第五話 復讐、しないの?
あらすじ:学校内に流れていた噂を知った那由は、クラスメイトの梓の協力もあり。噂の出所である女子弓道部員に対して尋問を開始する。結果、那由は道長の嘘を疑い、自分だけが知った雪華との仲を彼女達へと暴露したのだが。女子弓道部員たちは那由からの暴露話を噂として流すのではなく、当人に確認するという予想外の行動を取ったのだが――――
――
突如として雪華との浮気を疑われた道長だったのだが、正直者である道長はその質問に対し、即座に「NO」を女子部員たちに突き付けた。雪華は道長の幼馴染であり、男と女の関係になった事はただの一度もない。
嘘を付く時に人は焦ったりするが、本当の事をそのまま語る時は意外と冷静なものだ。今の道長に噓発見器を使ったとしても、無反応で終わることだろう。浮気をしていないのは那由と同じ、互いに潔癖なのだから。
「しかし、なんでお前達が雪華の事を知ってるんだ? アイツは高校も違うし、面識すらないだろうに。というか浮気って、俺がそんな事をする男に見えるか? 浮気はされても、することはないさ」
最後の言葉の意味は、明らかに那由の事を指しているのだろう。
明確なる敵意、三日前までバカップルだった人がこうまで変わるものか。
「そうだな、気になるんなら本人に会うか? 連絡先なら知ってるし、電話なら今すぐできると思うぞ? 今は色々と分からない事が多くてな、正直、いっぱいいっぱいなんだ」
弓道着のまま肩を落とす道長を、女子部員たちは初めて見たかもしれない。
冷静で、鉄の男なんて表現される程の男が、初めてメンタルブレイクしている。
今の道長は、前の県大会で
「まどろっこしいこと抜きにして、聞いてもいい?」
「別に、構わないよ」
女子部員たちは互いの目を見て、一番核心の質問を道長へと飛ばした。
「あんなに仲良かったのに、なんで那由ちゃんと別れる事になったの?」
この理由は、誰もが知りたい所だろう。
状況証拠からの噂は、所詮は噂だ。憶測でしかない。
海道道長は、出牛那由の事を心の底から愛していた。
幸せ振りまくカップルの存在を、弓道部員全員で微笑ましくも遠巻きに応援していたのに。
毎日お弁当を食べて、時間さえあえば二人で手を繋ぎながら下校していた。
そんな二人を僅か一日で破局へと追い込んでしまった原因は、一体なんなのか。
群青色に染まる空は雲一つなくて、心にすぅっと入り込む何かを、風が与えてくれる。
数分の沈黙。
言葉を詰まらせる道長を、いつまでも待ちますと無言で訴えかける女子部員たち。
迫る彼女達に向けた道長の笑顔は、目を細め困り眉をした、悲しいものだった。
「……ごめん、それは言えない。那由が可哀想だから」
苦笑しながらも道長が出した答えは、それまでと同じ黙秘であった。
しかし、俯きながらも眉を下げて語る道長の言葉に、きっと嘘は無い。
一年半の付き合いがあるのだ、道長がどういう男なのか、彼女達も知っている。
道長は優しい男だ、そして那由の事が大好き。愛している。
最後の優しさの証として、那由にとって不利になる事は絶対に言わない。
それが、例え自分が苦境に追い込まれることであったとしてもだ。
「その代わり、雪華との連絡ならいつでも大丈夫だぞ。アイツも友達増えるのは大歓迎だろうし、俺と雪華が浮気してないって証拠も、本人から聞いた方が納得できると思うし。っていうか本当、誰からそんな噂聞いたんだよ、俺と雪華は幼馴染だけど、それ以上には絶対にならないって約束してるんだぞ?」
「そんな約束してるんだ」
「ああ、多分だけど、アイツ好きな男でもいるんだろうな。だから俺とは絶対に付き合わないって言ってるんだ。月夜野聖女学院ってとこに通ってるんだけどさ」
学校名が出るなり、女子部員たちの顔色が変わる。
「つ、月夜野!? 偏差値七十超えの超エリート私立高校じゃない! え、知り合いになれるのならなりたい! あそこの制服の子と一緒にいるだけでかなりポイント高いんだよ!」
「そっか、じゃあ今度会えるか聞いてみるわ」
ふにゃり笑った笑顔の道長の顔に、女子部員たちは頬を赤く染めた。
思えば、今の道長はフリーなのである。
人の物になってからその価値が分かるのが、男という存在だ。那由の男になってしまった道長を見て、もっと早く手を出せば良かったと後悔する女子は多い。
けれど、いざフリーになった道長を見て、今すぐ手を出せるほどがっつく女子もいない。
今は様子見、本当に那由と別れるかも定かではないし、もしかしたら寄りを戻すかも。
女子達がけん制し合う中、道長はスマホを取り出してどこかへと連絡を取り始めた。
『……ああ、悪い、時間的に平気かと思ってな』
多分、通話の相手は雪之丞雪華なのだろう。静かにし、スピーカーから聞こえてくる柔らかな声に、皆が耳を傾ける。声の感じからして、道長との関係は友達以上、恋人未満……というよりも、家族の会話の様だ。
溝や壁と言ったものが存在しない、兄が妹に話しかけている様な、そんな感じ。
もし女子部員の中に兄や弟がいる人がいたとしたら、そう感じたに違いない。
道長は正直者である。
嘘を付くことを卑怯と認識し、無駄な会話は一切しない。
『友達になりたいって部員の女の子達が言っててな。ああ、いや、違うよ? 新しい彼女の訳がないだろ。でもま、そんなのが出来たら、また雪華には迷惑を掛けるかもしれないけどな。まずは雪華の許しを得ないとだから……なんて、冗談だよ』
けれど、会話相手である雪華に対しては心を許しており、冗談交じりの嘘も飛ばしている。
浮気を疑われるのもしょうがないレベルなのではないか、しかし、この噂の大元は那由だ。
誰よりも道長の側にいた那由が疑ったのだから、相当な何かがあるに違いない。
会う事は、那由の言葉の裏付けにも繋がる。
「明日土曜日だろ? 明日の昼間スタバでどうかって雪華が言ってるけど、お前等大丈夫か?」
道長の申し出に、首を横に振る者は一人もいなかった。
さて、道長が女子部員へと雪華のご対面の場を設けているころ。
那由は一人で二年三組のクラスへと戻っていた。
既に時刻は十七時を回っている。教室には誰もいないし、廊下を歩く足音も聞こえてこない。
道長を想いひたすらに悩み、動いた結果把握できたのは道長の裏切りだけ。
部活動にも行かずに、那由は一人窓際の席に座り、そのまま俯く。
泣きはらした目から、再度雫がぽたぽたと落ち、机を濡らした。
「そこ、海道の席だけど」
声を掛けられた那由は、涙を拭いながら顔を上げる。
教室の入り口に腕を組み、寄り掛かりながら那由を見る人物、池平梓だ。
「全然諦めきれてないじゃん、浮気して本当に好きなのは海道だったって気付いちゃった感じ?」
「あはは……浮気はされても、私からする事はないよ」
どこかで聞いたセリフである。
「それで? 弓道部には行ったんでしょ? どうだった?」
「噂の原因みたいのを潰してきたから、多分大丈夫だと思う。別れた日にね、船田先輩が私のことで弓道部に直撃したみたいなの。海道と話をしたのは知ってたけど、まさか弓道場で皆に聞こえる様に喋ってるとは思わなかったから」
「あはは、それで船田先輩か。相変わらず愛されてるね」
「止めてよそういうの。もうしばらく恋愛なんかしたくないし、今は演技に集中したい」
前の席に梓は座ると、そのまま頬杖を付きながら那由に顔を近づけた。
「そう言う割には、部活に顔出してないじゃん。まだまだ傷心なんでしょ?」
「……思った以上にね、直ぐには無理だったみたい」
心の傷は、回復に時間を要するものだ。
道長は鉄面皮だから、彼が傷ついているかは分からない。
けれど、那由は目を真っ赤にしながら沢山泣いたせいで、一目で分かる。
部活に来ないのに催促の連絡が来ないのも、そういった所からだろう。
空いていた手を那由の頬に当てて、梓はささやく。
「復讐、しないの?」
「……復讐?」
「だって、那由が言ってたじゃない、浮気したのは海道だって。あれだって何かしらの根拠があっての言葉でしょ? 付き合ってる彼女がいるのに、他の女に手を出す様な男には、復讐をして当然だと私は思うけど?」
男女関係のもつれは、最悪死に至る事件にだって発展する。
浮気をした男がどんな末路を辿るのか、浮気をした女がどんな末路を辿るのか。
今はスマートフォン一つで誰だって博士になれる時代だ。
検索すれば憲法や法律なんか知った事かと情報が駄々洩れする時代。
リベンジポルノなんて言葉だって生まれる時代なのだ。
裏切りへの復讐は、幾万通りと存在する。
「協力するよ、那由。クラスメイトの女子全員、アンタの味方だからね」
「……ありがとう、梓。ありがとうね……」
「じゃ、教えてくれる? 一体海道が何をしでかしたのか」
道長に弓道部員という仲間がいる様に、那由にも協力者が存在する。
演劇部の面々であったり、クラスメイトだったり、勝太だったり。
戦争とは、正義と正義のぶつかり合いだと、誰かが言った。
どちらにも譲れない正義があり、だからこそ終わりを知らぬ闘争へと発展するのだと。
那由と船田のキスシーンを目撃してしまった道長。
雪華と道長の性行為のシーンを聞いてしまった那由。
どちらも誤解なのだが、その誤解の解消方法は、今のところ存在しない。
違いと言えば、那由を想い、浮気女としての噂が流れては可哀想だと決して語らない道長に対して、復讐の意味を込めて、既に雪華との関係の暴露を開始した那由。
先に動いたのは那由ではあるが、那由からしたら先に噂を流されたのは彼女の方である。
汚嫁とは浮気をした嫁に対する中傷の言葉である事を、那由は知っているのだろうか? 自分の彼女……もとい、元カノが汚嫁と呼ばれている噂を道長が知った時、一体彼はどのような行動に出るのか。
勝てば官軍という言葉があるが、この二人の戦いの場合、勝利なんて言葉は存在しない。
泥沼の、互いの正義を貫くだけの、ただただ空しい結果が待っているに過ぎないのだ。
二人の喧嘩は、より苛烈さをましていくのだろう。
良かれと思い二人に接していく、周囲の人間を巻き込みながら。
――演劇部、部室。
「証拠……何にも集まらなかったんだけど、どうしたら那由さんは許してくれるのかな」
全然違うベクトルで一人もだえ苦しむ男が一名。
脇に置いた木工用のノコギリを見て、怯えながらも切腹の練習をする船田の姿があった。
白装束に身を包み、頭には『頑張る』と書かれた鉢巻きを巻いた船田。
その手に握るは、月の光を受けて輝く短刀。無論、劇で使う玩具である。
「教室に来た時の那由さんの目、本気だったもんな……僕、今日で死ぬのかな。ぐすん」
しくしくと響く船田のすすり泣く声は、後の天宮高校七不思議に発展したとかどうとか。
どうでもいい話である。
――
次話「通話相手は裸の幼馴染」
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