第29話

「覚悟を決めたまえ。今いる敵は口裂け男店員と、すみこ君だけだ」


 すみちゃんには心の中で謝ることしかできない。ゴキジェットを固く握り締めて、キンチョールとどっちにしようか迷う。さっき、ゴキジェットの効果が弱まってたんだよね。ゴキブリといっしょで、免疫みたいなのができるのかな。


 すみちゃんの目は黒く淀んでいる。私のことを見ているのに、心は通じない。


「ぐばあ」


 口を開くすみちゃん。私は先生みたいに戦う決意をする。


「うおおしゃああ! ペンキ缶マシマシでやってやろうじゃない!」


 ペンキ缶の蓋を開ける。赤、緑、黄。色なんてどうでもいいや。


「うりゃ」


 ペンキぶっかけ作成。


「ぐぶぶ! あぶぶ! あばば!」


 すみちゃんの顔面に赤、緑、黄と、思い切り投げつける。すみちゃんのボブヘアーが台無し。頭頂部はぺたんこ。髪の襟足からは、ぽたぽた、ぼたぼた。カラフルになって、クリスマスみたいにしてごめんね!


 口が裂けて手も、口を使えなくしたらいいんだから。すみちゃんの目も塞いじゃった。だけど、念には念を入れて素早く土のう袋をかぶせる。


「乾いたときにくっつかないかな。なんか、ホーム・アローンみたいにしてごめんね」


「ロエリくん! 君はホーム・アローンを知っているのか!」


「2の方ですけど」


「なんで1を観ない! ペンキを階段上から落とすのは1だろうが!」


「そんなシーンあるんですか?」


 てか先生、コメディ映画も観るんだ。意外。ホラーしか観ないのかと思ってた。今日の教訓。心霊ユーチューバーもコメディ映画を観る。←New!


 すみちゃんの後ろにいた男性口裂け店員にもペンキをお見舞いする。


「ふんぬ!」と男性店員はガリガリなのにおっさん声でそれを弾き飛ばした。やっぱりパワー増幅してる?


 走ってきた!


「きゃああああああ! 来ないでええええええええ!」


「ロエリくん。僕の後ろに!」


「先生?」


「まだべっこう飴らしい形に生成できていないが……」


 先生は水あめ状のべっこう飴を口裂け店員に鍋ごと見せつけていた。


「本日のディナーにいかがかな? 味付けは砂糖のみだが」


 たかが砂糖水だよね。ほんもののべっこう飴は、砂糖と水と水あめが入ってるんだっけ。


 立ち止まったまま鍋を見つめる男性口裂け店員。鼻をひくつかせて犬みたいだけど、首を傾げる。


「き、効くのか効かないのかはっきりしろ!」


 先生、腰が引けてるみたい。片足を後ろに引っ込めて腕だけで鍋を渡す。


「待って先生。それ、全部あげたらほかの口裂け女に使えないじゃないですか」


「ロエリ君。ここを切り抜けなければリーダーにも辿りつけないぞ」


「そうだけど」


 先生のべっこう飴作戦も行き当たりばったりだなぁ。


「さ、今日はべっこう飴をやるから。これ持って家に帰れ」


 口裂け男は鍋を無言で受け取る。鼻が鍋底へと吸い込まれるように見える。


「また明日な」


「急に先生らしいこと言わないで下さいよ!?」


 口裂け男は口の端を吊り上げる。やばいって、目が白目を剥いてイっちゃってる! 


「――んにぃ。ありが」


 な、なんて? 今なんて? 踵を返す口裂け男。鍋を両手で大事そうに抱えてエスカレーターで一階に消えていく姿はシュールすぎる。


「よし、これで一人退治できた。ロエリくん。残念なお知らせだ。鍋をもう一度調達し、べっこう飴を作らねばならんようだ」


「だから言ったじゃないですか。一人に全部あげたら後がっ」


 言いかけて、目を疑った。エスカレーターから先ほどの口裂け男が鍋を持って上がってくる。呆けた顔だが、眉間にしわを寄せて、なにかぼそぼそと呟いている。エスカレーターの下を見下ろしてはっとしたように口をぱくぱくさせる。階下からドタドタとした複数の足音がする。


「べ、べっこう、べべ、やらない」


 口裂け男は鍋を抱えて私達の方に戻ってきた。ほかの口裂け女、男を十人ほど引き連れて!


「えええ!」


「逃げるぞロエリ君!」


「よ、よこよこせ。あめ、べっこう、あめ」


 口々に罵る口裂け女と口裂け男たち。そのほとんどが、コメリホームセンターに来店していたお客さんたち!


 その大勢がもみくちゃになって追っているのは、鍋を抱える男性口裂け店員。ちょっと、可哀そうだけど、囮になってて? と思いきや、私と先生についてくる!!!


「ちょ、こっち来ないでよ!」


 さすがにイラっとして怒鳴ると、男性口裂け店員は私に唇をまくり上げて怒鳴った。


「ぼばがでぃ!」


 へ? なんて? 何て言ったの?


「おかわりだと? 待て、作ってやるから。その鍋をよこせ。それから、後ろの口裂けシリーズたちを大人しくさせろ!」


 先生、今のちゃんと聞き取れたの!?


 先生の勇ましい返事も空しく、この人達全然話を聞いてない! 


 鍋を調達してべっこう飴を煮詰めるなんて、逃げながら何度もできるものじゃない。移動しながら掃除用具売り場に来た。


「先生、砂糖そのものはどうですかね? 成分は同じですよ!」


「なるほど、では余った土のう袋に水と砂糖を混ぜて、ぶちまけるか」


 思いつきだけど、効けば問題ないかな。めっちゃ雑だけどね! 砂糖と水で口裂け女たちが惑わされているのが悪いってことでー。


 走りながら土のう袋に砂糖をありったけ入れる。それから水。かき混ぜるものがやっぱりないので、近くの棚から吹き飛ばし掃除機を拝借し、そのノズルで混ぜる。それから、口裂け女たちに距離を詰められそうになるとそのノズルでバシバシ叩いて距離を離す。


「先生、砂糖水ができました。これで、効かなかった場合、べっこう飴作戦ですか?」


「おい、待て! 前にいるのはレインくんじゃないか?」


「うそ?」


 レインが私達の行く手を塞ぐように立っている。


 その真横に、曽音田そねだ美杏みあん! さっきまで田んぼの中を歩いてきたとは思えないようなきれいな素足。何かで拭いた? ブランド品を身に着けてるもんね。綺麗好き? てか、そんな余裕あるんだ……。


「あら、ロエリさんじゃないかしら? ホームセンターで走り回ってもいいのかしら? 先生に怒られちゃうわよ?」


「先生は私だ! 私が許可するう!」


「ここは学校じゃなくってよ? まあ、好きにおっしゃい。あなたたちは、もう袋のネズミも同然なんだから」

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