第13話

「まだ答えを聞いてないのよ? 私は誰よりキレイなの?」


「し、知らないです!」


「グンバアア」


 お巡りさんは言葉になっていない声を出す。喉の奥から声帯を通さずに直接肺の空気を押し出したみたいな野太い叫び声。


 彼らの足は履いている衣類を裂いてしまいそうなほど力強く前に押し出されている。足の回転数が上がる。まるで機械のように私に向かって直進してくる。


 尋常じゃない! 


「前だけ見ろ! ロエリ!」


 後れを取っている私を見かねたレインが戻って来て私の手を取る。それを見かねた先生が、前方で及び腰になって叫ぶ。


「君たちも急げ! もう少し行けばスーパーがある」


 へ? そんな人の多いところに行くの?


「先生、口裂け女はうつるんですよ?」


「んな事実はない! もし仮にそうだとしても、僕らにできることは誰かに助けを求めることだけだ!」


「先生なら戦え」と、レインも理性を半ば失いかけているのか悲痛な声で叫んだ。


「君はPTAにでもなったつもりかレイン君! 今のご時世、大人も危険なんだよ。不審者には「さすまた」程度では対応できない。彼らのような暴徒ならなおさらだ!」


 息が切れる。近所のスーパーまでもたないんじゃないかな。あれ? 振り返ると誰もいない。田園と廃屋が交互に現れる田舎道で、彼ら三人を見失った。一度も振り返らなかったのが仇になったのかも。


「おかしい、いないよ」


 私が立ち止まったのを見てレインと先生も止まる。


「よし、配信開始だ」


「先生いい加減にして下さい」


「なんだ? 僕を呼んだのは君たちじゃないか。何にしても、見失ったこの場所を記録しておかなければ。ほかに何がある? 廃屋だけか?」


 先生は廃屋に近づいていく。店内は灯りもなく、当然人もいない。警備会社の監視していることを示すシールが入口の手動ドアだったところに貼られているけど、何年前のものだろう。機能しているとは思えない。ガラス製のドアは誰かに石を投げ込まれて割れている。警報があるならそのときに鳴ったっきりなんだろうな。


 店内には若干の甘い匂いと焦げたような古臭い匂い。何だろ、棚は当時のままみたいだけど。何屋さんだったのだろう?


「ロエリ隠れろ」


 私はレインにひっ捕まえられて電柱の陰に隠れた。すぐに先生が私とレインを両手で拉致する。


「電柱の上に街灯があるだろ。返って目立つ。もっと、闇夜に紛れて田んぼのあぜ道にでも入れ」


 先生が最もらしいことを言うのでしぶしぶ従う。遠くから確認して鳥肌が立った。さっきの三人がいる。何か探しているみたい。


「なるほど」とレインが一人ごちる。


「もったえぶらないでよ。私達を追いかけてきたのに、どうしてあそこで急にやめちゃったの?」


「ロエリは知らないのか? あそこ、昔はべっこう飴屋だった」


「べっこう飴? それがどうしたの?」


「おうまさか! OH! これは驚き、口裂け女にポマードは効かなかったが、べっこう飴は効くのか!」


 先生、急に英語! 英語でどうしたのよ。


「先生、落ち着いて。どうして効くんですか? それに、店はつぶれてべっこう飴は今はないはずなのに」


 匂いが残ってるからだとは思うけど。


「都市伝説では、逃げるときにポマードを叫ぶのは口裂け女が嫌がるからだと言われる。一方で、べっこう飴の方は口裂け女たちの好物なんだ。これはすごい現場を撮影できそうだ! あっ」


 先生はさっき私とレインを抱えたときに配信用の手持ちカメラを落としたらしい。あの電柱の下にカメラが転がっている。


「先生。口裂け女たち? お巡りさんは男だから口裂け男になるのかな? あの人たちがべっこう飴が好きでここに群がっているんだったら弱点も同然じゃないですか。今日はひとまず逃げましょうよ」


 私の提案では先生は聞く耳を持たない。


「いいや。今がチャンスじゃないか」


「あら、あなたたち。こんなところで会うなんて。こんばんわ」


 そのなまめかしい声で私達は凍りついた。


「どうしてここに?」


 口裂け女第一号の曽音田そねだ美杏みあんがこんな夜道を一人で歩いてくるなんて!

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