第30話

 本当に囲まれた? 

 活路はあるはず。バーベキュー用コンロを両手でつかんで思い切り投げる! ヤケクソ! 後ろの口裂け男を筆頭に詰め寄って来る口裂け女、男どもに当たって、彼らは転倒する。


「ロエリ君!? ホームセンターの角には防犯カメラがあるだろう。我々は正当防衛をしているのであって、こっちから攻撃しては通報されてしまう!」


「先生、そこを心配してるんですか! 店員さんも口裂け男になった今、誰も私達が大暴れしたって咎めませんよ」


「逃げるの? ロエリさん? この子、ずっとあなたのことを待ってたのに」


 レインは人質ではない。実質敵陣営……。虚ろな目は黒目がちで私を見ているけど、私を認識しているのかどうか。


「ねえ、レイン。レイン!」


 訴えかけるように語気を強めた。


 レインの口は裂けたままだ。色は肌の色そのままだけど、耳元まで裂けていることに変わりはない。呼びかけも聞いてくれず、そのままふらふらと歩いてくる。


「レインていうのね? ほらレイン、ロエリさんを怖がらせたら駄目。こっちへ戻ってらっしゃい」


「駄目!」


 反射的に私は駆け出した。あの女にだけはレインを渡せない! さっきまでと違って力が湧いてくる。傍にあった、トイレの便座を持ち上げる。新品だから汚くないでしょ? これでも食らえ!


 曽音田そねだ美杏みあんはその華奢な腕でトイレの便座を受け止めた。それだけでない、またあの黒髪がうごめいてこっちに伸びてきた。


「きゃっ!」


 やめてええ! 髪が足首にからまった! 身動きが取れなくなった私にレインが寄りかかってきて噛みつこうとする。


「まずいロエリ君!」


 先生はここでゴキジェットをぶちまけてくれる。


 ごほごほっ!


 咳き込む私達。曽音田美杏は両手で口を覆った。レインに直撃したゴキジェットは、レインを床に倒れさせた。むせるどころか、ゲロまで履いている。レインを助けないと!


 心配していると、曽音田美杏の黒髪が伸び続けて私の足にくるりと巻き付いた。


「先生! 砂糖水を!」


 試すしかない!


「先生、私にかけて下さい!」


「は?」


「いいから!」


 どばっしゃーん!


 ぐへほんっ! んぶーーーっぱっはあ! 息できないじゃん。顔にかけなくても!


 うわ、どろっどろ。いや、透明だから色がついたとかじゃないんだけど、べっとべと。


 口に入ったしー。あまーい! って喜んでる場合じゃない! 私はお笑い芸人かよ! ほら、あの曽音田美杏だってちょっと引いてるじゃん!


「あ、甘そうね」


 そうよ! 劇甘よ!


 先ほど、蹴散らせた男性口裂け店員を筆頭に、私を口裂け女と男が取り囲む。いや、砂糖欲しさに集まってくる。


「んばーあめだ」


 んばー飴ってどんな飴よ。私はすぐさま起き上がって、曽音田美杏の巻きついた髪をほどきにかかる。取れないと、苦戦していると私を囲んだ口裂け男、女たちが砂糖欲しさにひっかいた。痛いけど、これだけもみくちゃなら曽音田美杏も私を直接攻撃できない。それどころか、くすぐったい! 


 手で私にかかった砂糖水をすくい取ろうと顔を撫で回される。さすがに、舌で舐められたときは「うぎゃ」って変な声出たけど。


「みんな落ち着いて。あの曽音田美杏をやっつけたらもっと砂糖水をあげるから! ねえ、協力してくれる?」


 男性口裂け店員は首を傾げる。ほんと、意思疎通できるのかできないのかはっきりしてよ!


「馬鹿ね。そんなことで説得できるわけがないでしょ?」


「ね、お願い」


 私の方から男性口裂け店員に砂糖水を含んだシャツを見せる。ちょっと、ドキドキするけど。


 これときめいてるとかじゃないからね? 相手はコメリの店員さんだからね? 年の差、十ぐらいありそうなんだから。


「あぼぼんなを?」


「先生、通訳!」


「あの女を?」


 さっきから先生が一発で「口裂け語」を理解できる理由は分からないけど、っまあいいや。読唇術とか、ホラー的知識量で意思疎通できるんでしょ!?


「あの人から隣のレインを救って。お願い」


 私の顔を見て口裂け男、女たちは「ぐばあ」と頷く。


 私の前に立ってくれた。まるで曽音田そねだ美杏みあんから守ってくれるみたいに。


「いいぞロエリくん!」


「先生は砂糖水もっとお願いします! 使い切っちゃった! それか、べっこう飴を完成させてください。それから、ゴキジェット、キンチョールも混ぜたのも欲しいです」


 ちょっと、我ながらえげつないことを思いついたけど。相手はこっちを殺す気なんだもん。手段は選んでいられない。倒すのは、曽音田美杏ただ一人。それから、レインは必ず助ける。


 再び走り回る。砂糖水のおかげで口裂け女と男が味方としてついてくる!? 塗料コーナーと園芸コーナーの間のに辿り着いた。


「あら、あなたたち? どうしてその子の言いなりなの? べっこう飴じゃなくて、砂糖水でしょ。それ」


 曽音田美杏でさえ予想がつかない事態のようだ。


「あ、甘いからよ! 甘さは正義!」


「ふん。べっこう飴だってね。私は我慢できるのよ」


 眉間にしわを寄せる曽音田美杏。そうか、やっぱり曽音田そねだ美杏みあんだけは別格なんだ。私は、体勢を立て直して額縁と一メートルはあろうかという筆を手に取った。単純に、剣と盾のイメージ。腰に土のう袋を巻いてそこにいつでも取り出せるようにゴキジェット、キンチョールを入れる。


 先生はゴキジェットを撒き散らしながら走って行く。完全に二手に分かれたことになるけど、先生なら必ずべっこう飴を完成させてくれる! それまで、べとべとなままで戦ってやろうじゃない。


 幸いにも私より先に男性口裂け店員と口裂け女たちが次々に曽音田美杏に立ち向かって行った。


「よし、そのままやっちゃって! 私の代わりに!」


 こんなところで大声で他力本願なこと口にしちゃったけど、曽音田そねだ美杏みあんにゴキジェットを確実に当てて退治する方法を考えないとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る