第八話 私、那由ちゃんに対してちょっとお灸を据えたいと思うの。
あらすじ:学校近くのスタバで船田へと謝罪する那由。一週間後に控えた文化祭へと切り替えた那由は、道長の事は忘れ、船田との練習へと没頭する事を決意。サボってしまったこの数日間の遅れを取り返すべく練習に励むのだが、その様子は盗み見ていた雪華により撮影される事に。二人の喧嘩はまだまだ続く――
――
「あらあら、これは本気ね」
「……だな」
「仲良さそうに手まで繋いじゃって。あれかしらね、道長が別れるって言ったから、もう遠慮が無くなっちゃったとか? ほら、なんか距離近くない? うわ~、なんか那由ちゃんにちょっと幻滅しちゃったかな。写真で見せられた時よりも、生で見る時の方が結構心に来るわね」
「心に、来るよなぁ」
今にも泣きそうな顔をして、愛していた彼女を遠巻きに見つめる。
電信柱に隠れていたからか、那由たちが道長に気付いた感じはしない。
「道長、どうする? 私いまから那由ちゃんのこと
スマホのカメラでパシャパシャと二人を撮影しながら、雪華の手がぶんぶんと音を立てる。
「いやいいよ、今日はそんな事しに来たんじゃないし……別に、もうどうでもいいんだよ」
「……道長。そんな露骨にどうでも良くない顔なんかしないで。おいで。お姉ちゃんが慰めてあげるから、ほら、よしよし」
ぎゅっと抱き締められた瞬間「いや、俺がお兄ちゃんだし」と道長は反論した。
そんな二人を見た周囲の人達は、道長の事を心の底から羨ましいと思った事だろう。
藍色に輝く長い髪に、目端の整った雪華が道長の少し長いスポーツ刈りの髪に顔を埋めると、柔らかそうな頬をスリスリと寄せているのだから。薄い発熱インナーから伸びる手は細く綺麗であり、まさに白魚の様な手だ。
首筋から綺麗に伸びた背筋、くびれのある艶めかしい腰つきへと視線は落ちていき、そこから下はレギンスと紺色のミニスカートが彩る。太ももからふくらはぎへと延びる綺麗な流線形の美脚、それをくるむファー付きのローファーも、彼女を輝かせる一部にしか過ぎない。
ワンポイントにカラフルなマフラーをしているが、今の時期ならばそれもアリだろう。
耳に心地よい声で、今もなお道長の事を慰める雪華。
彼女こそが生まれながらにして女優であり、才媛と呼ばれるに相応しい存在なのだ。
そんな女性が道長と共に現れた、弓道部女子全員がゴクリと唾を飲む。
スターライトバケーション☆コーヒー。
つい先ほどまで那由と船田がいたコーヒーショップだ。
一体何人が雪華を見て「あ、これは浮気するわ」と思った事だろうか。
そんな異質な存在、一緒にいて『勝てない』と意識せざるを得ない美人。
「この人が雪之丞雪華な。俺の幼馴染で、月夜野聖女学院に通ってる子なんだけど」
「皆さん初めまして、ご紹介に賜りました雪之丞雪華です。道長からは雪華と呼ばれておりますので、皆さまも気軽に雪華と呼んで頂けると嬉しく思います」
お嬢様だ! 喋り方からしてお嬢様が現れた! 目を見開きながらそんな内容のひそひそ話をする弓道部員たちは、雪華が現れた瞬間から見惚れているご様子だ。
「あ、あの……海道先輩と浮気してないって本当ですか?」
「ええ、本当よ」
「なんでですか、なんで付き合っていないんですか?」
思わず追及してしまいたくなるのも、致し方ない事。
お似合いなのだ、雪華と道長の二人は美男美女、この二人が付き合ってないこと自体が異様。
「なんでって……ねぇ?」
「そうさな、もう肉親みたいなもんだし。今更好きとか言われてもピンとこないって言うか」
雪華が視線を向けただけで、道長は即答した。
この二人に言葉はいらない、阿吽の呼吸なんだ。
「それに、月夜野は恋愛禁止なの。アイドルグッズ持っていくだけで没収なんだから」
「えぇ、その噂って本当なんですね……」
「そうじゃなくとも、道長とは恋愛する気は起きないわね。おねしょしてるのも知ってるし、私が好きな銀杏も食べれないし。一緒にお風呂入ってほくろの数えっこなんてのもしたんだから、今更色気も何もないでしょ?」
「い、いいいい、い、一緒にお風呂!?」
「あ、もちろん小学生までだぞ」
すかさず道長がフォローをいれたが。
「っていっても小学六年までだから、最近よね」
そのフォローはあっさりと雪華によって潰された。
四年も前だろって道長は言っているが、それにしたって最近すぎる。
色々と度肝を抜かれた女子弓道部員たちであったが、彼女達だってこのまま核心を付かないままで今日を終えるつもりはさらさらない。お互いの紹介もある程度済むと、噂の本題へと突入した。
「その、お二人を見ていると、噂が本当なのか間違っているのか、未だに判断が付きかねます。思っていた以上に仲良しですし、噂の大元が大元なだけに簡単には否定できないんです」
「その大元って誰なんだよ? 昨日も教えてくれなかったけどさ、こうして雪華とも対面させたんだから、そろそろ誰だか教えてもらえないか?」
腕を組んで女子達を見回す道長だったが、彼女達は黙ったままだ。
「道長は鈍感だから。私と道長を疑うなんて一人しかいないじゃない」
「え? 雪華は気付いてるのか?」
雪華は道長の隣でコーヒーを一口すすると、ふぅっと一息。
「当たり前でしょ、だから言ったじゃない。貴方が隠し続けている限り、この噂はどんどんと色が付いて酷くなるって。あのね、断っておくけど、今日貴女達に会いに来たのも、ただ顔合わせに来た訳じゃないの。私と道長が浮気している。この噂を否定して、更には道長と那由ちゃんが別れた本当の理由を暴露する為に来たんだからね」
「本当の、理由」
思わぬ一言に、道長は手にしたコーヒーを口へは運べなくなった。
「雪華、お前それは言わないって」
「言わないと道長の居場所無くなるわよ? 貴方は昔から人付き合い悪いんだから、せめて部活の場所ぐらいきちんとしときなさいな。ほら、スマホ出して、写真見せれば終わる話なんだから」
「いや、これは」
「いいから、早くしなさい!」
ぴしゃり一言。雪華の叱咤の言葉がオシャレなコーヒーショップに響くと、道長は渋々とスマホを取り出し、あの日公園で撮影した画像を弓道部女子の面々へと差し出した。
それまで頑なに語らなかった、道長が那由と別れた理由。
その全てがこの一枚に集約されている。
夕陽が沈みかけ、空が赤と黒に染まっている逢魔が時。
その中で抱き合ってキスをする画像は、誰がどう見ても浮気のワンシーンだ。
「この公園って……」
「ああ、学校近くの、でも、通学路とは離れた公園だよ。その日は身体が温まっててな、ちょっと長めに走ろうと思ってルートを変えたんだよ。だから、そこに那由がいるとは思わなかったし、まさかこんな写真撮る羽目になるとも思わなかった」
誰とも目を合わさずに語る道長を、女子全員が固唾を飲んで見守る。
誰も何も言えない、この写真にはそれだけの破壊力を秘めているのだから。
「それと、これがついさっきの写真ね。二人仲良さそうでしょ? これもたまたま、偶然見かけたんだけどね。土曜日の朝だから気が抜けてたのかしらね、まったく、那由ちゃんらしくない」
雪華が出してきた写真にも、那由と船田の仲睦まじい姿が保存されていて。
これで弓道部員たちにも合点がいったのだろう。
木曜日に道長と船田が揉めていた時に言っていた言葉。
那由を愛する事が出来るのはアンタだろうが。
これは揶揄でも比喩でもない、そのままの意味の言葉だったのだと。
「だとすると、船田先輩って相当酷くない? 愛する人を想って何とかって言ってなかった?」
「あ、言ってた。身を引くのは間違ってる、那由が本当に好きなのは道長君しかいないって」
「他にもさ、那由が僕に対して本気になる訳が無い……とか?」
「那由を愛する事が出来るのは君だけとか、えぇ、何か寒気する、怖、どういう意味?」
道長と雪華が出して来た那由の浮気の証拠、それを見た弓道部女子達は各々語り始める。
今ここにいるメンバーで、雪華と道長の浮気を疑っている人間はいない。
どんなに語りが上手くても、写真一枚に勝てるはずがないのだ。
加工技術が発達した現在に於いても、それは変わらない。
不器用な男である道長というのも、理由の一つだろう。
機械が得意そうには見えない、多分写真を盛るという意味すら知らなそうだ。
「すまない、一個だけ約束してくれないか」
そんな道長が、皆に対して人差し指一本差し出して語り掛ける。
「この写真の事は、誰にも喋らないで欲しい」
「道長」
「雪華……いいんだ。俺は那由の事を誰よりも愛していた。結婚するなら彼女しかいないって思ってたんだ。でも、思い知らされた。あまりインターネットとか見ないんだけどさ、ちょっと調べてみたんだ。高校生で別れるのって珍しいんじゃないのかって思ってさ」
それまで自分の身の側に無かった事を調べるのは、よくある事。
道長は苦笑しながら調べた結果を語った。
「でもな、知ってたか? 高校生カップルが結婚までいく確率って相当に低いんだ、十パーセント以下だって。だから、俺が今回別れたのも九十パーセントっていう大きなくくりの中の一個に過ぎないのかなって。そんなに珍しい事じゃねぇんだってよ」
おずおずと女子部員の一人が挙手し、道長に同調する。
「私も調べたことあるけど……確かにそうやって書いてあるよね。大学生、社会人になって、もっといろんな人と接する事で、自分の趣味に合う人とか、学校じゃ出会えなかった人にも出会えるからって」
「それが、那由にとって船田って男なんだろ。同じ演劇部の部長さんなんだ、俺には無い魅力があったんだと思って……だから、俺は諦める事にしたんだ。でも、一度は愛した女だから、悲しい目にあって欲しくない。陰口とかに耐えられる様な女の子じゃないからさ、だから」
「分かった、絶対誰にも言わない。でも、道長君」
女子部員の一人が道長の手を取った。
「君も恋愛していいんだからね。出牛さんの件は残念だったけど、女にだって一途な子は沢山いるから。皆が皆、浮気するなんて思って欲しくない。多分、この場にいる皆はそう思ってるから……だから、元気を出して欲しい。新しい恋が芽生えるのなら、私達は全力で応援するから」
海道道長は、誰がどう見ても優しい、出来た男だ。
一人でいる事が多く、不平不満を言わずに全てを受け入れる。
昨年の文化祭で大木の役をやらされたのも、誰もやる人がいなかったからだ。
人がやりたくない事を、率先して出来る人間ほど優秀とは、よく聞く話。
他の男だったとしたら、那由の浮気発覚次第、復讐や取っ組み合いの喧嘩になってもおかしくない。けれど、道長は全てを受け入れてしまう、更には愛してしまった那由の幸せだけを願ってその身を引いてしまう男なのだ。
――愚かである。
人間、正直な方が長生きできる。
多分に道長の様な窮屈な生き方は、長生き出来ずに死ぬことであろう。
それを良しとしない人間が、道長のすぐ側に一人いる。
雪之丞雪華、彼女も心優しい人間の一人だ。
小学生の時、唐変木だった道長を陰ながらに助ける為に、いじめっ子相手にその華奢な手で男子相手に大喧嘩した事もある。道長の事を兄として、時には弟として可愛がる、それは彼の弱い所も見てきたからだ。戦う事を恐れ、自分の意志を簡単な方へと、さも正しいと思いながら突き進んでしまう。
彼女はそんな道長に対して「大バカ者!」と過去に一度怒鳴り散らした事がある。
けれど道長は変わらなかった、変わろうともしなかった。
図体ばかり大きくなっていく隣人を、いつまで守る事ができるのか。
いっその事、ずっと側にいてしまえばいいのに。
それが出来ない理由が、雪華には存在する。
道長がトイレに行った隙に、雪華は女子弓道部員相手にこんな話をした。
「これからする話は、道長には内緒ね」
道長がいない間に見せる雪華の悪魔の様な表情。
これこそが、雪之丞雪華本来の素顔なのだ。
「私、那由ちゃんに対してちょっとお灸を据えたいと思うの。だから、皆には協力して欲しい」
道長の事が好きなのは、弓道部員も同じ。
彼の苦しみは、自分たちの苦しみだ。
道長の知らない所で、大事件が勃発しようとしている。
――
次話「船田先輩……好きです、付き合って下さい」
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