第19話

 言わなくても内容は分かると思うけどね。


 先生は何を今更という顔をする。


「口裂け女の出る町で教師なんてやってられないよ。退職届も出そうと思ったのに」


「先生、これやるよ」


 レインは何か用意している。ポケットから取り出したのは、タロットカードに見える。


「占いは好きじゃないけどタロットカードそのものは好きだろ?」


「まあ、インテリアは」


 先生にとってタロットカードはインテリアだったの?


「これ、ネットオークションで出てたんすよ。奮発しました。一万円で。真鍮の装飾がついててこのお値段! 安いよ安いよ!」


 十分高いと思うんだけど。


 ぼそっとレインは私に耳打ちした。


「怪人キラードSのエースは廃墟、心霊スポットへ撮影に行くけどな。「ドキラ」の方は物欲がすごいんだ。それも、呪われた人形とか拷問椅子とか」


「趣味悪っ。あ、だからお札とかあったんだ」


 先生はこほんと咳ばらいをする。なんだかまんざらでもない顔をしている。てか、先生顔に出やすい。だから、配信のときにお面をつけてるの?


「レインくん。僕はエースの方だ」


「はいはい、どっちも先生ですよね」


「いや、エースは元気いっぱい探索好きで、ドキラは内向的で手先が器用なのだ」


 先生の中ではキャラ分けできてるんだね。


「もちろんただでもらえるんだろうな?」


 思わず私は吹き出してしまう。先生に睨まれた。なんかごめんなさい。


「中を見ても?」


 レインにどうぞどうぞされるなり、先生は中を見て興奮している。これは、レアだとか。洗面台の横に置こうとか。そこに置くの? 部屋を見るの怖くなってきちゃうなぁ。


「では、これと引き換えに口裂け女を倒せと言うのだな? エースに? それともドキラに?」


「どっちも先生」


 レインと二人で言ってしまった。


「武器を用意する。僕は銃刀法違反で捕まりたくないので車で出かけることにするよ」


 先生は奥の部屋に駆け足で消えて行った。ちょうど車の話題を出したところで、エンジン音が聞こえた。この家の前で音が止まる。ん? お客さんかな?


「うっへぇ」


 本日二回目の変な声出ちゃった。白いワゴンが止まっているのがリビングのカーテンの隙間から垣間見える。曽音田そねだ美杏みあんの家に止まっていたっていう例の不審車両じゃないかな。降りて来たのは……あれれ? す、すみちゃんだ!


「待って待って待って。すみちゃん? じゃあ運転してるのは誰? 中見えないよね?」


 ワゴンはバックでつけてきてるし。すみちゃんの家にワゴン車なんかない。


「すみちゃん!」


 私が飛び出ようとするとレインはきつく咎めた。


「よく見たか?」


「そ、そうだね。慌てずに行く。でも、間違いないよ。すみちゃんを見間違うわけない」


 ボブヘアといえばすみちゃんだよ。


 この家の玄関の方にゆらゆらと歩いて行くすみちゃん。もしかしてインターホン鳴らすの? え、っどうしよう。はーいって私が出てもいいの? 玄関に骸骨あるのに? すみちゃんを怖がらせたくない。


「ど、どうしようレイン。すみちゃん。玄関の前に来たっぽいよ。でも、インターホン鳴らしてくれないっ」


 あ、さっき連打して壊しちゃったんだ。い、今開けるからね。


 突っ立ったままのすみちゃんのシルエットが、すりガラスにぼやぁあっと浮かんでいる。


 ごん……。


「へ?」


 ごん……。


「えええ?」


 ごん……。


 どうしよう前のめりに身体を揺するすみちゃん。おでこが玄関のガラスにぶつかってると思う。骨のぶつかる固い音と、ガタリと揺れる昭和ガラスの音からすごく痛そうに思える。


 額を押しつけられる度にすりガラスに浮かび上がるすみちゃんの顔は、歪んで見える。マスクがときどきふにゃりとひしゃげて横に伸びる。今はコロナだからみんなマスクをつけている。今はコロナだから! 自分にそう言い聞かせる。


「レイン、先生にどうしたらいいか聞いてきてよ」


「ロエリ、中には入れるなよ。様子が変だ」


「でも、痛そうだよ。何とかして止めないと」


「おーい、すみこー」


 レインは普通に声をかける。


「ちょ、レイン!」


 ごん……。


 それでもすみちゃんはやめない。


「インターホン鳴らせよ。そしたら開ける」


 ちょっといじめみたいだけど、仕方がない。すみちゃんがこちらの話を聞いているかも怪しい。そもそも、すみちゃんがこの家の場所を知っているわけがない。どうしてそのことに思い当たらなかったんだろう。先生の家にすみちゃんが来ること自体がおかしいんだ!


 すみちゃんはインターホンを押さない。鳴らないことを知らないわけだから、レインの話を聞いていれば、普通押すよね?


「ねえ、すみちゃん。どうしてここに私達がいるって分かったの? 先生のこと知ってる? ここ引田先生の家だよ? 分かってる?」


 ごん……。返事はそれか。お願いすみちゃん。答えてよ。


「おい、待て。すみこが一人で来れるわけない。俺達つけられてたのか。あるいは。運転手だ。ワゴンの運転手がきっと――」


 バリィイィィィン!


 窓ガラスの割れる音。やばい、リビングからだ。先生が危ない。


 慌ててリビングに戻ると、すみちゃんのお母さんが窓を割って土足で上がってきた。床に飛び散った窓ガラスには血がついている。すみちゃんのお母さんの肩と腕に血がほとばしっている。道具を使わずに身体で割ったんだ!


 虚ろな目のすみちゃんのお母さん。ワンピースはよれよれで、いつもより老けて見える。


「今の音は何だ!」

 と、リビングと直結している自室から現れたのは先生。って、先生! なんて格好をしているの?

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