第15話
一度も振り返らずに脇腹が痛くなるまで走った。引田先生は逃げ足が速すぎて見失った。
「あの、クソティーチャー! 自分だけ逃げやがった」
「はぁっはぁっ……先生あっという間にいなくなった。先生の方が幽霊みたい。も、もう追ってきてないよね、口裂け女」
人通りは少ないけれど団地の近くに来た。ここなら、いつでも駆け込んで助けを求めることもできる。
「見当たらないが、あいつら四人だぞ? これからどうする? あいつら増えるし、これからも増やすつもりだ」
脳裏に不安がよぎる。この町の人が一人ずつ順番に口裂け女になっていったら。小さな町だから、一日で全滅もあり得る。何しにこの町へ? ほんとにこの土地を買うの? いや、買わなくても口裂け女たちの支配下に置かれちゃうんじゃ?
「ほんとにお化け屋敷にするためにこの町にやってきた? 私達が全滅したらそうなるよね?」馬鹿みたいな話だけどね。
「かもな。今じゃ口裂け女なんて誰も信じない。それか、お化け屋敷に本物を出してリアルで本物みたいと話題にして金儲けかもな。たまに腹が減ったら客を食うと」
「ちょ、冗談やめてよ」
「ほんとうかもしれないって言ってんだよ。稼いで同時に殺しもできる」
「そんなことするかな?」
「ロエリ、これは事件だ」
「そうだけど。こんなの誰も信じてくれないよ? コロナだもん」
「……だよな。PCR検査しても口裂け女だって分からないかもしれねぇよな。鼻から突っ込まれるんだぜ?」
曽音田美杏は常に口が裂けているわけではないから、誰かに証明するのは難しい。リーダーが白い口裂け女で、今はすみちゃんのお母さんか。すみちゃんのお母さんを倒すわけにいかないじゃん。やっぱり通報する? だめだめ、これ以上お巡りさんを口裂け男に感染させたらそれこそおしまい。でも、この状況を知っているのは私達だけ。こんなの無理ゲーだよぉぉぉ。
「ポマードは効かないんだよね。だけど、べっこう飴は大好き? であってる?」
「まあ、そうだけど」
「ほかにも弱点がないか聞いてみようよ」
「誰に? エースは真っ先に逃げちまったぞ」
「そうだけど。先生っていうか、怪人キラードSならファンがいるでしょ? お便りコーナーを使ってファンに相談するの」
「えー、あいつのお便りコーナーかよ。幽霊を信じてるヤバイ奴らが全国から来ちまうぞ!?」
「幽霊を信じるか信じないかは重要じゃないよ。それに、霊感ある人とない人で全然違うんだから、そういう人たちを馬鹿にしないの。みんな純粋に怖い話とか都市伝説を楽しみたいんだよ」
「ロエリだって信じてないくせに。よく言うよなあ」
「私は霊感がないから。でも、信じてる人の意見は尊重する」
どうだかなとぼやくレインをしり目に私達は家路に着く。背後をときどき気にしながら。
家に帰っても眠れなかったんだけどね。何を信じていいのか分からない。曽音田美杏は隣の家なんだから。ときどき怖くなって窓から隣を見る。カーテンは閉め切られていて中は見えない。やっぱり怖い。換気のために窓を開けるでしょ? 今はコロナなんだから。換気扇だけじゃ空気の入れ替えできないよ。何時間も閉め切ってさ。カーテンの揺らめきすらないし。ずっと閉め切ってるのは私が覗くから?
お母さんに
「どうしたの? 最近物騒なのに夜遊びに行って。勉強しなさいとか言いたくないのよ? 分かってるでしょ?」
「うん。最近、色々あったから気が散っちゃって」
「ああ、友達のすみこちゃんの件ね。だから余計によ。こういうときこそ、むやみに動くものじゃないでしょう。先生からすみちゃんに何かしてあげてって言われた?」
「言われてない」
「じゃあ、ほっときなさい。あんたも外出するときぐらい一言言ってから出て行ってよ? 危ないんだから」
うーん。こんな調子だから言いそびれちゃった。
「ま、待って。あのさ。隣の人なんだけど」
私、何を怖がっているんだろう。
「あの人と話してたよね?」
お母さんはああと、思い出すなり満面の笑みを浮かべる。
「ゴディバのチョコをもらったのよ。冷蔵庫で冷やしてるから夜食に食べてもいいわよ。小さい皿に入れてる方ね。残りはお世話になってる町内会長にあげちゃうから」
そうか、お母さんは
「……はーい。小さい方食べるー」
ってのんきに返事しちゃった。私の馬鹿。
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