レッドハードキス~コロナ禍の感染系口裂け女をハントせよ~

影津

第1話

「人死んでたんやろ? ロエリちゃんの家の近くで」


 教室ですみちゃんがバーンて、机に手をついて私の前に陣取った。


「そうなの。私の家の裏だよー。山でおじさんが死んでたって」


 そうは言ったけどなんだか実感が湧かないなー。家の裏って言っても山で、私の家族の所有地じゃないから登らないし。イノシシ怖いから近づかないし。


 私、素戸路すとろロエリは日本人の母と、アメリカ人の父の間に生まれた。父譲りの金髪を後ろで軽くゴムで留めてる。理由はおしゃれとかじゃなくて邪魔だから。目は普通に青い。アメリカの帰国子女だと思われた私が「日本語はペラペラ、英語できなくてごめんって感じ」って転校初日に挨拶して、クラス中をドン引きさせてしまった。ごめんよみんな。ほんとクラスの人気者ポジの夢壊してごめんって。日本って転校生に対するイメージのハードル高すぎ。


「犯人、捕まってへんやろ? さすがにニュースでやってそうやけどな?」


 志度二しどにすみこ。通称すみちゃんは、関西弁で事件のことを聞いてきた。根っからの関西人でクラスでは異質。黒髪ボブカットがかわいい。なのに、かわいさより男子顔負けの負けん気の強さと、誰とでも平等に話す八方美人が祟って、逆にクラスで浮いちゃう不思議な子。


 私もハーフで浮いてるんだけど。


 私の中学校ではスマホの持ち込みは禁止だから、リアルタイムでニュースを見ることができない。早朝見つかった遺体は口元がえぐれていたらしく、クラスのあちこちで話題になっている。耳元に飛び交う意見や、面白半分に怖がる女子たちの悲鳴、ときどき私に注がれる視線にどぎまぎする。


 この事件はどうも他殺の線が強そう。けどこの小さな町で殺人事件なんて起こったら、犯人はだれだれさんの親戚! って指差されちゃうよ!? 警察なんかいらないぐらいのスピードで事件解決しちゃうよ? 石投げられても知らないよ?


「先生、プリント配るやろな。集団下校とかするんかな? もぉーうちら小学生ちゃうねんけどなぁ」


 もう中学二年生になるけど、すみちゃんにそう言われるとちょっと怖くなってきた。


「なあ、関係あるんか分からへんねんけど、ロエリちゃんの家の隣の白い空き家あるやんか? あそこ、最近変な車止まってるやろ?」


「変な車なんかあった?」


「なんで知らんねんなー? ちょー、ロエリちゃんの目と鼻の先やで」


 そう言ってすみちゃんは、顔をくしゃくしゃにすぼめる。怖い怖い。変顔怖いからやめて。


「白い車あったやんか。あそこ誰も住んでへんのに変やって」


 えー、あったかなぁ。朝学校に来るときには見ていないけど。


「じゃ、気ぃつけて帰りや?」


「やめて、怖いからほんとに!」


 念押しされるとなんかよくないことが起こりそう。


「一人で帰らせるわけないやんかー。途中まで方角同じやねんし、ちょっとぐらい寄り道してもかまへんで。それに、集団下校かもしれへんやん」


 すみちゃんの予想通り集団下校に決まり、不審者情報のプリントをもらった。白いコートの女性が目撃されているらしい。最近ちょっと涼しくなってきたから、上着を羽織っている人もいれば半袖の人もいて、服装はまちまちな感じ。別にコートの人だからっておかしくはない。


 日の落ちかけた帰り道。集団だったけど、田んぼをいくつも通過したころには、クラスのみんなとさよならした。今はすみちゃんともう一人、幼馴染の宇江須うえすレインだけ残っている。家が近い者同士残っちゃうから集団下校なんて意味ないと思うんだけどなー。家もけっこうあるから、不審者が出ても、どこかに駆け込めばいいだけだし。こども110番の家もたくさんあるよ?  この辺だけだけど。


 レインは前髪を長く伸ばして自称イケメンを気取っている。本人いわく、髪で前が見えないのがイケメンなのだとか。ユーチューブで見るイケメンとか顔出てない人多いもんね。あと、マスクで隠したり。でも、普通は自分でイケメンなんて言わないから。レインはそこを勘違いしている。お調子者だけど、いつもなんでかクラスの隅っこにいる。根は明るいのにね。


「ほんとにあったのかよ白いワゴン」


 レインがすみちゃんに車をワゴンだと断言して聞いた。私に聞かないのは、まあ、私が知るわけないと思ってるんだろうなぁ。


 まあ、レインは確信したことしか言わないからな。だらしなく見えてクラスの隅にいるのに先生の話は意外によく聞いてて成績もいい。だけど、群れたがらない。だからって大人しい訳でもない。理科の実験とかは先生の説明より先に一人で実験しちゃったりして先生を怒らせてたしね。


「ワゴンやなんて一言も言ってへんわ。なんでレインはそう思うんや」


「死体を運べるから」


「もう、二人ともやめてよ。私の家の隣なんだよ。そんなにびびらせたいの?」


「そりゃ、ロエリ。お前がビビリだから」


 ええええええ。


「誰だって怖いでしょ? お化けだって怖いもん。殺人なんか近くで起きたら怖いよ」


「ロエリちゃん。そんでうち、思うてんけど」


 前を行くすみちゃんが、ふと夕暮れで伸びた私たちの影を踏んで立ち止まった。

影踏みされると呪われるとか死ぬって聞いたことがある。すみちゃんの表情が暗くなって、睨んでいるように見えたから余計に。無言だし。怖い怖い怖い! 


「ひぃっ。すみちゃん、キレてるの?」


「キレてへんわ。いい? ロエリちゃん。まじめに聞いてよ? うち……犯人は口裂け女やと思うねん」

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