第11話
外は真っ暗になった。夜八時。
すみちゃんの顔は映さない。音声加工して身バレしないようにすること。私達はカメラには一切映り込まないなど、色々配慮してくれる。生配信はリスクが高いので今回は録画のみ。てか、顔映さないのに動画として成立するんだろうか。
引田先生は宣言通り、怪人キラードSの姿でやってきた。黒の仮面。動きにくそうな黒のポンチョ(ブードゥー人形が首からも背中からもぶらさがってて重そう)。何故かズボンにこだわりはないのか、下はジーパン。職務質問されてる動画も見たことある。
「ほんとに、ひ、引田先生?」
「はじめまして。引田とは誰のことだ? 僕は怪人キラードSの「エース」だ。これから今世紀最大の恐怖の撮影に――挑む。この近くに、不登校になった女子生徒がいるとの噂を聞きつけた。何でも……彼女は口裂け女を目撃したという話だ」
うわー、炎上系だ。すみちゃんのこと「不登校」って言った。非常勤講師でも言っていいことと悪いことがあると思う。
「先生、ほんとにまじめにお願いしますね。私、すみちゃんの身に何かあったと確信してます。レインもそう。レインの方が詳しいけど」
「先生、マジ痺れた。今の、いいっすね」
レイン!? 目が女子みたいにキラキラ輝いてるよ!
「僕は先生などではない。おっと、今日はこの家の女子中学生の同級生が同行してくれている。プライバシー保護のために顔は映さないし音声も何かあったとき以外は収録しない。今回はあくまでも下見ということで進めていきたいと思う。っち、ここ後で編集しなおさないとな。レインくん。先生と君が呼ぶ度に僕はその箇所を削除しないといけなくなるんだ。頼むから君たちもまじめにやってくれ」
急に馴れ馴れしくなった先生。レインを名前で呼ぶようになった。
「さあ、問題の家だ」
私は小声で、家で住所がバレるかもしれないから映さないように注意した。
「ロエリ君、それでは何も撮影できなくなるではないか。困った子だ。それにだな、この程度の内容ではいくらファンがついているからと言って僕の動画でも千回再生がいいところ。ネタに使えるかどうかも分からないんだ」
手持ちカメラを調整して、すみちゃんの家にカメラを向ける怪人キラードS。
「あ、僕のことはエースと呼びたまえ」
「はい、先生」
私がわざと反抗したら先生は舌打ちをした。先生、結構柄が悪い。カメラを覗き込むと、家を特定されないように玄関の足元を映してくれている心遣いは見られたけど。
インターホンを鳴らしても誰も出て来ない。返事もない。すみちゃんが入院すれば学校にも絶対に連絡があるはず。
夕飯の買い出し、外食など考えられなくもないけれど。絶対におかしい。
真っ先に切り上げたのはエースこと引田先生だった。
「こりゃ駄目だな。収穫なし。それでは諸君、さらばだ。また廃墟で会おう!」
「いえ、廃墟でなんか会いませんよ! 引田先生、すみちゃんの家ノックして下さい」
「インターホンで出なければ叩いてもいいと? どこの炎上系ユーチューバーだ」
「先生です」
「ならば、叩こうではないか。怪人キラードSの「エース」が」
「おお、先生、やって下さい」と、レインはどうぞどうぞする。
先生がノリノリでスキップする。この先生、学校での態度とがらりと変わっている。
引田先生は怪人キラードSとしてドアをガンガン叩く。苦情が来てもおかしくないレベル。だけど、返事はない。収穫なしで済ますのは悔しいけど、帰るしかなかった。と、思ったらすみちゃんのお母さんがマスク姿で出て来た。小柄で美人ではないけれど、小綺麗で優しいおばさん。だけど、表情は暗い。わざわざマスクつけて出て来た。だとしたら、こんなにドアをガンガン叩いたのにマスクを準備する余裕はあった?
「……」
無言。すみちゃんのお母さんはいつもなら、私を見るなり名前を呼んでくれて、私のお母さんはいつも通り元気か聞くのもセットなんだけど。今夜は流石に怒っている?
やっぱり何も話さない。青白い顔を近くの街灯がぼうっと照らす。
「ドア叩いてすみません。すみちゃんは大丈夫ですか?」
「オーケイオーケイ! おばさんが出て来たヨー。盛り上げていくから、君たちはちょっと下がってて」
って先生。ユーチューバーでも盛り上げていいところと悪いところがあると思うんですよ。
「こんばんは。おくさまぁん」
先生のおちゃらけた声はじめて聞いた。てか、ちょっとエロい? いや、変態だねこれ。すみちゃんのお母さん怒ってるからテンション低いんじゃないかな。黙ってる方が人って怖いもん。てか、怪人キラードSって仮面つけてるし明らかに不審者なんだけど。
「ねえ、私ってキレイ?」
うん? すみちゃんのお母さん今なんて言ったの? レインも信じられないという顔をしている。
「はいー? 今、綺麗と言ったのか、この人は。おいおいおいおい、この人は巷で噂の口裂け女と同じような問いかけをしてきたぞ? 初対面のこの僕に。もしかして、これ君たち打ち合わせてた?」
先生が私にクレームのように鋭く言い放つ。
「そんなわけないよ」
怪人キラードSが来ることだって分からなかったのに、無関係なすみちゃんのお母さんに口裂け女のふりをしてもらう必要があるのよ。
「ねえ、私って」
繰り返すすみちゃんのお母さん。視線が私達ではなく、少し下。足元を見ている?
「すみちゃんはいますか?」
「ねえ、私って……キレイ?」
すみちゃんのお母さんは私の話なんか聞いていない。そして、ゆっくりと腕を顔のところに持ってくる。
「ま、待って下さい。マスクはしといた方がいいですよ」
そのマスクが外された。中から覗いた唇はいつもの二倍ほどに分厚く腫れあがっている。血のように真っ赤。極めつけは、耳のところまで裂けていること!
「ほ、ほ、ほんものだ」
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