第十四話 絶対正義の名の下に、悪を裁く。
あらすじ:道長はクラスで完全孤立してしまったが、平素変わらぬ一日を過ごした。那由に関しては船田独特の励ましにより元気を取り戻したのだが、どことなく不穏な空気が流れる。雪華の横にいたのは七季なのだが、何故彼女が雪華と一緒にいるのか――
――
火曜日の朝、道長は相も変わらず七時四十五分着の電車に乗って天宮駅へと到着した。
沢山の生徒が下りる中、道長も欠伸混じりで電車から降りる。
結局あのあと雪華との連絡は付かず、空腹を我慢する為に寝込んだ道長は、夕食の時間まで寝入ってしまったのだ。変な時間に寝ると寝れなくなるもので、その後は深夜三時を超えても寝れないという苦しみを味わいながら朝を迎える事に。
睡眠時間三時間といったところか、目の下にクマをつくりながらも天宮駅に着いた道長だったのだが、とある人を視界に入れて一瞬で覚醒する。
「那由……」
道長が那由に対して絶縁宣言をしたのは昨日の事だ。
なのに彼女は久しぶりに天宮駅のホームで道長を待っていた。
道長が動けないでいると、那由の方から近寄ってくるではないか。
この二人の関係が現在どうなっているのか、知っている人は多い。
駅員さんも那由と道長に注目する、また彼女がぶん殴るとでも思っているのだろう。
ドキドキとした空間、口火を切ったのは那由からだった。
「金輪際近寄るなって言われたんだけど、会話くらいはしてもいいのかな」
「……別に」
「そ、じゃあこれ、お弁当」
「…………え」
「昨日、アンタの後輩から言われたから。お昼食べてなくて、アンタのお腹がウルサイって」
突き出されたお弁当の入った袋は、それまでの巾着袋ではない。
スーパーの袋、けれど、中に入っているのは間違いなく手作り弁当だ。
「容器は捨てられる素材のやつだから、食べ終わったらそのまま捨てちゃって。食べたくなかったら食べなくてもいい、その場合もゴミ箱に捨てちゃってね」
「那由、お前」
「勘違いしないでね。船田先輩から言われたの、今は色恋沙汰で悩んでる場合じゃないって。色々考えたんだけど、考えるだけ無駄だって分かったから。それまでと同じ日常に今だけ戻そうって思ったのよ」
「それが、この弁当なのか」
「そう、悔しいけど、私がお弁当作ってアンタに渡すのはもう日常の一部だったの。知らなかったでしょ? 私、貴方にフラれた後も毎日お弁当作ってたんだから。ま、他の人に食べさせちゃってたけどね」
日常とは、常日頃から変わらない事を指す言葉だ。
異常とは、日常ではない事を指す言葉だ。
那由にとって日常とは、道長にお弁当を渡す事であり。
異常とは、道長にお弁当を渡さない事である。
那由からのお弁当を受け取った道長の日常は、受け取る事が日常だったのだ。
何事もないと判断したのか、駅員たちは業務へと戻り、生徒達は学校へと向かい始める。
「じゃあね」
その一言で人の流れの中に那由が消えそうになったのを、道長は走って追いかけた。
聞きたい事が山ほどある、真実をまだ那由の口から訊いてはいない。
お弁当を作ることが日常だと言うのならば、まだ可能性の芽はあるのではないか? 別れを選択してしまった道長と那由にも、まだチャンスはあるのではないのか?
道長の頭の中に何があるのかは分からない、何故いま走っているのかでさえも。
だがしかし、その足は那由に辿り着く前に止まる事になる。
「行かせないから」
立ちふさがったのは、クラスメイトの女子たちだ。
池平梓を先頭にして、二年三組の女子数名が道長を睨みつける。
「聞こえなかったの? 那由はね、心の平穏を取り戻す為にアンタとの争いを一時休戦したに過ぎないの。小細工ばっかりしちゃってさ、女々しいのよ、アンタって男は」
「お前等に用はないんだよ」
「アタシ達だって別にないわよ。けどね、今のアンタは勘違いして那由との関係を取り戻そうとしてるでしょ。お弁当を渡されて許そうとか考えてない? それ、間違ってるから。許す許さないの権利は那由にあるの、アンタじゃない。アンタはただ裁きの時を待っていればいいのよ」
電車が走り去った後も、女子軍団と道長のにらみ合いは続いていたのだが、那由と一緒に階段を上がっていた女子が戻ると「もうOKだよ」といい、梓たちは解散する事に。
「大体、アンタから絶縁宣言したんだからね。金輪際近寄るなよ、糞浮気野郎が」
海道道長は鉄の男だ。
婦女子に何を言われても心が動じるはずがない。
確かに昨日の昼間に道長は那由やクラスメイトの女子全員の前で言った。
金輪際近くに現れるなと。
彼女たちはそれを実行したに過ぎない、どちらが正しいかと言えば彼女たちだ。
だが、時に正論とは人間を狂わす要因にもなり得る。
眉間にシワを寄せた道長は、「クソが」と一言らしからぬ声を漏らすと、貰ったばかりのお弁当をゴミ箱へと投げ捨てた。
本当ならば、那由が問いただせば良かったのだろう、写真とは何なのか。
船田と那由が仲良さそうにしている写真の存在とは一体何なのか。
けれど、今の那由は色恋沙汰で悩んでいる場合ではないのだ。
文化祭まで既に五日、火曜日である今日を除けばあと四日である。
今は卒業してしまう三年生に対して敬意を払うべきだ。
だから、道長への確認行為の一切もしない。
けれども、お弁当を作って手渡しし、心の中の棘を少しだけ抜いて日々を過ごす。
それが那由の心の平穏であり、ルーティンだったのだから。
「――――っ」
だが、那由は見てしまった。教室に入ってきた道長の手には、既にお弁当の袋が存在しない。
それを見ていた那由に対して「あの男、速攻でゴミ箱に捨ててたよ」と梓が告げ口する。
分かっていた、那由は分かっていたのだ。
今の自分が道長に受け入れられるはずがないと。
一週間にも満たないこの僅かな時間で、一体いくつの問題が生まれてしまったのか。
好きとか嫌いとか、そんなレベルの問題ではない。
那由は一人立ち上がると、朝礼間近だというのに女子トイレへと駆けこんだ。
個室に入ると乱暴に扉を閉め、頭を抱えて蹲り、誰にも聞こえない様にぶつぶつと語る。
「障害が……あり過ぎるよ。前と同じに戻らないといけないのに。前と同じに、前と同じに」
呪詛の様にこぼしながら、零れ落ちる涙をそのままに那由は心を落ち着かせる。
大好きだった人にお弁当を渡しただけ、それ以外は何も変わっていないのだから。
チャイムを聞いて慌てて教室へと戻ると、那由は席について授業を受けた。
いつもと変わらぬ笑顔を振りまきながら、道長と別れる前と変わらぬ出牛那由でいる為に。
その日のお昼休み、道長は教室で何も食べないまま机で眠っていた。お弁当があれば食していたかもしれない、けれど感情のままに捨ててしまったのも自分だ。それに純粋に眠りたかったのだろう、今日は朝からずっと大あくびの連発だったのだから。
そんな道長だったのだが、鳴動しているスマホを取り出すと、おもむろに会話を始めた。
「……何でこんな時間なんだよ」
『いいでしょ別に、それで? 要件は何だったの?』
会話の相手はどうやら雪華の様だ。
スピーカーから漏れ聞こえる声を拾おうと、近くにいた女子が聞き耳を立てる。
「いや、学校じゃ言えねえ、今日の夜はいるのか?」
『いるよん。ウチの学校中間試験突入したから、午前中で学校終わりなんだ』
「……そっか、じゃあ後で家に行くわ」
『OK、じゃあまたね。チャオ♡』
はぁ、とため息をついた後、道長は再度眠りについた。
それを見届けて集まってきたのは二年三組の女子達だ。
「聞いた? 今の電話」
「間違いなく女の子の声だったよね」
「ねぇ梓、あれをするチャンスなんじゃないの? ほら、前に那由が言ってたさ」
「……そうね、今の那由はしなそうだし、私達が代わりにするのもいいのかも」
「だよね、そうと決まればさ、今日実行しちゃおうよ」
「那由は? どうするの?」
「今はいいでしょ、あの子演技に集中したいって言ってるし。それにね――」
梓の話を聞いて、女子達は黄色い声を一斉に上げた。
あまりの大きな声に男子生徒が一斉に女子達を見たりもしたが、道長は我関せず。
机に突っ伏したまま、僅かないびきをかきながら寝ているのであった。
……さて、本来なら那由がするはずだった復讐について簡単に説明しよう。
昨今、動画サイトを検索すると『浮気した妻が』系の動画が沢山出て来ることだろう。
まずは証拠を集める、自宅に盗聴器を仕込んだり、興信所に依頼して妻の不貞を写真に収めたり。そしてある程度の証拠が集まると、次のステップは内容証明郵便で浮気の事実を会社に知らせたり、両家の両親へと通知したり。
その中でもド派手に見えるのが、不貞現場への突入だ。
『二人のしてる時の声ってね、外まで聞こえてくるくらいなの。だからその時を見計らって、カメラ構えながら浮気相手の家に突入してやるんだ。確固たる証拠があれば、道長も他の人たちも何も言えなくなるでしょ?』
これが那由の考えていた復讐の方法である。
証拠さえ掴んでしまえば、両親への報告もしやすい。
『それ、いいね!』と梓が叫んだのも納得の内容だ。
だが、これらは当人たちが実施する事に意味があり、第三者が混じる場合は当人と一緒にというのが基本である。しかし、梓たちは那由がいない状態で浮気現場へと突入を企てている。
昼間の電話から、今日の夜に道長と雪華が逢うのはほぼ間違いない。
「これでアイツ等のベッドシーンとか撮影出来たらさ、同じ事してやらない?」
「同じこと?」
「校門とか掲示板とか、学校中にばら撒くの」
「ああ、それいいね! あの浮気男も学校に居られなくなるだろうしね!」
「うふふ、何だか楽しくなってきたね」
人は、人の為に動く事に対して快感を得ると言う。
梓が那由を想う気持ちは本物なのだろう、だからして平日の夜だというのにクラスメイトの女子五人を連れて、遠い道長の家の近くまでやってきたのだ。
正義感もあったのかもしれない、浮気という絶対悪を潰す為に動くのだから。
正義はこちらにあると信じて動く人間は、本当に強い。
「あ、ここが海道の家か。そして隣が浮気相手の雪之丞の家ね」
「大きい家だね……あ、二階かな、ピンクのカーテンがあって、それっぽくない?」
「海道の家は真っ暗だし、あの男、浮気相手の家にいるのかな」
時刻は既に十九時を回ろうとしている。
閑静な住宅街に女子高生六人、ハッキリ言って怪しい。
こそこそと小声で色々と語っている姿は、何か企んでますよと言っている様なものだ。
これが好きな男子への告白とかならば微笑ましいのだが、彼女達の手にはスマートフォンが握られている。全員がカメラを起動し、既に動画実況者の様な解説まで始める始末。
楽しんでいるのだろう、絶対正義の名の下に、悪を裁くのだから。
「あ、見て、二階のカーテンに二人いるよ」
「マジだ、じゃあ絶対に海道と雪華って子じゃん」
「電気が暗くなった……ねぇ、梓」
男女二人が同じ部屋にいて電気を消す理由、そんなの一つしかない。
梓はにやけるように口角を上げて皆に告げた。
「よし、行くよ、海道の浮気をこの動画に収めるんだ!」
六人が動き出した、雪之丞家の二階、雪華の部屋に殴り込む為に。
チャイムを鳴らすと、玄関の扉を開けたのは雪華の母親だった。
「はいどちら様……って、ちょっと貴女達!?」
ご飯を作っている最中だったのだろう、エプロン姿の雪華ママは、娘と同じ藍色の髪色をしていて。ああ、彼女の美しさは母親譲りなんだなと一発で分かる程に美人さんだった。
そんな美人ママの脇をすり抜けて、梓は「お邪魔します」と告げると、六人総出で二階へと駆け上がる。目標の場所は既に判明している、二階の一番南側の一室、ピンクのカーテンが掛けられていた部屋だ。
『雪華room♪』と書かれている部屋からは、物音一つしてこない。
おかしいのである、道長と雪華が二人一緒ならば、あの喘ぎ声がしてきて当然なのに。
「はーい! お二人さん動かないでねー! これらは全て録画させていただきまーす!」
薄暗い常夜灯のみの部屋、もぞもぞと動くのはベッドの掛布団のみ。
全員が妄想した事だろう、この布団の中では今まさに奴等がいると。
「おら、イケメンの道長君! 隠れてないで出てこいやー♡」
そこには裸の道長がいると誰もが想像していた、浮気相手の家で情事に精を出している浮気野郎がいるとばかり思っていたのに。部屋の明かりを灯して、皆が一斉にスマホカメラを向けながら掛け布団を剥ぐと。
「――え?」
現れたのはしなやかな肢体をくねらせて、覚悟を決めてあったのか、一言も叫ばないままに頬を赤らめる女性が一人横たわっていた。その横には絶対なる自信の現れなのか、ぷるんと揺れる乳房を隠そうともしないままに、後ろ手にして仰向けに寝ている女性が一人。
頬を赤らめ目を伏せた女性とは対照的に、そちらの女性の目はむしろ嬉しそうに輝いているではないか。ライオンのメスが獲物を狩る時に見せる細まった瞳孔は、彼女の性質を現しているかのようだ。
「え……え?」
全員が動揺する、予想と全然違う現実が目の前にある。
裸で抱き合あっていたのは間違いない、けれども相手は道長ではなく……七季だったのだ。
普段は整っているボブカットもしっとりと頬に張り付いていて。可愛らしい小ぶりな胸を手で隠しながらも、全ては隠そうとしない。七季のその仕草だけでどちらが受けなのか一目瞭然だ。
突如ピッ、という電子音が室内に響いた。
そして聞こえてきたのは『ロックしました』の機械音声。
「あらあら、勝手に人の家に入り込んできて、一体何事かと思ったら」
雪華は惚れ惚れする程の裸体を隠そうともせずに立ち上がると、直ぐ側にいた梓の手を取りベッドへと抑え込んだ。突然の事に梓は対処する事ができず、両手をバンザイの状態で捕縛され、目の前に迫る雪華の顔にただただ驚愕するのみ。
「ご、ごめ」
「ごめんで済んだら警察はいらないのよね、貴方達がした事は住居侵入罪、それに盗撮に盗聴、プライバシーの侵害もあるのよね」
「ごめんねさい! ごめんなさい!」
「うるさい」
雪華は押し倒した梓の唇に、自分のそれを押し付け黙らせる。
「ん、んー! んー!」
雪華は道長の幼馴染なのである。類まれなるプロポーションの持ち主であり、護身の為に格闘技も習っている才女だ。空手に剣道、一番得意なのが柔道の寝技。既に黒帯を腰に巻くほどの実力者である雪華相手に、初心者が抜け出す事は不可能と言っても過言ではない。
押さえつけられた唇も、捕縛された両手も外すことが出来ずに、梓は必死に身体をくねらせ抵抗する。見れば雪華の舌が梓の歯を舐めているではないか、美味しそうにペロペロと舐める子猫の様な舌は、他のクラスメイト達の視線を釘付けにした。
「え、な、なんで!? なんで!? 私キスしたことないのに!」
「ん、ファーストキスだった? でも悪いのは貴女よ? 勝手に私の部屋に入り込んだんだからね。そういえば七季ちゃんから聞いたわよ? 私と道長の関係を疑ってるって。バカよね、そんなの絶対に有り得ないのに」
雪華の白魚の様な手が梓のミニスカートへと延びると、スルリと秘部へと到達する。
隣にいた七季も協力し、梓の身体を動けない様に押さえつけた。
「や、やだ! 止めて、私経験ないの! お願いだから!」
「やーだ、やめない。止めたら警察に通報しちゃうわよ?」
「――――っ、で、でも! あ、や!」
雪華の爪は中指だかけがキッチリと綺麗にカットされていた。ヤスリもかけられ触られても痛くない様に処置がされている。人差し指と薬指で扉を開き、処置された中指の腹で梓の一番大事な所をしゅこしゅことなぞると、梓はお人形の様に声を上げて身体を震えさせた。
止まらない雪華の愛撫、僅か数分で梓の声は羞恥心を超え、あろうことかクラスメイトが見守る中で梓は身体を痙攣させ、自身が何かに到達した事を知らせてしまった。
「――……っ、ひぅ……はぁ」
「ふふ、可愛い。私が道長を好きにならない理由……教えてあげるからね。じっくりと、ねっとりと……うふふ、全部で六人もいるんだぁ。嬉しいなぁ、朝まで淫らに楽しめちゃうなぁ……」
雪華の言葉を聞き、他のクラスメイトは必死にドアを開けようと試みるも、ドアノブすら微動だにしなかった。完全セキュリティルームである雪華の部屋から逃げる事など不可能なのだ。
梓は陥落した、この間にも既に二度目の絶頂を迎えている。
七季は起き上がると、他の先輩達をベッドへと誘う。
待つのは魔性の指を持つ女帝。
桃色の夜は、まだ始まったばかりだ。
――
次話「雪華お姉さまは、私の恋人ですから!」
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