第8話
さっきまで一階の玄関前にいたはずの――すみこがいない。肩までのボブカットの黒髪のあいつが見当たらない。目を離したのは数分のはず。俺としたことが。何かあったんだ。すみこが一人で家に帰ったとは考えにくい。携帯にコールしてみたが駄目だ。
二階の窓際まで近寄って調べたってのに、結局何も見つからなかった。収穫はなし。人の気配も一切しなかった。窓にも鍵がかかっていたしな。
あの女が一人暮らしなのは違いねえよ。証拠なんか必要ない。すみこが消えた今、あの女が危険人物であることが分かっただけで十分だ。どうする? 警察に通報するか? でも何て説明する? 住居侵入したのは俺達の方だ。
「そうか、匿名でかけてみるか」
一か八かだった。
「もしもし」
例の白い家から離れてロエリの家の塀にもたれる。無意識にロエリの家に逃げて来た。俺、なにしてるんだろう。中に入れてもらって身を隠そうとも思ったが、そうするとロエリに迷惑がかかる。
「はい、こちら110番〇〇警察署です」
「あの、女の子が白い家に連れ込まれて」
もちろん嘘だ。嘘だと信じたい。きっと、ふらっとロエリの家から出てきたりしないだろうか。ロエリの家は二階だけ電気が点いている。
「状況を詳しく教えて下さい」
ああ、じれったい。住所も何もかも分かってるのに、俺は匿名で電話をかけている。だけど、声で未成年だとバレるだろうし、いたずら電話に間違われてもおかしくない。だけど、伝えられることは住所だけだ。目撃したわけじゃない。
「いや、たまたま通りかかったときに見たんだ」
こうなったら嘘をとことんでっちあげてやる。すみこを見つけるためなら警察に嘘の一つや二つついたってかまわないだろう。
「防犯ブザーも聞いた。白い家に住む女が無理やり女の子を家につれこんだんだ!」
全部嘘だけど、あの女ならやりかねない。女一人で大きな家に住み、物置には物騒なものもあった。
でっちあげの通報にも関わらず、女の子が一人消えたことについては詳しく知りたいとのことでパトカーが来てくれることになった。俺が直接話すべきかどうか悩んだ。通報したからには話さないといけない。だけど、パトカーが女の家に入って行くまでは隠れていることにした。俺が先にお巡りさんに嘘の通報をしたと見抜かれたら、俺がお咎めを食らって、女の調査はしないだろうから。
サイレンが遠くで聞こえた。来た! あっという間に女の家の前に止まる。俺の背後の庭の奥、ロエリの家の玄関に明かりが灯ってガラガラと引き戸の開く音がする。
「え。ロエリ? 何で出てくんだ?」
「レイン!? こんなところで何してるの? うちの前にパトカーが止まったのかと思って。うちじゃなくてよかったー。でも、あの女の人の家の前に止まってるの? お母さんに報告してくるけど、中入る?」
ロエリのピンクのパジャマ。無名なキャラが柄になって踊っている。可愛いと言えばかわいい、ダサイと言えばダサイそんな典型的なパジャマ。それが、ロエリが身に着けるとなんだかギャップで面白い。
「待てロエリ。ここで見張りをさせてくれよ。すみこがやばいんだって」
「え? すみちゃんに何かあったの? レイン、二人で何かしてたの? どうして私に言わないの? こんな近くまで来てたなら」
「そ、そりゃ言えるわけねえだろ。今日、二回目だぞ」
「え、じゃあまだあの件でこんな時間までここをうろついてたの?」
「しーっ。お巡りに気づかれるなよ」
「ちょ、ほんとどういうことなの?」
ロエリを門扉の方へ押しやる。俺もそこから入り込んで外塀の内側に身を潜める。
「俺が通報したんだ。すみこが消えたからな。あの女の家の庭に入り込んでいたときに」
「ええええええええ」
「大声出すな」
警察の呼び出しで
「あんなあからさまな。首にタオルまで巻いてやがる」
「でも、マスクはちゃんとつけてるね」
「まあ、コロナだからな」
警察も当然マスクだ。
「あの女、本当に口裂け女だったりするのか?」
「え、そうなの?」
「俺たちが調査に来たら、これだぞ? 特に、俺よりも口裂け女を信じていたすみこが消えた。あの女、口裂け女の話題にも否定せずに乗ってきたしな。煽ってきやがるんだよ」
「へー、今どきの口裂け女って煽ってくるんだ」
ロエリ、ちょっと黙ってて欲しい。顔に苛立ちが出たせいか、ロエリは一歩下がって俺に心配そうな目を向ける。
「お巡りさんはなんて?」
「来るってだけだ。あー駄目だなこりゃ。あの女、家に警察を招き入れてる。警察は一人では行動しないからな。二人で中に入って何も見つからずに出て来られたら、そのまま引き上げると思うぞ……」
実際そうだった。俺の虚偽の通報じゃ、できることはこの程度。すみこはこの日を境に姿を消した……。
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