第十三話 もしかしたら那由さんの事が好きかもしれない。
あらすじ:雪華の企みが起こした大騒動は、思いもよらぬ方向へと動いてしまっていた。そんな中、女子弓道部員である七季は一人那由を説得しようと接触を試みたのだが、真実を語るも梓に阻まれ、その抗争を道長によって制されてしまう。真実を知った那由はこれからどうするのか――
――
お昼休憩以降、道長と二年三組女子全員の対立が明確になってしまっていた。誰一人として道長に近寄ろうとはせずに、話しかけようとする男子すらも女子は引き寄せて陰口を並び立て、道長に近付かないようお願いをして回る。
結果、道長はクラスで完全に孤立状態になってしまったのだが、彼は相も変わらず授業を平然と受け、休憩時間には一人瞑想にふけっていた。
元々が鉄の男と揶揄された男なのだ、今更孤独になった所でダメージが存在しないのであろう。一言も会話をしないままに放課後を迎えると、彼はその足で文化祭の手伝いを一切せずに教室を後にした。
那由が問い掛けようとしたのも振り切っての帰宅に、クラスメイトの女子はむかっ腹を立てたようだ。
「アイツ本当ムカつくよね、大体弓道部なんて文化祭の準備なんか何にもないんだからさ、少しはクラスの手伝いぐらいすればいいのに」
「止めてよ、あんなのが居たら空気悪くなって作業効率大幅ダウンだから」
「きゃははは、それもそうね。いない方が清々するわ」
「那由、早く元気になればいいのにね」
「そうね……本当、可哀想に」
二年三組では道長を乏しめる会話で賑やかになっていた頃、しょうがなしに那由は演劇部へと向かい文化祭の練習に励もうと努力する。だが、真実を知ったからか、それとも道長に絶縁宣言をされたからか、那由の動揺は演技という、彼女の最強の武器をもなまくらへと変えてしまっていた。
「カルテックス様、此度のご出立…………あれ、えっと」
「……お止めになって下さい、これは罠です」
「あ、そうでした、すいません、ごめんなさい」
練習中の那由は酷いものだ。セリフは忘れ、動きは硬直し、時たま完全に我を忘れて茫然自失としてしまっている。那由のミスにより演技が止まること四回目、ついに顧問である
「ちょっと出牛さん! 色々あったのは聞いてますが、これ以上皆の足を引っ張るのは止めにしてもらえますか!? 貴女はヒロインなんですよ、わかってますか!?」
「……申し訳ありません」
「三年生はこれが最初で最後の文化祭なの! 貴女一人のせいで台無しにする訳にはいかないのよ! どうにもならないのなら配役を変えて貰ったら!? ヒロイン役出来るのは他にもいるんだからね!?」
小森先生も連日に渡る那由の失態に流石に頭に来たのか、容赦の無い言葉を雨の様に浴びせてきた。他の部員たちも同じ気持ちなのだろう、既に那由を護ろうとする人は一人もいない。
いや、一人だけいる、部長の船田宇留志だ。
「まぁまぁ小森先生、あまり怒るとシワが増えますよ?」
「何ですって!?」
小森英子、三十歳独身。
まだまだ若いと思いたい年頃だが、高校生の若さには少々分が悪い。
那由と道長が別れた事に「しょうがないわよね」と笑顔で語っていた事もあったとか。
美人だが性格に難あり、これが生徒たちの総評だ。
「うひぃ! でも、おっしゃりたい気持ちは十二分に分かります。皆の怒りもごもっともだ。なので、少しだけお時間を頂けますか? ちょっと出牛さんと二人でお話してきますので」
暗い表情で落ち込んでいる那由を、船田は一人体育館から連れ出すと、三段程度の石造りの階段に腰掛けた。那由に対して座るよう手で促すも、那由は静かに首を横に振る。
「ま、色々とあったからね、しょうがないとは思うけどさ。でも、小森先生が言ってるのも事実なんだ。僕達三年生はこの文化祭が最初で最後、流行病のせいで二年間開催されなかったからね。だから、僕達はこの劇に命を賭けている、本気で挑んでるんだよ、それは分かってくれるかな?」
「……はい、わかります」
「ん、じゃあさ、この一週間だけは完全に色恋沙汰を無しにしてはどうかな? 僕みたいに写真貼り出されて騙されてる男もいるんだし。あ、そういえば聞いた? あの女の子結局誰だか分からないままなんだよ。おかしいよね、生まれて初めて告白されたのにさ、もうシンデレラ状態さ」
多分、今回の道長と那由の大喧嘩で一番被害を被っているのは船田だ。ただ単に練習していただけなのに浮気を疑われ、それを噂として流された上に道長に脅されて。那由からは人畜無害と言われ雪華からは告白されるも、翌日には浮気者と書かれた写真が貼り出される。
けれど、船田はひょうひょうと今を生きている。
もはや喜劇だ、何をしてもきっと彼は笑顔のままでいるに違いない。
船田からしたら間違った事は何もしていない。
彼の中の大事な一本の線は、何一つ曲がっていないのだ。
「……ふふふ」
そんな船田を見て、那由は思わず微笑んだ。
夕陽の中、悲しみに明け暮れていた那由が見せた笑顔に、船田は眩しそうに眼を細める。
「あ、笑ったね。うん、やっぱりだ。那由さんは笑顔が本当に可愛い」
「ありがとう、ございます」
思わぬ言葉に頬を赤らめて、那由の手は指遊びを始める。
褒められれば嬉しい、これは当たり前の感情だが、今の那由には必要な感情だ。
ドツボにはまった人間は、笑顔になる事すらできない。
船田は生粋の演者なのかもしれない、人の感情を己が身体一つで買えてしまう、最高の演者。
「そういえば何だけど、ヒロイン役に抜擢した理由、那由さんは知ってる?」
「……いいえ、何も」
「そっか……那由さんにはね、華があるんだ」
「華、ですか?」
「うん、とっても綺麗な華。誰もが欲しいと思うけど、手に入れる事は出来ない華なんだ。那由さんが演劇の舞台に立つとね、例え脇役であったとしても皆が見惚れてしまうんだよ。魅力って言うのかな、それは演劇を志す者なら誰もが欲する力みたいなものなんだ」
船田は立ち上がると、那由の手を取って握り締める。
「那由さん、先生は他にもヒロイン役がいるって言っていたけど、それは違う。この劇のヒロインは那由さん以外には絶対にいないと、僕は断言する」
船田のまっすぐな瞳が、那由を穿つ。
「那由さん、どうしても道長君の事が忘れられなくて、色恋沙汰が頭の中から離れなくて、孤独だと感じてしまうのなら……僕が一つだけ代案を出させて頂けないかな?」
「……代案?」
「うん、僕さ、色々とあったけど、もしかしたら那由さんの事が好きかもしれない」
何を言い出すのか。
「噂にまでされてたんだ、もしかしたら僕達二人はお似合いなのかもしれないよ?」
「え? いや、それは流石にちょっと」
「ああ、分かってる。でも人間だからね、心変わりってあるかもしれないでしょ? だから返事は今じゃなくていい。そうだね、文化祭の舞台とかでどうかな? もしこの告白がOKなら、那由さんは僕に本当に口づけするとか」
ぽかんと口を開けて、那由は船田を見る。
とてもじゃないが愛の告白をしている雰囲気ではない。
けれど、そんな船田から出て来る言葉は間違いなく愛の言霊だ。
しかも返事は文化祭の舞台、公園で練習までしたキスシーンでしろと言うではないか。
するはずがない、那由はきっと今でも道長の事が好きなのだから。
真実を聞かされて、それを確認すら出来ないままの那由が船田の告白など。
「……さ、これで僕も色恋沙汰に悩む人間の仲間入りだ。あぁ、楽しみだな、文化祭当日の演技の時間。もしかしたら僕には二人目の彼女が出来るかもしれないんだね」
どうやら既に雪華はカウントされているらしい。
それがおかしかったのか、那由は思わず吹き出した。
「ぷ、あはは、いるかどうかも分からない人が彼女でもいいんですか」
「いいよ、別に。もう別れたし、だっていないんだもん」
「何ですかそれ、大体今のって告白なんですか? 演技ですらないですよ」
「いいんだよ、それで。演技じゃないから」
気づけば那由の目から涙は消え、キラリ輝くハイライト、虹彩も色を取り戻し鮮やかに輝いていた。きっと船田という男の存在そのものが喜劇なのだろう、喜劇王チャップリンの様に、登場するだけで周囲を笑顔にさせ、次は何をしでかすのかワクワクさせてくれる。
突拍子もない船田の告白だったが、別に今返事をする必要はない。
彼も那由の返事を心待ちにしながらも練習に臨む。
一人じゃない、那由は一人じゃないんだ。
船田ならではの励まし方は、那由を女優へと舞い戻らせる。
体育館に戻ると、那由は叫んだ。
「皆さんすいませんでした! 出牛那由、心機一転頑張ります!」
きっと那由はこれから失った時間の全てを取り戻すことだろう。
ヒロイン役に出牛那由以外は有り得ないと言わしめるほどに。
けれど、船田も那由も気付かなかったのだ。
この即興劇の様な船田の告白を、こっそり聞いていた人物が一人いた事に。
さて、那由が演技への情熱を取り戻していた頃。
道長は帰宅し、この騒動の張本人である雪華へと連絡していた。
雪華の家は道長の家の隣だ、それとなく見れば在宅か不在かの判断が付く。
部屋の電気が点いていない、それに自転車も置かれていない。
まだ学校から戻っていないのか、自転車で出かけたのかは不明だが、いないのは間違いない。
よって道長は帰宅してからスマホにて雪華へと連絡しているのだが。
『……はいもしもーし』
十コール程してようやく雪華は着信する。
スピーカー越しに聞こえる声は、相も変わらず可愛らしい猫なで声だ。
「雪華、お前なぁ」
『道長ごめんね、今ちょっと忙しいんだ』
「忙しいって……お前だろ? 船田に告白したの」
『うふふ、だから忙しいって言ってるでしょ。帰ったら電話するから、チャオ♡』
ピッという電子音と共に通話は切られてしまい、道長はスマホを見て一人布団に横になる。
通話を切った側の雪華だが、彼女はいま天宮駅から数駅離れたターミナル駅を訪れていた。
雪華は小さなテーブル一つ挟んで、椅子に座る相手を見つめる。
「全く、せっかく道長の為に頑張ってやったのに、お説教でもするつもりかしら? ねぇ、貴女はどう思う? 私がしたことって間違ってるかな?」
「えっと……雪華さんは、頑張ったと思います。でも、結果として考えてみると、何とも」
「えー、結構ショック、貴女にまでそう言われちゃうなんて」
雪華はそう言うと、座っていた席を移動して、対面していた女の子の横に座った。
ぴっとりと肌を合わせた先にいる女性、それは弓道部員であり、アイドルに憧れる女の子。
「ね、七季ちゃん」
皆重七季が、そこにいた。
――
次話「絶対正義の名の下に、悪を裁く。」
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