第18話
職員室でレインがほかの先生から引田先生の住所を聞き出していた。二人同時に早退するのは難しそうだけど、私は腹痛を理由にして学校を出る。レインはというと、器用に親からお通夜の連絡があったと示し合わせたみたい。レインのお母さんもお母さんだよ。レインをずる休みさせることには抵抗がないみたい。でも、レインはああ見えて成績がけっこういい。手間かけずに勝手に育っていくって前に聞いたことある。
校門を出たところで待ち合わせていたので、合流してそのまま引田先生の自宅を目指す。同じ町内でも電車で行くようなところで、私達のところが田舎なら先生の家は田舎だけど、都会に出るための交通網が密集しているところだと思う。大人なら車ですぐのところなんだろうなぁ。
「ねえ、レインのお母さんにも口裂け女のことを話してみようよ」
「信じねえし、時間がねえ。先生捕まえて、その後すぐお前の家に来る
時間が足りないかもね。急がないと。先生が外出していたらアウトだもん。先生が自宅にいない確率はレインいわく五十パーセントらしい。
「どうして半々なの?」
改札を抜け電車に乗り込む。先生の家に行くのってちょっとドキドキする。大人を訪問するのってなんだかんだはじめて。
「そりゃ、いるかいないかしかないからな」
全然駄目じゃない。でも、今は配信してないんだっけ。先生には家にいてもらいたいなぁ。
「先生、学校の仕事以外は全て動画配信で稼いでるんだよね? じゃあ、家にいてそう。口裂け女に会ってからは配信してないし」
「それもそうか」と、レインを納得させた。
一駅、五分ほど。駅周辺はさびれた商店が多い。
駅からまっすぐ歩いてきたけど、やっぱり田舎だった。道路網は国道が走ってて、道路わきにファミレスや、回転ずしなどの飲食店が並ぶ。大手スーパーや、大きな薬局、ホームセンターもある。住宅街と呼べるものはなく、家、田んぼ、家って感じで点在する一軒家が多く、人口密度は私の住んでいる地域と大差なかった。
先生の家はぐるっと田んぼに囲まれていた。電柱と、あぜ道ぐらいしかない。
とてもじゃないけど、動画配信してガポガポ稼いでいる人の家には見えなかった。瓦屋根のこじんまりとした二階建てだ。二階のベランダの手すりがさびついている。玄関は昭和ガラスの引き戸で開けるとガラガラと鳴るタイプだ。私のところと変わらないね。
インターホンを鳴らす。リンドン♪ と古めかしい音が鳴る。
先生の大儀そうな声が聞こえる。
「先生、ロエリです」
「帰れ」
いたー! 在宅確定!
リンドンリンドン♪ リリリッリンドン!
「先生。私達生徒を見殺しにする気ですか?」
「うるさい、鳴らし過ぎだ! 壊れたらどうする?
リリリイイイイイ――。
あ。押し込んだボタンが戻って来なくなった。
「こらー! だから言ったのに! 今どきの若者はこれだから。古民家のインターホンはな、潰れるの! 君たち覚えておきたまえ!」
先生の荒げた声に平謝りする。
「ご、ご、ごめんなさい!」
「先生、そうそう、菓子折り持ってきましたー」とレイン。いつの間に準備したの?
って、嘘ついてるじゃん。
先生が玄関から出て来た。なるほど……大人は菓子折りに弱い。
「なんだ、嘘つきやがったのか」
「先生、口調がエースになってますよ」
冷やかすつもりじゃなかったんだけど、先生ははっとした顔で私達を招き入れる。
「誰も後をつけてきてないか?」
「先生、どういうこと?」
「口裂け女は神出鬼没だ」
言われてみればそうだけど。先生の家についてくるなんてことあるのかな。そもそも、神出鬼没って創作物の中だけで起こることなんじゃないの?
「中のものには触れるなよ?」
先生は中腰になって私達と目線の高さを合わせる。触れたらまずいもの? 先生、グラビアアイドルの本でもあるんですか? って、聞こうとして声が詰まる。玄関に骸骨が立ってて心臓が止まりかけた。い、息を吸わないと。
「ヴィンセントは理科も教えるんすか?」と、レインは冷静に質問している。まさかこれ、骨格標本かな。だとしても、ふ、普通、傘立てに骸骨を差す? アマゾンの配達員さんもウーバーイーツさんも心臓止まっちゃうよ。
「靴箱の上もやべえな」
レインの言うやばいものは、まあ一般家庭にしては大きすぎるかなという代物だった。靴箱の上に皿に乗せられた大きな「盛り岩塩」がある。ピンクの岩塩だよ? 盛り塩じゃないよ。両手で抱えるサイズのものがどーんと置かれている。インテリア級の大きさ。
「その岩塩は25キロ、amazonでは品切れの八千円弱のものだ」
な、なかなかいいお値段。てか、amazonにあるんだ。便利だね。
そのまま靴を脱いで、玄関の壁に目をやると、とんでもないものが目に入った。
「ひっん」
馬が泣くような変な声出ちゃった。天井に近い部分に怪しげな呪文が書かれたお札がたくさん貼られている。隠す気ないでしょこれ。お化け屋敷でしか見たことない量だよ! どう見てもこの家大丈夫じゃないよね?
「せ、先生……ももも、もしかしてこの家、幽霊とか出ませんよね?」
「ああ、出ないよ。呪符はインテリア。早くこっち来て」
出ないんかい!
「逆に呪われそう!」
神主さんの願がかかっているものをインテリアにするなんて。そんなんじゃ、本当に困ったときにお札が助けてくれない気がする。
先生は廊下を通り奥のリビングキッチンに入って行った。さっき電話音声で聞こえた音の元があった。レンチンされて食べ終えられたカップ麺がゴミ箱にも仕訳けられずにテーブルに置かれている。コバエが飛んでいる。
「うわ。ここもすごいね」
テーブルの上には食事に必要がなさそうなものがいっぱい。というか、食器を置くスペースがなくて困らないのだろうか。カップ麺を置く場所以外は、ゴム製の人の手の置物や、ハロウィンで被るような血糊のついた馬の頭部マスクがある。光るコウモリのフィギュアに、未完成の樹脂製の透明フィギュアがある。それから、無雑作に切り取られた事件性のある新聞記事の切れ端やオカルト雑誌の記事が乱雑に散らばっている。廃墟写真集なんかは、何冊も重ねて置かれている。
注目すべきは朝食にコーヒーを飲むようにぽんと置かれた「人魚の骨」だ。テレビの特集で紹介された「人の指の第二関節っぽい? 人魚の骨」によく似ている代物だ。無雑作に置いて、大事にしているのかよく分からないなぁ。
先生、見た目はけっこういい感じのイケメンなのにこんなんじゃ女子からモテないよ。
先生はリビングのテレビをつけた。高齢者向けクイズ番組を垂れ流す。見る番組は普通にイケてない……。
座っていい場所が分からなくて立ち尽くす私達に、先生は振り向きもせずに命令した。
「椅子に座ってろ」
キッチンの椅子は一つしかない。レインが我先に座る。
「ちょっと」
「俺の膝の上なら空いてるぞ?」
「誰が、その上に座るのよ」
「お前―」
って、ふざけてる場合じゃないっ。レインは結局先生といっしょにリビングの床にじかに座った。私もついて行って正座する。
「先生、お願いに来ました」
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