第9話

 すみちゃんは欠席扱い。急遽、全校集会が行われた。大変なことになった。私の知らないところで起きていたとはいえ、私の近所ですみちゃんが消えたこと、レインが心を痛めて欠席してしまったことが辛くてたまらない。


 あの、皆勤賞のレインが休むんだもん。事件は当然先生にも伝わっている。行方不明者がこのクラスから出てしまった。昨日のレインの話ではすみちゃんが襲われたと考えるべきだと思う。あんまり考えたくないけれど、最悪の事態も脳裏に浮かぶ。ほんとに考えたくない! 今頃手足の自由を奪われてるの? ドラマとかでしか観たことないけど、口にタオルとか詰められてるのかな。想像しただけで涙が出てくる。


 私、どうしてすみちゃんのこと信じてあげられなかったのかな。曽音田そねだ美杏みあんが口裂け女だってこと、私が突き止めないと。すみちゃんの代わりに。そして、必ずすみちゃんを見つけるの。


 勇み足で教室に戻る。落ち着いていられない。


「え? すみちゃん」


 教室に戻るとすみちゃんが自分の席に着いていた。クラスみんながびっくりしてすみちゃんを取り囲んだ。マスクをしているすみちゃんは少し風邪気味だったことを除けば別段おかしなところはなかった。担任の先生でさえ驚いてすみちゃんのお母さんに電話で確認しに職員室に引き上げて行った。さすがに私の家の近所までついてきた十五人も、すみちゃんにどう声をかけていいのか分からない。私が一番に声をかける形になった。


「すみちゃん? ……大丈夫だった?」


「まあ」


 すみちゃん特有の関西弁も飛び出すことなく、俯いたすみちゃん。あまり元気がないように見える。


「熱ない?」


 心なしか顔も赤く見える。


「……分からん。ロエリちゃん、あっち行っといて。うち、みんなには悪いけど、誰とも話したくない気分や」


 すみちゃんが学校に出て来られただけ奇跡だったのかもしれない。すみちゃんのお母さんまで学校にかけつける事態になった。すみちゃんは制服で朝まで出歩いていた? そして家に一度も帰らずにそのまま学校に来たみたい。だけど、すみちゃんの意思で学校に来てくれたことは嬉しかったりもした。真っ先に無事な姿を見せたかったんだよね? すみちゃんはお母さんが来ても無言。顔の表情筋が固まって動かせないみたいだった。目が虚ろで本当に具合が悪そう。


 案の上、すみちゃんは授業も受けずにそのまま早退する流れになった。病院にも行くらしい。警察が来ていたけれど、警察はすみちゃんのお母さんが追い払っちゃった。レインならどうしただろう。考えないと。私、昨日のレインの緊張した顔を見たときから、ただごとじゃないとはっきり分かってる。すみちゃん、本当に何もされなかった? 学校が終わったら、すぐにレインに相談しよう。


 先生から宿題を渡すよう言われた。まあ、レインなら宿題に文句はあってもやり遂げると思うんだけど。


 職員室でレイン宛ての宿題を受け取った。すみちゃんの分はどうしようかと先生から相談されたけれど、すみちゃんのことはそっとしといた方がいいような気がする。

「こういう事件は先生もはじめてでな。ああ、引田先生なら詳しいかもしれない」

 引田先生は美術部だけのために来校する外部の先生だ。今日はちょうど先生が来校していた。


「宿題なんかしなくていいでしょう。生徒の身の安全が第一。あ、素戸路すとろさんが持っていく予定だったのかい?」


「はい、今日は二人が欠席で」


「ほかに誰が?」


「うちのレインですよ」と、私の担任。


「ああ宇江須うえす君か。彼の絵はいつも独創的だ」


 引田ひきた文世斗ヴィンセント先生は白人男性。女性を思わせる柔らかな物腰と、つやつやの黒髪が特徴的だ。英語の先生といつも間違われるぐらい英語の先生って感じの柔和な顔をしている。英語の訛りもないので絶対に英語の先生になった方がいい。先生たちの間でも英語の先生の採用枠が狭くてなれなかったのかと哀れまれている。引田先生はそんなことちっとも気にしていなくて、寧ろやりたいことを仕事にしたいと美術の非常勤講師になったらしい。


 先生の絵はおどろおどろしくて、学校側は快く思っていないらしい。なんでも「ナントカスキー」? なんか違う。ああ、あれだ「ベクシンスキー」っていう人の絵に似ていて「死」を表現しているとか、教育現場に相応しくないとか言われている。先生の絵はキャンパスに描かれた一枚を残してそれ以外は先生は持ち帰ってしまった。その絵もモナリザが大口を開けて笑っていて返って不気味な仕上がりになっているんだけど。とにかく、独特なセンスの持ち主の先生だということは確か。


宇江須うえすレイン君は、僕のこと何か言ってなかったかな?」


 ちょっと状況が飲み込めない。引田先生がレインを美術部に勧誘してるのは知ってるけど。


「彼が休んでしまったのは僕のせいじゃないといいんだけど」


「えええ!?」


 私のすっとんきょうな叫びを聞いて担任の先生も目を丸くする。


「どういうことですか? まさか、引田先生、宇江須うえすにしつこく勧誘でもしたんですか?」


「そうじゃないよ。ただ、彼は僕のもう一つの職業に見当がついてしまってショックを受けたのかもしれないと思ってね」


「引田先生。本職は休業なさってるんじゃ?」


「そうですよ。今は動画配信をやっているんです。あくまで副業みたいな形なんですけどね。まあ、つまらないユーチューバーみたいなものです」


 なんだ、先生ユーチュブ配信してるんだ。美術の創作を配信でもしているのかな。それとも英語の勉強とか? なんにしても、それがどうしてレインが休んだ理由になるのか分からないけど。


宇江須うえす君に今後とも配信楽しんで見てねって伝えてくれると嬉しいな」と、引田先生はにっこり微笑んだ。ところが、この配信、後で分かったんだけど普通の教育ものの配信じゃなかった。

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