第14話
「あ、あ、あの、どうしてここに!」
「あら。あなたたちこそ、こそこそ何をしているの? 私はこの辺の土地を買いたいのよ」
思わぬ話にべっこう飴屋に群がる彼らから目を反らしてしまう。今日も白いコート、白いマスク。その布マスクの下に裂けた口があることを私知ってるんだから。な、なんかワンポイントで花柄がついていてオシャレなのがちょっと、リッチなマダム感があって悔しい。
「こ、ここですか?」
「正確にはこの町一体をね。私の職業言ってなかったわよね。私、お化け屋敷クリエイターなの」
う、う、嘘っぽい。
「ほら、これが私の手がけたお化け屋敷」
そう言って、名刺を渡してきた。ほんとだ。『お化け屋敷プロデューサー』って書いてある。裏にはこれまでに手掛けてきたお化け屋敷の写真がコラージュされて載っている。
「富士急ハイランド、東京ドリームシティ!? テレビ局とかでも特集を組まれるようなお化け屋敷ばっかり。大物じゃん」
「そんなことよりロエリ、そいつから離れろ」
うっかり名刺をもらっている場合じゃない。こんなものいくらでも偽造することはできる。
「あれ? 君たち、彼らがいなくなったぞ」
「え?」
べっこう飴屋を徘徊する口裂け女と口裂け男達の姿が見当たらないっ!!!
「ここら一帯は不吉ね。こんな噂があるの知ってるかしら? 中学校の南方に白い家があるの。南方の白い家には出るって噂。私の家は幽霊が出るのよ。北枕で寝たらいけないって言葉があるでしょ? あれってお釈迦様が亡くなるときに北を向いてたらしいから、生きてる人間は北に枕をしたらいけないの」
話が飛躍していてよく分からない。
「北枕がいけないのは分かりますけど……あなたの家に出るんですか? 幽霊が?」
笑っちゃう。幽霊なんて。あ、でも口裂け女は出てるんだよね。困ったなぁ……。幽霊も出るの???
そのとき、私の脇を風がすり抜けた。ヒヤッとする。夜風がそう思わせただけかもしれないけれど、今夜はこんな怖い思いをたくさんして、もう十分だった。
「そんなくだらない話はもういい」
レインがきっぱり言い放つ。
「すみこは様子がおかしくなって、今は行方不明。すみこの母親は口裂け女、それに噛まれた警官二人は口裂け男。諸悪の根源はお前だろうが」
「私じゃなくて、土地が呪われているって思わない? 私の家、事故物件なのよ?」
事故物件ってあれでしょ?
曽音田美杏は悲しげに答える。
「こういう仕事をしていると実際に人の亡くなった家に住んで学ぶこともあるのよ。何が人を怖がらせるのかとかね。言っとくわ。私の家は出る。だけど、これだけは信じて。私は口裂け女じゃない」
どう信じればいいんだろう。この人が黒い皮膚に変身したところは見間違いなんかじゃないのに。
「マスクを外せ」
怪人キラードSはそう言い放つ。ちゃっかりカメラを構えている。
「はいはい」
あっさり引き下がる曽音田美杏。
おかしい。口が裂けていない! そんなことって。レインも困惑している。
「事故物件に住むのはまあ、分かったけど。君はこの土地も買いたいんだよね? まさか僕の配信したとおり、この街には人骨でもあるのか?」
「あなたの配信なんて興味ないわ」
「毎週土日深夜23時配信だ!
「ここ○○町はね。女性が住みにくい土地だったのよ」
さらっとスルーされてるよ先生。
「男尊女卑の強い土地柄で」
無視された先生は拳を固く握り締める。
「今では考えられないかもしれないけれど、女性は子供を育て終えると役目を終えたと見なされて追放されたとか」
何年前の話だろう。江戸時代とかかな。
「ここは女性が蔑まれた土地。そして、夫や男性に逆らうと『どの口が逆らうのか』と罰を受けた」
そんな話聞いたことがない。長年この町に住んでいるレインでさえ首を振る。
「口うるさい女を黙らせるために、男たちは妻の口をハサミで割いた。それがこの町の口裂け女伝説よ。他の地域に伝わる口裂け女の都市伝説と大きく違うのは、口裂け女は一人ではないことよ」
そういえばこの町の墓は女性の墓が多い。
普通の口裂け女って、交通事故で口が裂けたからだとか医療ミスで裂けたとか聞く。あと、精神がおかしくなった人が病院を抜け出して徘徊したとか。つまり私達の知っている普通の口裂け女とは全く別の話――。
だけど私が一番知りたいのは、何故この女がそのことを知っているのか。
「どうして教えてくれるんですか?」
「私の家に出る幽霊はその口裂け女だからよ」
「口裂け女が幽霊? 化けて出るんですか?」
「おいおい、口裂け女って霊なのか? 実体はあると思ってた……」
レインの言うとおり私も口裂け女は化け物ではあっても幽霊ではない気がする。すると、先生は「あああ!」っと道路の真ん中で叫ぶ。
「うおっ! せ、先生急に叫ばないで下さい! びっくりした」
「口裂け女が子持ちの女性に憑依する実例があるのを、二十年ほど前の怪談番組で見たよ。あれはお祓い番組だったかな。つまり口裂け女は肉体を持つ異常者ではなく、霊的な存在。または、悪魔的な何かだというはじめての説を放送したんだ。今の今まで忘れていた! 僕としたことがあああああああああ!」
そんな説があるんだ。
「とにかく、こんな廃屋の周りをうろつくのはよくないわよ。ここも出るらしいから」
さっきまで口裂け女達が出ていたことを言おうか迷った。悔しいけど、言わされようとしている気がした。
「最近引っ越してきたばかりのあなたが、幽霊の話に詳しかったり土地勘が私達より優れていることは分かったんですけど。わざわざこの危険な場所に来たんですか?」
曽音田美杏が現れたタイミングは絶妙だった。彼女の表情からは何も読み取れない。
「買い取り対象よ」
「べっこう飴屋が?」
「ここをテーマパークにしたいのよ。お化け屋敷専門の遊園地を作るの」
「アメリカにはそういうのあったけど。ハロウィンの時期だけですよ?」
日本にはお盆があるからハロウィンと違ってホラーの流行る時期が違う。お化けのテーマパークなんか実現するのだろうか? って、余計な心配をしている場合じゃないか。
「グガアア」
「え?」
警官二人が戻ってきていた。後ろからは真っ黒になったすみちゃんのお母さん口裂け女も! 肌が真っ黒だ。火で焼けただれたみたいな墨の色。唇は真っ白。あのときの曽音田美杏みたい。
「あれが口裂け女だって言うんでしょ?」と、何も驚かない曽音田美杏。
「お前のせいだろうがよ!」
「そうね。あの口裂け女は一番着心地のいい服を探すみたいに人間を物色しているわ」
「どういうこと?」
曽音田美杏は今はもう自分は口裂け女ではないというような口ぶりで話す。
「口裂け女はいわば、組織のリーダーよ。感染を広める感染源。だけど、リーダーはただ一人。あの白い唇がその証。どんなに口裂け女と口裂け男が増えても、あの一人だけは変わらない」
「じゃあ、あなたは? どうして元に戻れたの?」
曽音田美杏はふふっと鼻で笑う。
「戻ったなんて一言も言ってないわよ? だって、私たちってみんな意思を持ってるんですもの。感染期間が浅い感染者はあんなダサイ口で迫ってくるでしょうけど?」
いきなり曽音田美杏の髪の毛が伸びてきた。
「うそ、卑怯!」
口裂け女って髪も伸びるの? 私達は一目散に逃げだした。後ろで曽音田美杏の高笑いが聞こえる。
「あら? ちょっとした挨拶なのに逃げちゃうの? じゃあ、遠慮なくこの町は本物のお化け屋敷にしてあげるわ」
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