◆27 ~ 学徒戦、本戦⑤
弓という武器は、現代において、ほとんど使われる武器ではない。
銃が世に現れて以降、静粛性という一点を除けば、その性能は完全に下位互換と言えるからだ。
しかしディルモント家は、その潮流の最中にあってなお、実戦弓術として弓を伝える一族である。
操弓術。魔術を用いて矢を曲げ、飛ばし、時に砲弾のごとき威力をも実現する。
アルネラ・ディルモントはその三女として生まれた――落ちこぼれとして。
弓は好きだった。けれど、魔術の才能がなかった。だから、操弓術にとって重要な威力を出すことが出来ない。これぐらいなら銃を使ったほうがマシだと、そう言われてきた。
いつだって、成績は及第点ギリギリ。転科を勧められたことも、一度や二度ではない。
……そんな彼女を見出したのは、ある日学院に赴任してきた、一人の剣技教官だった。
『やっぱり、思った通り。君の目と弓は、十分に実戦で通用する』
彼は、さも『拾い物を見つけた』という顔をして……気がつけば、アルネラは集団戦のチーム入りをしていた。
まったくもって、ありえない。
本来、出場選手の選出は、学内で開かれる参考会を通して行われる。当然というか、彼女の成績は最底辺。大会に出られるはずがない。
だがいつの間にか、メンバー入りが決定していて。
断ろうと思った。けれど、彼は言ったのだ。『自分の、いや、自分の弓の可能性を、見てみたくはないのか』と。
弓を撃つのは、ずっと好きだった。それだけが彼女にとっての取り柄でもあった。才能があればと、悔やんだことがないとは言えない。
そうして実現した、集団戦のチーム入りだったけれど……前途は多難で。
「アンタねぇ、言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「えっと……そのぅ……」
それは、いつもの光景。
仁王立ちするミリーに、アルネラは何も言えずに黙り込む。
だが大抵の場合、そういう時は――
「おいおい、それじゃ脅してるみたいだろ。――アルネラ、俺たちはチームだから、何か意見あれば遠慮せずに言ってくれ、と彼女は言ってるんだ……と、思う」
そう言って、ベイリーがフォローする。
だがフォローした後も、アルネラはおどおどするばかりで、そんな彼女にミリーは「ふんっ」と顔を背けて去ってしまう。
それが、彼女たちの日常。
だが、居心地が悪かったのかと聞かれれば――そうではなかったかもと、今では思う。
以前、ミリーに謝ったことがある。迷惑をかけてごめんなさいと。
その時の彼女は、まるで呆れたようにため息を吐いて――
「迷惑って、何を?」
「そ、それは……そのう」
「アンタねぇ……。いい? 私からアンタに言えるのは、もっと自信を持ちなさいってことよ」
「じ、自信……?」
「そうよ。アンタ、自分で自信も持てない弓でアタシたちを援護するつもり? それこそ迷惑よ。自信を持てないっていうなら、一本でも多く弓を引きなさい。アンタが、アンタの役目を全うできるまでね」
本番でトチったら承知しないから、と顔を背け、去っていく彼女の背に……私は気づいた。
ミリーは、自分を天才だという言うけれど。
でも、彼女が努力を欠かした姿は、一度も見たことがない。
――仲間とは、友ではない。
ただ情ではなく。共に戦い、競い、時にぶつかり合うから、信じられる。
その人の努力を、苦しみを、辛さを、知っているから。
だから弓を引いた。一矢でも多く。自分自身の役割を果たせるように。
大会直前、ミリーは言った。「頼むわよ」と。
だから――。
(どうか、届いて……ッ)
祈るように、弓を引く。
その矢は、まるで導かれるように――ロイの目へと飛来する。
◆ ◇ ◆
「馬鹿な……!」
的確に飛来する矢に、ロイが驚愕する。
その驚愕も当然のことだ。
気術で強化された戦士の身体能力は、常人をはるかに凌ぐ。彼らの近接戦闘領域に、外から射撃で援護するなど正気の沙汰ではない。
どれほど訓練を積んでも、
だがベイリーも、そしてアルネラも、それを一切考慮にいれていない。
(いや、いれる必要がないと……!?)
それは、あまりにも異常なことだった。
圧倒的な射撃精度。
それを可能とする――アルネラ・ディルモントの『目』。
彼女のそれは、誰も知らない才能だった。集団戦の出場メンバーを相談された、ある一人の剣技教官が見出すまでは。
「ぬっ――!」
ロイは咄嗟の判断で攻撃を中断し、顔を逸らして避ける。
しかし、それは隙だ。極小の回避、最善のリカバリー、それをもってなお、ベイリーが付け入るべき隙。
盾と剣、そして矢による波状攻撃。それが、彼らの切り札。ロイ・ベルムスを倒すための。
そしてそれは、ロイの不意を衝いたがゆえでもある。無論、油断をしていたわけではない。ベイリーの告げた『一騎討ち』という言葉が、彼の心にわずかな間隙を生み出したからだ。
だが――
「ふんッ!!」
「!?」
ロイ・ベルムスの頭突きが、アルネラの放った矢を粉砕した。
◆ ◇ ◆
アルネラが顔を蒼く染める。
気術によって限界まで強化されたロイの肉体は、全身が鋼鉄と言っても過言ではない。
生半な攻撃では貫けない。あるいは銃弾でさえも。
そして、自分の矢にその威力がないことを、彼女は誰よりも知っていた。
じりじりとベイリーが押しこまれていく。
ベイリーが力尽きたとき。アルネラに抗う術がないことは、彼女自身が誰よりも分かっていた。
――負ける?
勝てない?
あんなにも……あんなにも頑張って、それでも。
「い……やだッ」
アルネラの口から、声が漏れた。
それは、普段自分の意見ひとつも語れないアルネラの心がこぼした、小さな本音。
負けたくない。
負けたくない――!
「焦んじゃ……ないわよ――」
それは、空耳だろうか。
――本番でトチったら、承知しないから。
そう言われた気がして。
アルネラは、祈るように弓を引く。
「お願い……」
矢が、放たれる。
「届いて――!」
アルネラの放った矢に、紅い燐光が灯る。
その矢を、正確にはそこに込められた魔力を見て……はっと顔を歪めたロイは咄嗟に回避行動をとる。
だが。
通り過ぎたはずの矢が、曲がる。
紅の矢は、ロイ・ベルムスの背に突き立ち――そして大爆発を起こした。
「本当……世話が焼けるんだから」
ミリー・アレンセン。
気絶して倒れ伏すゴドルの下で、普段の美貌を砂と土に汚しながら、彼女は笑った。
会場中に驚きの波が広がる。
彼女は、ロイの一撃でノックダウンしたのではないのかと。
だが審判は何も言わない。
鳴り響いたレッドアラートは……ゴドルのものだけだった。
いや、正確に言えば。ロイの一撃をゴドルは限界まで受け止めた。ゆえに、ミリーはかろうじて耐えることが出来たのだ。
完全な想定外の奇襲を受け、ロイは致命傷――そう、思われたが。
「まだ、だッ……!」
「だよなァ――!」
爆炎の中から躍り出るロイを、ベイリーが迎え撃つ。
互いに満身創痍。
この激突が最後になることを、お互いが分かっていた。
「ロイ――!」
「ベイィ――!」
交錯する二つの影。
そして――試合終了を告げるブザーと歓声が、会場に轟いた。
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