◆26 ~ 学徒戦、本戦④

 何分経った?

 いや、もしかしたら何秒なのか?


 時間の感覚を失いながら、ベイリーは落ちそうになる膝を必死にこらえていた。


「おおおおおおッ!」


「ぐ、っ……!」


 繰り出される大剣の一撃は、大振りに見えてまるで隙がない。

 狙いは正確で、繰り出されるフェイントの数々は技巧に満ちている。

 ベイリーは防戦一方――いや、そんな言い方は生ぬるい。もはや、満身創痍、だ。


「よく耐えるな、ベイ――!」


「だから笑うなってんだ、ロイ――!」


 激突する。


 ベイリーの手足は震え、ろくな感覚もない。

 剣が、盾が、握れているのが不思議なくらいだ。もしかしたら、くっついてしまっているんじゃないかと思えるほどに。


 時折歓声が聞こえるのは、仲間たちが戦っているからなのだろう。

 だが戦況がどうなのか、そんなことに注意を裂く余裕などなかった。

 間近に散る剣戟の音が鼓膜を震わせ、意識はもうすぐにでも白く塗りつぶされて消えてしまいそうだ。


 大剣と盾がかち合う。

 圧倒的な膂力。押しつぶされそうな圧力に、全身で耐える。


「あああああああああああぁぁッ!!」


 全身のバネを跳ねさせるように、大剣を押し返す。

 盾の向こうに。

 目を見開く、ロイの姿が見えた。


 瞬間、不可視の暴風、爆撃にも似た風がロイの身体を吹き飛ばす。


「ベイ――!」


 吹き飛ばされる砂埃、その向こうに。

 手を伸ばす青色髪の少女、ミリーの姿があって。


(やったのか……!)


 一瞬の視線の交錯。にやりと笑う彼女に、確信する。


「おおおおおおおッ!!」


 空中に飛び出したゴドルが、大斧を振り下ろす。

 吹き飛ばされたロイが咄嗟に頭上に大剣を構え、そして重量級の両者が激突した。


「大丈夫ですか、ベイリーさん……!?」


「ああ、どうにかね」


 アルネラに助け起こされ、こくりと頷く。

 ミリーも、アルネラも、傷と埃にまみれていた。


「すみません、予想以上に手こずって……」


「いや、十分だ」


 恐らく、想定以上の激戦だったのだろう。だがそれを制し、こうして駆け付けてくれた。

 あとは、ロイを倒すだけ。そう思って、ベイリーは視線を起こし――そして凍り付いた。


 彼が眼前に捉えたのは、ゴドルとロイによる接近戦。

 ゴドルは、ロイのガードの上から猛ラッシュを仕掛けていた。ロイは防戦一方……傍目には、そう見えたかもしれない。

 しかし、ベイリーは気づいた。

 ロイの目が、何かを狙っていることに。


「ゴドル――!」


 その叫びは、しかし遅かった。

 一瞬の間隙。バネのように跳ね上がったロイの大剣は、ゴドルの身体を吹き飛ばす。

 そして。

 脇に引いた大剣に――圧倒的な錬気。


「おおおおおおおおおおおッ!!」


「しまっ――」


 一閃。

 放たれた突きは風となって渦を巻く。

 その渦は、虚空を捻じ曲げ、石床を粉々に粉砕し――ゴドルと、その直線状に居たミリーを吹き飛ばした。


 鳴り響いたレッドアラート。

 ゴドルとミリーは、まるで重なるように倒れ伏す。


(こんな隠し玉が……!)


 恐らくは奥の手。ロイ自身も消耗が激しく、何度も使える技ではないだろう。しかしその一手で、完全に状況が変わってしまった。

 目まぐるしく変わる状況に観客は歓声を上げ、ベイリーは冷や汗を流す。


「……ふう」


 立ち上がり、そして息を吐く。

 ゆっくりと歩いてくるロイを、再び視界に。


「ベイリーさん……」


「行ってくる」


 心配そうな顔をするアルネラの肩を叩き、前へ。

 リングの中央で――最初と同じように、向かい合う。


「……もうここまでだ。ベイ」


 ぽつりと、ロイが言葉を溢した。


「もう勝負はついた。だから――」


「だから降参しろ? 冗談やめろよ、ロイ」


 ベイリーは、ただ笑う。


(知ってるよ、ロイ)


 俺が、お前より弱いなんていうことは、とっくに。


 ……天才というやつが、本当は、嫌いだった。

 リングの外で、かつての親友を見るたびに、傷から血があふれて……その血が燃えて、熱くて、苦しくて。


 イリア・オーランド。シグルド・ユグノール。リオ・ランペルツ。後輩たちは誰も彼も、自分など到底及ばない天才ばかり。

 なぜ、自分はそうではないのだろう。

 なぜ、自分は強くなれないのだろう。


 努力ならした。死ぬほどやった。これで負けたって後悔なんてない、そう思うほどにやった。


 それでも、勝てなかった。


 何度、唇を噛みしめたか分からない。

 何度、自分の本心を必死に閉じこめて、後輩たちに笑いかけたかも。

 どれが本心で、どれが本当の自分かも分からなくなるほどに……何度も、何度も、何度もだ。


(何が、負けても後悔がないだ)


 努力は美しいだなんて、俺は頑張っただなんて、そんな言葉で塗り替えられるほど、この悔しさは嘘じゃない。

 ベイリーは思い浮かべる。チームのメンバーたちを。

 見事にバラバラで、どいつもこいつも主張が強くて……でも全員、想いは同じだった。


「勝ちたい。勝ちたいんだよ。俺たちは天才じゃないから……」


 だから、紛うことなく信じられる。本物の戦友だって胸を張れる。

 何も持たない、凡人の俺たちが手に出来た唯一のものだから。


 だから。

 ここで膝をつくなんて、出来ない。


「一騎討ちといこうか、ロイ・ベルムス……!」


 震えが、止まる。

 もはや満身創痍。それでもなお、震えることなく、剣を突きつけたベイリーに、ロイはもはや笑みはない。

 ただ、己の大剣を構える。


 そして、


「うおおおおおおおおッ!!」


「ああああああああぁッ!!」


 戦技大会集団戦、後に事実上の決勝と呼ばれた戦いの、終盤戦。

 そのはじまりは、己の魂を差し出すような二人の叫びだった。


 ぶつかりあう二つの影。

 優勢は――やはりというべきか、ロイ・ベルムス。

 二人の実力の差は、はた目にも明らかだった。ベイリーが食らいついているのはただ気力に過ぎない。

 その均衡は、すぐに破られる。誰もが、そう思っていた。


 ――を知る者を除いて。



 ヴィスキネル士官学院、集団戦メンバーの四人。

 その中で一人、もしも切り札を選ぶとしたら、一体誰だろうか。


 攻防ともに卓越したリーダー、ベイリー・グレンデマンか。

 切り札たる魔術を持つ、ミリー・アレンセンか。

 あるいは剛力無双、前線で暴れ回る、ゴドル・ヴォルドか。


 否。否である。

 ――彼らにとっての切り札。

 これまで一度も切らなかった切り札は、たった一人ひとつ


「なッ――!」


 ロイは、目を見開いた。

 いつの間にか、唐突に、目の前にが出現していたのだ。


 アルネラ・ディルモント――。

 弓を構えた彼女が、真っすぐに、ロイを見つめていた。

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