◆25 ~ 学徒戦、本戦③
学徒集団戦。
そのルールは非常にシンプルである。
四人対四人。獲物は自由、魔術の仕様もOK。ただし、リーダーが倒れた時点で試合終了とする。
そんなシンプルなルールであるが、学徒戦の中でも非常に人気が高いのが、この集団戦である。
戦術も多種多様。リーダー狙いで一点突破する戦術もあれば、それを逆手にとって包囲撃破する戦術もある。陣形は秒刻みで変化し、散開、包囲、各個撃破――乱れ飛ぶ魔術、縦横無尽に駆ける戦士たち。
その迫力は、なるほど、これは人気が出るなと納得できるものだ。
「ついに、この日が来た」
石畳で作られたリングフィールドの中央。
向かいあったロイにそう告げられて「ああ」とベイリーは告げた。
学徒集団戦、第五戦。
集団戦は
ヴィスキネル士官学院と帝大練兵科、ここまでの戦績は互いに四勝〇敗。
この二つのチームは、今年出場するチームの中で、明らかに図抜けていた。
観戦者たちの興奮は、まさに今、頂点に達しようとしていた。
この戦いが事実上の決勝であることを誰もが悟っていたから。
今か今かと、誰もが開始のゴングを渇望する。
その熱を、リングの中央で感じながら。
ベイリーは、気がつけば口を開いていた。
「覚えてるか、ロイ。あの約束」
「ああ……忘れるわけがない」
……かつて、ベイリーは――器用な子供だった。
幼い頃から、やれば何だって出来たように思う。いつも人の輪の中にいて、子供たちにとってのリーダーだった。
その一方で、ロイは不器用で、いつもおどおどしていて……誰かの視線を気にしてばかり。
最初は、同情だったのかもしれない。
いつも一人で寂しそうにしていた彼を見過ごせなかった。ただそれだけ。
だがいつしか、自然と親友と呼べる仲になっていた。それは、まるで磁石の双極のように。
そんな二人にとって、幼い頃に見た、この帝都戦技大会が憧れだった。
――いつか必ず本戦のリングで戦おう、と。そう誓った。
だが……。
「俺は天才じゃなかったよ、ロイ。ここに来るのに、四年もかかった」
一方は王者と謳われ、もう一方は、まるで日の目を見ることのない日々。
底辺から見た友の輝かしさは、無力さと、惨めさと、情けなさを、ただベイリーに突きつけ続けた。
それでも。それでも、今。
俺たちはここに立っている。
「両者、構えを」
審判に促され、互いに武器を抜く。
ベイリーは片手剣を、ロイは大剣を、互いに天に向かって交差させた。
これは集団戦における開戦前の儀式であり、同時に、誰がリーダーであるかを明らかにするものでもある。
拍手が降り注ぎ、しばらくして、互いに武器を下ろした。背を向け、お互いのチームメイトのところに帰っていく。
それは、まるで凪のような静寂。
これから訪れる激しい嵐を、予感させるような。
◆ ◇ ◆
『これより、集団戦第五節、第二戦をこれより開始します!』
鳴り響くカウントダウン。
それがゼロになり、ブザーが鳴り響くと同時、
「おおおおおおッ――!」
ロイの裂帛の気合をこめた雄叫びが、空を切り裂いた。
開幕直後、ロイが真っすぐに突進する。それは全速力の自動車に匹敵するスピードだ。もしも直撃すれば、一発でノックアウトもありうる。
集団戦の決着は、主に二パターンある。
大将を倒すか、周囲を倒すか。
特に後衛――魔術士をいかに潰すかというのは、集団戦における肝と言える。
魔術は強力だが、発動、つまり術式の完成までに時間を要する。中にはタイムラグなしに強力な魔術を撃つバケモノがいるが、そんなものは例外中の例外。
それゆえ、魔術士は近寄られると弱い、というのが常識だ。もちろん魔術も剣も出来るのが理想とはいえ、両方を極めるというのは簡単な話ではない。
特に、魔術だけを探求し、極めた者のそれは、まさに一撃で状況をひっくり返す切り札だ。
帝大は圧倒的エースで敵の陣形を崩し、そこに後衛からの怒涛の追撃を加えるという、超攻撃的スタイル。ロイ・ベルムスという絶対的エースを有しているからこそ可能な陣形といえた。
それを迎え撃ったのは――まさしく嵐のような弾幕だった。
「ぬっ……!?」
ロイがわずかに目を見開く。
飛来する魔術はどれも小粒、しかし物量が生半可なものではない。
恐らく一人ではない。複数人、いや全員で魔術を使い、弾幕を張っているのだ。
使用されるのは非常にシンプルな術式で、大した技術など必要ない。ガトリングガンのごとく吐き出される魔術の弾幕は、石畳を穿ち、大量の砂煙を舞いあげて――
「ぬるい!!」
しかし、ロイはまるで蠅を払うように、錬気で強化した肉体のまま突進する。当然被弾しはするものの、かすり傷ひとつすらもつけられない。
こんな小規模の魔術で、彼の装甲を突破することはまず不可能。
だが――
「ぬるいのはお前だぜ、ロイ!」
舞い上がった砂埃の中から、盾を構えたベイリーが飛び出し、突進するロイと激突した。
「っ……らぁッ!」
結果は――互いに弾き飛ばされ、相殺。
衝撃による大音量が、会場を揺らした。
「やるな……!」
「これぐらいやれないと、あの人の訓練は生き残れないんでね!」
冷や汗を隠しながら、ベイリーは笑う。
突進を防いだだけで手が痺れている。冗談じみた威力だと。
不意に、ロイが周囲に目を走らせる。舞い上がったままの砂埃に。
「これは……まさか」
はっとして、ロイは背後に目線を向ける――だが、その瞬間。
ベイリーが、一瞬でロイの懐にまで踏み込んでいた。
眼下から首元に放たれた突き。かろうじて避けながらも、ロイは一歩後退せざるを得ない。
「なるほど……分断か!」
「さすがに気づくか」
にっと、ベイリーは笑みを浮かべる。
砂埃は未だ晴れない。この砂埃が魔術で維持された煙幕であることは、もはや明白だった。
「あの魔術の連打は、足止めに見えて、その実煙幕を作るための布石というわけか」
ベイリーたちの狙いは、前衛と後衛の分断。ロイを足止めし、その間に後衛を叩く。強力な一騎に対するとき、その援護を叩き、包囲するという常道戦略。
見事に釣られたわけだ、とロイは苦笑する。
実際に、煙幕のおかげで後衛の状況がつかめない。後衛からロイを援護することは不可能だ。
そして――
「後ろには行かせねぇよ、ロイ」
「……なるほど」
ベイリーには、最初から確信があった。
帝大練兵科のチームが、ロイのワンマンであることを。
そして信じている。ベイリーが時間を稼ぐ間に、仲間たちが後衛を倒すことを。
「俺を、一人で足止めすると?」
「ああ」
答えながら、ベイリーは、背筋が震えるのを抑えられなかった。
一昨年――二回生の時は、代表にさえ選ばれなかった。
去年――三回生になってようやく参加して、そして予選で負けた。
そして二年間、全国本戦で戦うロイを、リングの外で見てきた。
かつての親友で、そして今は王者と呼ばれる――遠い存在となってしまった、かつての友を。
何度、そのことに唇を噛みしめただろう。
「面白い……!!」
ロイが、凶相じみた笑みを顔に浮かべ、大剣を構える。
一部の隙もない構え。ああ、見ただけで分かると、ベイリーは苦笑した。
――自分は、この男よりも弱いと。
(だから、そんな笑みを向けるなよ)
やっと約束が果たせるなんて、そんな風に胸を張れない。
本当は怖くて仕方がない。
だけど。
「来い、ロイ・ベルムス……!」
剣と盾を構え、ベイリーは吠えた。
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