが、他の子どもたちにはどうしても言い出せなかった。
そういう後ろめたさもあって、彼は今日も痛みに耐えながらエネルギーを注ぎ続けている。
「……ふぅ。今日も何とか無事に終わったな」
「お疲れ、セタ。……帽子、ずれてる」
「ん? あぁ、ありがとう」
もはや彼の代名詞とも言える、少し古ぼけた風船帽の位置をリージュが直してくれた。
目が見えないはずの彼女だが、ことセタグリスに関しては全てがお見通しである。
今も目を瞑ったまま、彼の角を可愛いものを見るようにニコニコと視線を向けていた。
それがなんだか、セタグリスにとってはむず痒い。
年下の兄弟たちをお風呂に入れる時もタオルをターバンのように頭に巻いているし、寝る時だって帽子を忘れずに被っている。
その下にある秘密を見られるのは……なんだか裸を見られるよりも恥ずかしいと、セタグリスはこっそり思っていた。
仕事を終わらせた二人は少し遅くなった昼食を摂ろうと、コアルームから居住区へと向かう。
午後は自由時間だ。他の子どもたちと一緒に畑の世話でもしようか。そんなことをセタグリスは考えながら、食堂へ入っていく。
「ん、誰だ……?」
「なに? どうかしたの、セタ」
「いや……知らない奴が居る」
食堂の壁際で、見たことのない少女が子どもたちに囲まれていた。
彼女はセタグリスに気付いたのか、こちらへニッコリと微笑む。
管理者であるツィツィが連れてきた新入りだろうか。
「――他の雛鳥と違う。どこか、不思議な少女だ」
セタグリスの予感は正解だった。
彼女は極寒の中を歩いてきた、異質な存在であるのだから。
だが、それだけでは無い。
まさか彼女こそが彼の――否、ここに居る全ての人間の運命を、大きく変えてしまうことになるとは。この時はまだ、誰も想像していなかった。
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