第十一話 大喧嘩、勃発!

あらすじ:雪華の告白は全てがお灸だった。だが、当の本人は隠し撮りされた写真を見てもノーダメージ。いつもの様に朝練へと向かうのだが――


――


 文化祭は今週の土日だ、あと五日間しかない。なのに演劇部は朝から練習もせずに、部長である船田への質疑応答が行われていた。


 議題は『あの写真の女の子は一体誰なのか』――。


「恥ずかしがっちゃっててさ、僕が告白OKしたら顔真っ赤にして逃げちゃったんだよね。ウチの高校のジャージ着てたから間違いなくウチの二年か一年だと思うんだけどさ、あんな可愛い子ウチに居たかなぁ? 未だに誰だか分からないんだよね」


「でも告白されたんですよね? なら名前くらいは分かるんじゃないんですか?」


「それがさぁ、名前も名乗らなかったんだよね。おっちょこちょいな子なんだろうなぁ。うふふふふ、今度あったら皆に紹介するからねぇ~」


「というか、この浮気者って一体何なんですか? 船田さん彼女なんかいました?」


「いないよ~、だから何のことかさっぱり。あれかな、僕の彼女が可愛くて、妬んだ男とか? 可愛かったからなぁ~、一体どこにいるんだろう?」


 体育館で船田を囲みながら雑談に花を咲かせている所に「おはようございます」と那由もとことこと現れた。その手には大きなお弁当が握られていて、船田のとこに行くと「今日も食べます?」と一言。


 那由が手にしているのは、本来ならば道長のお弁当なのだろう。

 実の所、道長に渡さなくなってから、那由は毎日演劇部の誰かにお弁当を渡していた。


 道長の両親が那由を認めていた様に、那由の両親も道長を認めていたのだ。

 毎朝お弁当を作っているのだから、母親は勿論把握している。


 父親は当初反対していたが、夏休みに道長が那由の家に行き父親との対面を果たし、そして認めさせている。誰がどう見てもお似合いなのだ、仲睦まじい二人を見て、母親に諭されながら父親は血の涙を流し二人を認めた。


 そんな壮絶なやり取りがあった以上、浮気されて別れましたなんておいそれとは言えない。しかも当初から懸念していた相手、幼馴染の雪華が浮気相手だったのだから、女の勘的中と言ったところか。


 ともあれ、那由は毎朝食べる相手もいないお弁当を、せっせとこしらえているのだ。


 ちなみに、那由の作るお弁当はかなりの絶品である。売ろうとすれば一つ千五百円はいけるかもしれない。美少女JKである那由の手作り弁当というだけでビンテージが付く。


 そんなお弁当を部員の一人に手渡すと、那由は「どうしたんです?」と船田へと近づく。


「いやぁ、僕の告白されたシーンが盗撮されてたみたいでさ。しかも浮気者って書かれてたんだよね。あ、もしかしてこの浮気者って僕じゃなくて彼女に当てた言葉なんじゃないかな? そっか、それなら納得だ。なるほどぉ、彼氏がいる女の子が僕に……でゅふふふふふ」


 朝から気持ち悪い笑みを浮かべている船田を無視して、那由は部員が撮影したというスマホ画面へと目を移す。張り出された写真を更に撮影したものだから、決して写りは良くない。良くないが、那由はその写真を食い入る様に見たあと、船田へと問いかける。


「部長……この告白の相手の特徴って覚えてます?」


「え? えっとね、藍色の髪に、二重まぶた、長い睫毛に綺麗で艶々な肌。耳も綺麗な円形だったね、外に広がるちょっと大きめの耳。全体的に肌は白くて、身長は百六十ぐらいかなぁ」


「名前は?」


「それがさ、分からないんだよね。僕一応四月にあった部活紹介以外にもさ、校門で立ってスカウトとかしてたんだけど、その時には絶対に居なかったはずなんだよね。だから、この子が何年何組かも全然分からないんだ」


「そうですか……部長すいません、朝練お休みしてもいいですか。ちょっと用事を思い立ちましたので」


「え?」


 那由はスマホの画像を自分へと送信すると、大股でズカズカと歩きながら体育館を後にした。そもそも朝練の空気でも無かった演劇部員たちは、まぁいいかと部長へと質問を再開する。

 

 那由がどこかへと向かっている頃、道長の姿は弓道場にあった。

 一昨日の調子を確認する為に、一人朝練をしにきたのだが。


 船田の告白の写真は、弓道場付近にもばら撒かれていた。

 それを手にした道長は、内容を確認するとそのまま握り潰す。


「あ、おはようござい……」


 声を掛けた女子部員は、道長の表情を見て挨拶を止めた。

 見た事無い程に怒りが露わになり、目が血走り血管が浮かんでいる。


 それもそうだろう、自分から愛する那由を奪っておきながら、他の女と抱き合っているのだから。しかも書かれた文字は浮気者の三文字、誰が撮ったのか分からないが、那由と道長が別れたのを知っている人は多い。

 

 別れた原因が船田にあると知っている人もそれなりにいるかもしれない、土曜日に見かけた二人は、恋人そのものだった。木曜日に那由の事を想い別れたのに、月曜日には他の女と抱き合う、そんな蛮行を道長は許すことが出来なかったのだろう。


 いや、許すこと何かできるはずがない、一体なんの為に道長が身を引いたのか。

 こんな事で那由が幸せになれるのか、那由がこれを見たらなんと思うか。


 道長は拳を強く握りしめて一歩を踏みだした、怒りの矛先は憎き船田ただ一人。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい先輩!」


 そんな道長にしがみついた女子部員が一人。

 

「……七季か、悪い」


「何が悪いんですか! 先輩何しに行くんですか!」


「別に……大した用じゃねぇよ」


「ダメです! 先輩船田さんと喧嘩しようとしてますよね!」


 しがみついた七季を引きずりながら、道長は演劇部を目指す。

 このままじゃ校内で暴力事件になってしまう、止める七季も必死だ。


「喧嘩じゃねぇよ……ちょっと問いただすだけだ」


「その問いには私が答えます! だから止めて下さい!」


「無理だろ、だってこの写真」


「この写真は作り物です! 雪華さんが船田をハメて撮影したものなんですぅ!」


 弓道場から三百メートルほど歩いた所で、ようやく道長の足が止まった。

 

「……今、何て言った」


「ああああ……えっと、本当は内緒だったんですが、ごめんなさい、ごめんなさい……」


「雪華が、何で」


 誰に向けた謝罪だったのかは不明だが、七季は目を瞑って謝罪の言葉を紡いだあと、観念したのか目をやや伏せながら道長へと語り始める。


「浮気は悪い事だからって、出牛さん以外にも船田も悪いんだって言って、それで。あ、でも船田は本当にクズでした。雪華さんが嘘の告白したら、それもすんなりOK出してました。出牛さんがいるのに、一体何考えてるんでしょうねあの男は」


 土曜日に起こった出来事を、七季は全て道長に伝えた。

 それが今の道長を止めるのに一番有効な手段だと信じて。


「……ごめん、頭ん中ぐっちゃぐちゃだわ。俺はそんなことお前達に頼んでねぇよなぁ? 雪華の奴にだって一言も頼んでねぇのに、何でこんな卑怯なことしてんだよ? こんな事して俺が喜ぶと思ったのか? 喜ばねぇよこんなのされてもさぁ!」


 道長の目には涙が溜まっていた。

 その涙の意味は、怒りなのか、悲しみなのか、呆れなのか。

 道長を見て、七季は叫ぶ。


「だって! みんな道長先輩の事が好きだから! 落ち込んでる先輩見てると、みんな落ち込んじゃうんですよ! 頼りがいのある、那由さんと仲良く歩いてる先輩が良かったです! 今の道長先輩は、何か前と違うんですもん! ……ひっく…………っえぐ……」


「だからって……ちくしょう、何なんだよ、全部……」


 背中にしがみついてくる七季をそのままに、道長は歩みを止めた。

 俯いて、地面が濡れる程に涙を流して。


 雪華の取った行動は、決して褒められたものではない。

 全ては道長を元気づける為、悪いこと、危険な事だと理解した上で臨んだ行動だ。

 

 そんな雪華を、七季を道長が責める事は出来なくて。

 本来なら側にいるはずの愛する那由も側にいなくて。


 道長には、この騒動をどう受け取っていいのか、理解できなくなっているのだろう。

 零れ落ちる涙を拭って、道長は大きく息を吸い込んだ。


 そんな時だ、一番聞きたくて、一番聞きたくなかった声を道長が耳したのは。


「あ、やっと見つけた」


 どれだけ走ったのだろう、彼女の髪は汗でぺっとりと額や頬に張り付いていて。

 道長が一番癒される声、誰よりも愛していると周囲に何度も告げた女性。


 出牛那由、彼女が汗を拭きながら、呼吸を整え道長の前に立っていた。


「なに、何で泣いてるの? その子は新しい彼女さん?」


「……違うよ、お前だって知ってるだろ。後輩の七季だよ」


 七季は道長の背中から離れると、那由を見て少しだけ頭を垂れる。

 那由は汗を拭き終わると、腰に手を当てて半眼になり道長を睨みつけた。 


「別にどうでもいいけどね。それよりも一体何なの? アンタの仕業でしょあの写真、船田部長をハメて一体何がしたいの?」


「別に、俺が企んだ訳じゃねぇよ」


「じゃあアンタの浮気相手がわざわざこの高校に来てた理由は何? あの写真の相手ってどう見ても雪之丞でしょ? アンタの浮気相手の、肉体関係まで結んだ幼馴染の雪之丞雪華さんでしょ!?」


「なんだよそれ、俺と雪華がそんな関係な訳ねぇだろうが! 大体そんなの今更だろ!? 那由には何回も、何十回も説明したじゃねぇか!」


「はいはいそうですね、全部嘘だったのには本当に呆れましたけどね!」


「嘘じゃねぇよ!」


「信じられない! ……とにかく、あの写真は全部自分がやりましたって自首しなさいよ。しないんならアタシから全部先生にチクるけど? 雪之丞、お嬢様学校なのに他校に侵入して大丈夫なのかしら? せっかくの進学校なのに、一体どうなることやら」


 月夜野聖女学院はお嬢様学校であり、県内トップクラスの進学校だ。

 厳しい校則は制服のシワ一つから歩き方まで、徹底的に淑女として教育される。

 そんな学校に通う雪華が他校に侵入し、建造物侵入罪として罰せられるとしたらどうなるか。


 答えは火を見るよりも明らかだ、良くて停学、悪くて退学だろう。

 いずれにせよ雪華の将来に傷が付くのは間違いない。


 那由の目は本気だ、この一週間で道長への敵意は間違いなく増加している。

 それほどまでに愛していたのだ、今は全て裏返り憎しみへと変わっている。


 自首をするとどうなるのか、結局のところ何も変わらない。

 道長も他校の生徒を無断侵入させた罪に問われ、雪華も同罪だ。

 

 四面楚歌、どうにも出来ない状況下で、道長はただただ唇を噛み締める。

 愛してた那由が、完全に敵に回っている現実に、血が出るぐらいの後悔に。

 

 そんな時だ、道長の背後にいた七季が叫んだのは。


「その写真の相手は、私です!」


 一瞬の沈黙、七季はその後も慌てながらも説明を開始する。


「よ、よく見て下さい、その写真に写るジャージ。私、お昼ご飯食べる時にジャージのままで食べる事があるですけど、最近スパゲッティをこぼしたんですね。だから、足の太もも部分がオレンジ色に変色してるのが、その、分かると思うんですけど……」


 七季の説明を受けて、那由はスマホの画面を凝視する。


「ほんとだ、でもそれだけじゃ証拠として弱いよね。船田先輩もあんな子、ウチの学校で見た事ないって言ってたんだけど。警察沙汰にすれば似顔絵とかで結局正体バレちゃうんじゃないの?」


「警察って、那由」


「何よ、っていうかさっきから馴れ馴れしく名前呼ばないでよ! 大体アンタがいけないんでしょ! なによ、雪之丞のことばっか庇っててさぁ、どうせ私よりも雪之丞の方が好きなんでしょ!? だから別れるとか……別れるとかぁ!」


 感情が、激情となって爆発する。

 二人とも別れたくなかった、その想いは今も変わらない。

 

 お弁当を作り続ける那由に、那由のお弁当を食べる為に毎日お昼に何も食べない道長。

 しがらみが無ければ今すぐにでも元に戻りたい、けど、戻れない。


 戻れないのだ、なぜなら二人とも浮気現場を目撃しているから。

 優しければ優しいほど、辛くなる。


 涙が止まらなくなった那由はその場を走り去り、道長は後を追いかける事が出来ず。


「海道先輩……」


「……ごめん、今は、何も考えられねぇ……」


 雨も降らない青空の下、道長の心はきっと滂沱ぼうだの如く降り注ぐ雨が、心の川を泥濘どろぬまへと変えてしまっている事だろう。立ち竦む道長の背には、哀愁すら感じられるほどだ。




「え~、今朝の騒動について何か知ってる人がいたら、後で先生に教えて下さい」


 朝礼で担任の先生がそう告げるも、道長はともかく、那由も何も言わないまま。

 ただ一人、三年三組の教室で船田だけが呑気に「僕の彼女です!」と叫んでいるのだった。


――

次話「金輪際俺の周りに現れるな。」


※後味悪い終わり方になってしまったので、20時にもう一話投稿します!


――お願い――


 現在カクヨムではカクヨムコンテストを開催中です、評価の数で読者選考をまずは超えないとスタートラインにすら立てずに終わってしまうシビアなものになります。出来ることならこの作品は超えたい、そしてあわよくば映画化を目指したいと欲望全開でお願いしたい事がございます! 


 面白いと思って頂けた読者様だけで結構でございます、作品下部の☆☆☆をクリックして頂けると非常に嬉しく思います! 映画化の可能性が上がります! 作風的に喧嘩の結末を見てからお星さまを入れようかと様子見の読者様もおられると思いますが、正直今のお星さまの状態だと読者選考すら厳しいです! 通常☆百五十個がボーダーと噂されております!


 お見苦しいかもしれませんが、どうか何とぞお☆様のほど、宜しくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る