第12話
「ねえ、ロエリちゃん。私って、誰よりキレイ? アンジェリーナ・ジョリー? それとも西野カナ? 指原梨乃?」
「どれもこれもハードル高けえなおい」と、レインは私をつかんで一歩下がる。
「アンジェリーナ・ジョリーで」と、普通に答えるエースこと、先生。ほんと、こんなときにふざけてる場合じゃないよ。
すみちゃんのお母さんは奇声を上げて走ってきた。怪人キラードSも廃墟慣れしているとはいえ、突然のことに驚いて私達より先に逃げ出した。
「ちょ、先生!」
「都合のいいように先生と呼ぶんじゃない! 私は怪人キラードSのエースだ! つまらない配信は削るに限る。今日のは全カットで!」
「ふざけんな!」
レインが先生を追いかける。ちょ、待って。後ろからものすごい勢いですみちゃんのお母さんが走ってくるんだけど。しかも、靴も履かずに裸足。街灯に照らされて足から血が出ているのが見えた。怖い怖い。早いよ。なんでもいいから交番か、近所の人の家に逃げよう。私は防犯ブザーを鳴らした。だけど、誰も異変に気付かない。防犯ブザーの警報音が私達に恐怖の拍車をかけただけだった。ぐんぐん早くなるすみちゃんのお母さん。いや、口裂け女って言ったらいいのかな。ときどき「グワアア」って人じゃない声を発する。まるで……ゾンビ!
「これでも食らえ!」と、前を激走していた先生が道端のブロック塀の破片をすみちゃんのお母さんの顔に投げつけた。
「グワハッ」
見事、顔面に命中。鼻血が出て地面に倒れた。う、動いてない。気絶させた?
「すみちゃんのお母さんを助けないと」
「あんな化け物ほっとけ」と、先生はそっけない。てか、口裂け女って信じてないよね? 口裂けてるおばさん程度の認識だよね?
「原因を確かめないと。すみちゃんのお母さんは理性を失ってた。すみちゃんが無事だといいけど」
「あの家に入るのか? いても無理だろ。子守ができそうには見えない」
「そんな言い方って」
先生のジョークきついなあ。
「俺からもお願いします、引田先生! いや、エース!」
先生は私とレインを見比べる。レインが深々と頭を下げている。やば、私も適当に下げておく。
「先生お願いします」
「違う!」
あー、めんどくさいなあ。先生として認められるより、心霊ユーチューバーとして認められたいのかなぁ。
「エースお願いします!」
「ふむ。そうだな。……この女が口裂け女なのかが問題だな」
先生は「うわー」と言いながら、すみちゃんのお母さんが本物の口裂け女か確かめるために、その大きな唇を触ってみる。
「これはまずい。縫わないと治らないレベルだ。でも、不思議だな。これだけ裂けていると、痛みで会話なんかできるはずはない。たとえ「ぐばあ」であってもな。それどころか、出血もしていないようだ。唇に丁寧に口紅まで塗っているところを見るに、これは間違いなく本物」
「ほ、ほんもの!」
私とレインは声をそろえて仰天する。いやー、これが? 口が裂けること以外は意外と普通なんだね。でも……。
「先生、すみちゃんのお母さんは間違いなく人だったけど、急に口裂け女に豹変するんでしょうか?」
「というより、この女と例の君の家の隣に住む女の繋がりはないのか?」
先生の言おうとしていることに気づいてはっとする。そうだ、口裂け女は
「口裂け女が二人いることになるの?」
「やばくね? この小さな町に口裂け女が二人?」
レインが縮こまったように見える。
「共通点は女で口が裂けていること。口紅を塗っていること。ぐらいか」
先生の独り言に、曽音田美杏のマスクを外したときの顔を思い出す。
「先生! それはちょっと違います。
思い出すと鳥肌が立ってくる。
「君は、
「見間違いだと思ったし、そう思いたかったの。だって、あり得ないでしょ? 今この瞬間まで誰も信じてなかった。違いますか?」
これには、レインも少し自覚があるのか、俯く。
「グガア」
そのとき、倒れていたはずのすみちゃんのお母さんが起き上がった。慌てて先生が逃げ出す。
「ポマード! ポマード! ポマード! ポマード!」
「ちょっと先生!? 待って! ポマード! ポマード! ポマード! ポマード!」
「グギャア」
「え?」
私と先生が効き目のないポマード連呼ダッシュで逃げている間に、レインがすみちゃんのお母さんの足を払った。転倒した拍子に近くにあった駐車場のポールに頭をぶつけて倒れる。
「とにかく、今度こそ警察に通報だ」
警察が来るまで、すみちゃんのお母さんが起き上がらないか心配だった。縛る道具もないし。てか、道端だもん。車はなかなか通らない道だけど、自転車は通るかも? 通報されたら私達の方が聴取されそう。先生が見張っててくれるみたいだけど。
すみちゃんの家の庭の窓が施錠されていなかったので、小柄な私が中に入ってすみちゃんを探すことになった。二階建ての一軒家。怖いから一部屋一部屋電気を点けて探す。いない。どこにも。すみちゃんの部屋には学校のカバンがあった。中もそのまま。窓を内側から開けて外で待機しているレインに中に入ってきてもらう。二人でクローゼットから布団の押し入れまで探したけど、すみちゃんは見つからない。
「一人で逃げたのかな……」
そうこうしていると警察がやってきた。今度ばかりは事件だと信じてくれたようだけど、なんと逮捕されたのは怪人キラードSこと引田先生。そりゃ、そうだ。先生、仮面に黒ポンチョ(ブードゥー人形つき)のままだもん。女性に危害を加えて口を引き裂いた男性ということになっている!
「ちょ、お巡りさん! 違います! この人は学校の先生で」
「いいや、刑事さん! この僕がエース! 怪人キラードSのエースです! チャンネル登録者数一万人の廃墟潜入ならお任せ! 心霊ユーチューバーですよ!」
「先生、そんなこと自慢している場合じゃないですよ! ほんとにもう。逮捕されちゃいますよ! お巡りさん。先生は武器なんか何も持ってないじゃないですか!」
すると、お巡りさんが先生の所持品を調べて慌てて先生をパトカーのボンネットに伏せさせる。
「なんだこの怪しい人形は、こんなところに小さなナイフがついているぞ」
「それは、魔除けのブードゥー人形ですよ。配信のときに使います。呪われたくなかったら返して下さい!」
「やかましい! 逮捕だ」
「俺からも頼みますよお巡りさん! 先生は何もしてな……」
レインがそう叫んだとき、突然すみちゃんのお母さんはお巡りさんの足に噛みついた!
「ぎゃあああああああああ」
相方のお巡りさんが仰天しながら、すみちゃんのお母さんから同僚を引き離そうとしている。先生は弾かれたように走り出した。
「大の大人が逃げないで下さいって!」と、私はレインと共に後を追う。
一度振り返ると噛まれたお巡りさんがビクビクと痙攣して、やがてにんまりと笑った。すっごく気味が悪い。
「ねえ、レイン」
私は止めたくもない足を無意識に止めてしまう。お巡りさんは今自分を助けてくれた相方のお巡りさんに噛みついた。すると、同じように悲鳴を上げるお巡りさん。
「は、早く逃げろ」
噛まれた間際に私達に手を伸ばして、そう叫ぶお巡りさん。断末魔。倒れて投げ出される四肢。だけど、やがてそれは起こった。起き上がった。びくびくと足を引きずり、腕を振るわせながら迫ってくる。下弦の月の形ににんまり笑う顔、顔、顔。
お巡りさん二人は、すみちゃんのお母さん同様に口が耳まで裂けていた。三人の空虚な目が六つ、私達を見据えている。
「嘘でしょ?」
口裂け女って――うつるの?
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