#22 ~ 意外な再会
エルベンウ多目的競技場。
普段は競馬などが行われる巨大な円形競技場で、毎年の戦技大会が行われる場所である。それが今では、石畳で出来たいくつかのフィールドに分けられていた。
広大な会場ゆえに、各試合の様子は、設置された実況モニターで放映されることになっている。
「もうすぐ始まりますね、先生」
ああ、と頷く。
ユキトの周囲に座る、応援に駆け付けた生徒たちも皆、その顔に緊張を宿して見えた。
会場に応援に駆け付けたのは、全校生徒というわけではない。関係者席といえど確保できたのは三十席。残りの生徒や教師は、帝都のホールや映画館で放映される映像越しの応援だ。
「しかし、予選とはずいぶんスケジュールが違うんだな……」
予選では、学徒戦と一般戦が交互に行われるスケジュールだった。
だが帝都本戦では、一日で学徒戦が終わる。決勝までノンストップだ。
「それはそうですよ。最近は確かに、学徒戦は盛り上がりますけど……歴史としては浅いですから。伝統的に考えると、いわゆる前座です」
「そもそも、人数が少ないのもありますが」
戦技大会予選が行われるのは十六都市、だが学徒戦が行われるのは八都市だ。各予選で選抜されるのは一人ずつだから、いきなりベスト8ということになる。
シェリーさんとイリアさんの解説に「なるほど」と頷き――瞬間、高々と喇叭の音が響き渡った。
音楽が流れ、楽器や旗を持ち、派手な衣装に身を包んだ会場へと行進する。
開会パレードの始まりだ。
紙吹雪に彩られた圧巻のダンスマーチが観客を魅了し、大歓声と拍手に包まれた後――喇叭が荘厳な音楽を奏でる。
その音楽に、会場中が一瞬で静まり返った。
瞬間――モニターに、観客席の上に設置されたバルコニーが映し出された。
そこに姿を現したのは、見覚えのある男。
(ギレウス?)
金細工に彩られた黒い軍服姿。そして現れたのは彼だけではない。六人の男――いずれも、恐らくは相当な実力者であることが一見してわかった。
(そうか、あれが……)
確かに、なるほど。
個人差はあるようだが、実力者には違いない。
思わず笑みがこぼれる。
そして、彼らに続いて映し出された男に――会場中が騒然とした。
一人は宰相だった。だが彼らが騒然としたのは、彼の引き連れたもう一人。
白髪の混じった黒髪。
前世の和装を彷彿とさせる出で立ち。
老齢ながらなお、全く衰えぬ眼光。
よもや、まさか、と、会場から声が漏れ……やがて彼が腰に差した刀に目を止め――「間違いない」と、どこかで聞こえた。
そして、歓声が爆発する。
――一方の俺は、ただただ混乱していた。
(はぁ……?)
あまりにも、その姿に見覚えがありすぎて。
そして予想外すぎて。
「じいさん……!?」
歓声の中で、声が漏れる。
なんでそこにいる、と。
この距離があってなお、その視線を感じたのか――じいさんは、俺に向かってかすかに唇の端に笑みを浮かべた。
「え? 先生、何か言いました?」
「いや、あれは……」
「――剣聖、ジン・ライドウ……」
イリアさんの口から、ぽつりと名前が零された。
えっ、と思わず肩を跳ねさせた俺に、イリアさんはこくりと頷いた。
「以前、写真で見た通りです。少し古い写真でしたが、間違いありません」
(剣聖……じいさんが!?)
混乱の渦中で……だが俺は、ようやく腑に落ちたような気もしていた。
俺はじいさんほど強い相手に会ったことがない。世界最強の剣士、なるほど、言われてみればと思いもする。
だが俺にとって、じいさんは師である以前に家族だ。剣聖なんて大仰な肩書、正直想像もしてなかった。お前の親父はむかし総理大臣だった、とでも言われているような気分だ。
俺の思考を、そして歓声を裂くように、会場に低い声が響いた。
『――会場にお集まりの諸君』
再び、しんと静まり返る会場。その中に、宰相の声が淡々と響く。
『今年も遂に、この時がやってきた。今日という日を一日千秋の想いで待ちわびた者も多いだろう』
会場中を見回し、そして彼はふっと笑った。
『今更、多くの言葉は不要だろう。今日この日のため、牙を研ぎ続けた戦士たちよ。その気高き研鑽を、意思を、信念を、今こそ証明する時だ。勝利をもって、全てを勝ち取るが良い。幸いにして――それを見届けるに相応しい者たちがここにいる』
ばっとマントを払うように、宰相が手を広げた。
『戦技大会本戦を、これより開幕とする! 諸君の健闘を祈る!』
爆発する歓声。
だがその中で――取り残されたように、俺は呆然と、じいさんの背を見送った。
「先生?」
俺の様子を察したのだろう、イリアさんが首を傾げる。
口を開こうとして――逡巡した。
じいさんの話は何度もした。だがそのじいさんが、彼らの言った『剣聖』だったと知れば、どうなるか。
ひょっとしたらそれはとんでもないことなのではないか。
世界最強。帝国において尊敬を超え、あるいは崇拝さえされる剣士。
それが身内だというのは、たぶん、とんでもないニュースで。
……俺たちは今、生徒たちの試合を応援し、観戦するためにここにいる。もし話してしまえば、応援どころではなくなってしまうかもしれない。
結局、俺は何も言えず。
「なんでもない」と首を振った。
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