第3話

 集団下校は次の日も、また次の日も続いた。真夏日が減り、北風がやってきてトレンチコートを着る人が増えて来た。


 学校では突然ブームになった怪人キラードSの話題で持ちきりだった。心霊ユーチューバーだ。


 朝、全校集会を終えて教室に戻るときに携帯の持ち込みをして没収された生徒が言っていた。「怪人キラードSなら集団下校は馬鹿らしいって言うよ」と。


 一限目を終えた後にも、何人かの女の子に誘われた。


「怪人キラードSの挑戦状って知ってる?」


 私が首を振るとその子たちは標的をすみちゃんに変えた。すみちゃんの食いつきはすごかった。一体なんだろう。そう思いつつ、あんなにクラスの大勢に取り囲まれるすみちゃんを見ているとちょっと羨ましくもあった。


「くだらね」


 レインは私にあいつらにかまうなと言いたいんだ。


「ねえ、挑戦状って?」


「最近出回ってるユーチューバーの煽り文句だろう? 中身はただの小学生向けなぞなぞだ」


「なぞなぞで、こんなに中学生が盛り上がらないでしょ?」


 レインは私を軽蔑するような目で見てくる。


「たかが炎上系ユーチューバーじゃねえか」


 そう言って、レインはこっそりスマホを見せてくれた。


「校則違反じゃん」


「たまには俺も過ちを犯すようだ……」


「かっこよく言っても意味ないから。ここじゃ目立つから、屋上行こう」


 屋上は私とレインの貸し切り。電波良好。それでは、ユーチューブを見てみようか。


 レインが見せてくれたのは心霊ユーチューバーは「怪人キラードS」という二人組ユニットのようだ。コロナだからか、画面に二人が映ってはいるものの。心霊スポットに行くのは毎回一人で、もう一人はスタジオという名の家で生配信を見守るというもの。現場に行くのが「エース」で、実況という形で解説するのが「ドキラ」。どちらも仮面をしていて怖がっている顔が全然見えない。これの何が面白いんだろう。ちなみに、エースは黒い仮面。ドキラは白い仮面。これだと、彼らに遭遇した人が驚いてしまいそうだ。


「ねえ、どうして携帯持ってきたの?」


 私は動画なんかより、レインが校則を破ったことを心配する。だって、レインは自分の不利益になるようなことはしないから。罰せられる覚悟で持ってきたの? それとも、バレない自信がある?


「親がこんなご時世だから持って行けってな」


「なるほどね。校則も臨機応変に変えたらいいのにね」


「まあ、俺みたいな不真面目な奴が持ってたら、遊んでると思われるんだろうな」


「そんなことないでしょ?」


「どうだかなー」


 そのときは先生に訴えればいいだけなのに。


「それで、さっきのユーチューバーの件だけど、ユーチューバーに興味のない俺のところにも目に入ってきたんだよなぁ」と、レインはぼやく。


「ニュースとか?」


「ニュースになるほどじゃねぇよ。掲示板だ」


「ああ……。ユーチューバーの動画の内容が掲示板で話題になってたの?」


 レインは掲示板のスレッドの無数の書きこみを見せてくれた。


「なになに? 東京某所に怪人キラードS現る。なにこれ」


「犯行予告みたいな書き込みで悪ふざけしてる誰かの書きこみがあるだろ。ほらこれ、十時十五分にお台場。とか」


「これが、何? これと同じ内容の文面が全く違うところから出てきてな。それが、若手二世俳優の新島サトル。つまり、怪人キラードSの正体はイケメン野郎だったってこと」


 なるほど。それで、みんなただのオカルトチャンネルを登録して、熱心に都市伝説を追いかけるようになったのか。


「有名人が関わるとすぐ人気になっちゃうんだね」


「いや」


 レインはニヤニヤ笑っている。


「お前、信じてるのか? あいつら踊らされてるんだよ。誰が仕組んだのか知らないけど。芸能事務所も否定しないのは、このバカ騒ぎに便乗してお互いにwinwinってことにしたいのかもな」


 レインはどうして単純に面白く語れないんだろう。


「え、でも、それだったら面白いじゃん。仮面の人の一人がその新島サトルなんでしょ?」


「芸能人がユーチューブデビューするようになったけどさ。そういうときはたいがい、顔は晒すものだと思うけどな。その方が元々顔が売れている分、視聴者もはじめからつくわけだし」


「それもそっか」


「でも、誰かが怪人キラードSの正体を俳優新島サトルにしたがっている。それは何故か?  メリットがある側はどっちだって考えたら、答えは簡単だ」


 得意げなレイン。ちょっとその誇らしげな顔がむかつく。


「怪人キラードSの「エース」か「ドキラ」のどちらかが、売名目的のために芸能人の名前を使ってるってこと?」


「そゆこと。効果は実際出てるしな。気になるのは芸能事務所が怪人キラードS側に何の訴えも起こさないこと。怪人キラードSが口止め料でも払っているのか」


 なんか、変なの。怪人キラードSが俳優にお金を払ってることになると、目的は何?


「初期投資みたいなもの?」


「それも考えたけど。あるいは怪人キラードSは元々ある程度の金を持っていて、ユーチューブで金儲けすることは全く考えていないとかかな」


 さすが、レイン。でも、待って。怪人キラードSがいまいち何を目的にユーチューブ配信してるのか分からなくなってきた。


 私は快晴の空を見上げる。こんなに空が青いのに、みんな俯いてスマホの心霊映像を観ているなんて。


「挑戦状は


『かおくもぞくう、きょうとう、えんふうでんいけ、いいえしろ、うなみみちゅこっうが、わひろいに』


を見つけ出し、そこから離れるんだ。そこには骨が埋まっている。呪われたくなかったらな」


 え、しょぼくない? ちょー簡単じゃん。


「どうしてこれが流行るのよ。ただの、並び替え問題でしょ?」


「そうそう。解けるか?」


「んー? ちょっと待って真剣に解くね」



『かおくもぞくう→もぞくうかおく???』

『きょうとう→教頭?』

『えんふうでんいけ→池?』

「いいえしろ→城?」

『うなみみちゅこっうが→がっこう?』

『わひろいに→にわひろい?』



「ノート貸してやるよ。口でぶつぶつ言ってても答えなんか出ねーだろ」


「ありがと」


 全部ばらばらにして並び替えるだけ。漢字変換を忘れずにね。



『かおくもぞくう→もくぞうかおく→木造家屋』

『きょうとう→教頭?』

『えんふうでんいけ→でんえんふうけい→田園風景』

『いいえしろ→しろいいえ→白い家』

『うなみみちゅっこうが→みなみちゅうがっこう→南中学校』

『わひろいに→ひろいにわ→広い庭』



「全部、場所を示してる。ロエリ、教頭はないな」


「そっか。じゃあ京都?」


「バーカ。東京だ」


「なるほど」


「それはそうと、いいのかロエリ。この答えに当てはまる場所さ。お前の家も含まれるだろ?」


 まさか、私の家? あ、お隣の白い家もそうかも? ちょっと、待って。それでクラス中騒いでるんだ。


「ったく厄介だよな。どこか具体的に特定できるような情報がない。こんなもの、どこにでもある。こういうのが、近所にあるからこぞって確かめに行く。それが、全国的に似たような怪談とか都市伝説を生むんだろうな」


 私とレインがなぞなぞでもなんでもない問題を解いたところで、すみちゃんが大勢の生徒を引きつれてやってきた。


「なあ、ロエリちゃん。ごめんやねんけど。ロエリちゃんの家の周り、案内してもらってもいい?」


「え、えええ? この人数で?」

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