第10話
夕方六時。
レインの家に宿題を持っていくとそのまま話し込んでしまって、今日はなかなか帰れそうにないなと思った。まず、一番大事なすみちゃんのこと。レインはすみちゃんが襲われた瞬間を見ていない。だけど、すみちゃんに危害を加えた可能性があるのは間違いなく
「生きてたのか」
「レインの話を聞いた感じじゃ、すみちゃんに何かあったと思うんだけど」
無事なのがおかしいことってあるんだ。気味が悪い。すみちゃんが早退したのは体調がすぐれなかったから。本当にそれだけかな。
曽音田美杏に何かされたと考えるのが普通だろうけど。
「だよね。まさか、女同士だけど、え、エロいこととか?」
「まあ、それもある意味怖いよな。キスとかしたことないもんな俺ら」
「ちょ、レイン。変なこと言わないでよ」
「じゃあキスしたことあんのかよ?」
「な、ないよ。もう、恥ずかしいから、この話やめない?」
「なんで? ほっぺにチューしてもいいんだぞ」
「馬鹿!」
って、話しにならない。でも、すみちゃんの身体に危害が加えられたようには見えなかった。そう見えただけ? 服の下はあざだらけだったりしたら……。怖すぎる。いや、そうでなくても。ほら、大人の女の人が女の子にエロいことしても捕まるって聞くし。
「すみこの家にこれから行くか?」
「電話してからにする? また夜になっちゃうし」
すみちゃんの携帯に電話をかけたけど出ない。すみちゃんの家には固定電話があるからそっちにもかけてみたけど、やっぱり駄目。すみちゃんのお母さんも忙しいのかな。
「やっぱり具合が悪くて寝てるのかな。それとも、まさか入院してそれどころじゃないとか?」
「その線もあるけど、電話に出たくないってのも考えられるぞ」
「そっか、警察と話して疲れちゃったのかな」
「まあ、推理してみるとだな」
レインは自室の閉まっているドアを一度開けて、家族の誰にも聞かれていないか確認してから閉めなおした。
「すみこは何らかの傷を負ってる。身体的なものか精神的なものか分からないけどな。治せるのは俺達じゃない」
「そんな言い方って」
「だからこういうときはどうすればいいか怪人キラードSに聞いてみる」
「え。えええ? どうしてそうなるのよ」
「こういう本当にあった怖い話はあいつも好きだろうし」
「でも、登録者数一万人以上いるんだよ。そんな人が私達の小さな町の小さな事件に興味持ってくれるかな」
「うーん。一応、なんとかなる気はしてるんだ。てか、今日あの美術の先生来てたか?」
「え? どうして急に? あの引田先生でしょ。レインのことまた勧誘しようとしてたよ」
「それだけじゃないだろ」
「ん? ああ、そうだ。先生も動画配信してるって言ってた。まさか、引田先生も巻き込むの?」
レインは鼻から息を吐いて微笑した。
「やだ、めっちゃ気持ち悪い。一人でニヤニヤしないでよ」
「
「マジ?」
え、引田先生って絵がああいう作風なだけじゃなくて、オカルトも好きなの?
「ちょっと待ってよ。あの怪人キラードSでしょ? え、しかもどっち?「エース」? それとも「ドキラ」の方?」
「どっちもだと思う」
「一人二役やってるってこと?」
あんまり覚えてないから、スマホで動画を見てみる。冒頭、二人で登場する。コロナでバラエティ番組がよくやるようになった手法が採られている。二人が同じ場所にいるように見せるために背景を映像やCGで加工しているようだ。思えば二人とも体格は同じぐらいだし、声もよく聞くと似ているかも。
「そっか、廃墟や心霊スポットに行くときも「エース」一人だもんね。でも、生配信のときは?」
「生配信は「エース」一人で行くだろ。けっこう録画映像も多そうだしな。編集するときは、映像を観ながら「ドキラ」を演じつつ、自分に話しかけたり、解説もやって。まあ、編集と演技力でなんとかしてるんだろ」
ふーん。動画配信の万単位再生回数を誇る人物がこんなに身近にいるもんなんだ。
「引田先生がレインに、今後も配信楽しんでねって」
レインは吹き出した。
「あいつ、正体がバレたってめっちゃ気にしてるじゃん。俺、先生にはお前と別れた帰り道で会っててよ」
「あの後すぐ?」
「すみこのことや、直前まで一緒にいたあの女の話もとりあえずは聞いてくれた。だけど、あのときはあの先生も酔ってて。話半分にしか聞いてなかったんだろうよ。で、先生がどこで酔ってたのかと思って聞いたら、ラーメン屋にいたんだってよ。その帰りだったらしくて。で、俺は気づいちまった。怪人キラードSは「グルメ回」するだろ? そんで何ラーメンか聞いたんだ。味噌ラーメンだと。そしたら、夜中の配信に来たわけよ。例の味噌ラーメンが。それだけじゃない、店の雰囲気も見覚えがある。あれ、これ俺らの町じゃね? ってなってな。俺興奮して、深夜なのに引田先生に電話して問い詰めちゃって」
「何やってんのよ」
「だって、あの怪人キラードSだぞ。ホラー界のHIKAKIN」
「ヒカキンは大げさじゃないかな??? あのレベルの人、普通に何十万回再生とかだし」
レインは早口でまくしたてる。
「まあ、言わせろ。引田先生が俺の話をまともに取り合ってくれなかったのは、酔っていたことと「先生」としての立場からだと思う。だけど、あいつの本性は「怪人キラードS」の「エース」なんだよ」
本性って勝手に決めていいのかな。どう考えても動画配信が裏の顔でしょ?
レインは私が考える時間も与えず先生に電話をかける。電話番号を知っている仲なのなら、もういっそ美術部に入ってあげればいいのに。今は動画配信者とファン? みたいな関係になってるわけだし。あ、でもそしたら美術部がオカルト研究部に早変わりしちゃいそう。
「もしもしヴィンセント?」
レインは友達に電話をかけるような口ぶりだ。英語の先生を呼ぶときみたいに下の名前で呼ぶんだ。元々仲いいにもほどがあるでしょ。
「この前も話した件だけど、すみこの様子がおかしかったし、現に今日休んでただろ? 言ったじゃん。警察も来てたあの家の話。そう、あの白い家のな。あそこ、ロエリの隣なんだ」
レインはすみちゃんと連絡がつかないことも伝える。
「先生も来てくれる? え? マジか!!!」
レインが携帯片手にガッツポーズを取る。
「怪人キラードSとして来てくれるって」
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