第2話
すみちゃん、唐突過ぎない?
「どういうこと? ね、ねえ。すみちゃん。まじめに言ってる?」
「一つ確かなのは、トイレの花子さんじゃないってことやわ」
「それは分かるけど。学校じゃないし」
花子さんでも出られたら怖いけどね。うちの学校は三階のトイレに出るって噂。昼間や夕方は出ないらしいから、一体誰が目撃したんだろうね? 見た人がいないのに噂が流れるのって不思議。
「バカじゃね?」
ほら、レインに鼻で笑われてるよ。特に、私。何で私!?
「ロエリ、何まともに聞いてんの?」
「げっ。だ、だって怖いじゃん。口裂け女がほんとにいたら、怖いじゃん!」
「レインが笑うのはしゃーない思うんやけど。目撃情報の白いコートの女性って口裂け女の特徴と一緒なんよ」
「そうなんだ。口裂け女ってそういえば、赤い服じゃないかな? お化けって花子さんもそうだけど赤い服好きだよね」
すみちゃんは首を振る。
「口裂け女はな、赤いトレンチコートが有名やねんけど、ほかにも色んな色の服を着んねん。それに、プリントに書いてへんけど、この不審者は白のハイヒールも履いてる思うわ」
レインはあからさまに声を出して笑う。
「そりゃ推測だろ? まあ服装は統一した方がいいだろうけどな」
「うち、先生にニュースのこと聞いてみてんよ。そしたらな、その不審者はマスクもしてたって」
「そりゃそうだろ。今、コロナなんだから」
私は納得する。そっか、私たちもみんなしてるし。
コロナ禍でマスクしてない人の方が怖いって。
「でもさ、どうして先生はマスクのこと知ってるの。すみちゃん」
「先生はネットの掲示板見てんねんて」
あの先生、またネットに入りびたりなんだ。担任の先生じゃないんだけどさ。
「ま、ロエリに何かあったら美術部行くわ」
美術部の顧問教師は、大のオカルト好きで有名。学校の先生じゃなくて部活のためだけに来校する外部の先生だ。いわゆる非常勤講師。
私の家が見えて来た。田んぼと家が交互に現れるような道に、どかっと松の木が植わった大きな屋敷が私の家。みんな、「屋敷」って呼ぶけど大したことない。玄関から門扉まで数メートル距離があって、トラック一台が止められるような庭があるだけ。松の木は枯れかかった太いのが一本あるだけ。外塀は今の建築基準法じゃ引っかかるんじゃないかってぐらい、私の背丈より高い。南向きに門がある私の家まで道は一直線に伸びている。私の家から見て右、東向きに立っている白い家が空き家。その前に道を塞ぐように大型トラックが止まっている。
「ねえ、白い車ってこれのことじゃないよね?」
車一台しか通れない細い道に停めちゃって! ムカついて隣の家を見ると灯りが点いている。部屋の中から大きなものを運んでいるような音がする。
「まさか、隣に誰か住むの?」
「嘘やん。白い車なくなってるやん」
すみちゃんトラックの脇を抜ける。引っ越し業者のトラックっぽいけれど、業者名は書かれていない。個人でこの大きさのトラックって借りれるのかなぁ? 大人なら簡単なのかも。
私もすみちゃんの後に続く。ここ何年も誰も住まなかった大きな白い家。私の家がお屋敷だとすると、こっちは同じ大きさでも、近代的。セキスイハイムっぽい! ただ、庭には松の木があって誰も庭の手入れをしないから、雑草のセイタカアワダチソウで埋まっている。私の家がおじいちゃんおばあちゃんの家っぽいのに、こっちのセキスイハイムっぽい家の方が色が剥げてて古臭く感じる不思議。
「誰が住むんだろう。こんなに大きい家に」
大家族じゃないと部屋が余りそう。
庭の奥から引っ越し業者らしき人が引き上げて行った。業者かな? 黒づくめで、どこにも引っ越しの文字が書かれていない。個人で仲のいい恰幅の言いお兄ちゃんを雇った?
「よかったじゃん。隣に人が住んでくれたら不審者もロエリを狙いにくい」
「なんで私が狙われることになってるのよ」
レインはニヤニヤしている。
「うーん。金持ちそうだから」
「ちょ、家はでかくても何にもないんだから。土地もどんどん安くなってるし」
「んー、じゃあ、お前が美味しそうだから」
「なんでそうなるのよ! わ、私太ってなんかないよ」
待ちーやとすみちゃんが割って入る。
「ロエリちゃん、レインは可愛いって言いたいんや」
「ちょ、余計なこと言うな!」
レインが慌てふためく。なんだ、ただの照れ屋か。帰ったらご飯前に体重測っとこう。
「まあ、人が住んでくれるなら安心かな。ここまで二人ともありがとう」
「おう」
「ちょっと待ってえや」
すみちゃんが私の手をつかむ。じとっと湿っている。緊張してるのかな。
すみちゃんの目線の先、私の家だ。門扉で誰かが私のお母さんと話し込んでいる。お母さんは「こんなに頂いていいんですか?」と、その女性にお礼を言っている。
その女性の髪は腰まで長いストレートヘアー。更に目立つ赤のトレンチコート。同色のハイヒール。
「今後、またお会いすることもあると思いますわ。荷物は全部部屋に運び込んでもらったんですけどね。白い家は汚れが目立ちますから。内装も模様替えで忙しくなりますので、しばらくは業者の出入りが増えると思います。だから、今みたいにトラックが道を塞ぐなんてことが続いたらごめんなさいね」
お母さんは何度も立ち話はなんですからと、中へ案内しようとしていたみたい。
話し終えたその女は私たちにマスク姿で笑いかける。
「こんばんは。あら、あなたここのお嬢さん? ちょうどよかったわ。お母さんにお会いしてね。隣に引っ越ししてきたの。
「あ、はい」
握手した方がいいのかなと思って手を出すと、私を遮ってすみちゃんが握手した。
「よろしくお願いします」
その女の人はいたって普通の女性だった。にっこり目元をほころばせると涙袋がはっきりと浮かび上がる。柳のようにきれいな眉。マスクを押し上げる高い鼻。日本人じゃないみたいな美人。
一度も振り返ることなく白い家に入って行った。あ、あのOLともホステスとも分からぬミステリアスな人がお隣さん?
「ちょっと、すみちゃんどうして挨拶させてくれなかったの?」
「ロエリちゃんが隣に住んでるんやって、知らせる必要ないやん?」
困惑する私をよそに、レインは腹を抱えて笑う。
「普通の姉ちゃんだったじゃん。ま、確かに髪の毛は長すぎだけどな。ありゃ、風呂に入ったりトイレ行くとき邪魔だろうな」
一人でツボにハマって悶えているレイン。
「もう、変な想像やめてよ」
すみちゃんは眉間にしわを寄せている。
あの女の人(
「すみちゃん。心配しなくてもいいよ。口裂け女って、あんなに普通の挨拶する?」
「口裂け女も人間社会を学んだんかもな」
「いやいや、すみ子。ああ、あれは普通じゃなかった。なんていうか大人の色気ムンムンだった」
レインは顎に手を当ててさも謎だという風に頷いて見せる。
「あんただけ、どこ見てんねんな」
ちょっと、すみちゃんがキレ気味……。まあ、レインの言おうとしていることは分からなくもないけど。年は二十代後半から三十? ぐらいに見えた。鼻が少し尖っていて、輪郭も鋭角的だからちょっときつい感じの印象を与える。職場で幅を利かせていそうな予感。
「ああいう人のことを言うんだろうな。『妖艶』って」
「レインのヨウエンの使い方間違ってへん? エロいって意味ちゃうで?」
あきれ顔のすみちゃん。ため息をついたと思ったら、私に指を突き出す。
「また、調べに来たるわ」
レインが肩をすくめる。私も口裂け女なんて信じてなかったけれど、すみちゃんと会うのが楽しいから「うん」と笑った。このことが、後で大変な事態を引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。
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