#20 ~ リバーフォールの夜

「よう」


 深夜。電話で呼び出された俺は、意外な人物と顔を合わせていた。


「グラフィオスさん。緊急だって言うから来たんですけど。ここって……」


「おう。いいトコだろ」


 呼び出された場所は、煌びやかな光が瞬く歓楽街のど真ん中。

 夜であるというのに、雑踏が途切れる様子もない。店頭でたむろする若者、ふらつく酔っ払い、そして客を呼び込む際どい衣装の女性たち。


「せっかくの帝都だろが。夜の歓楽街リバーフォールに行かないなんて、人生のうち半分は損してるぜ」


「帰ります」


「待て待て待て」


 速攻で踵を返した俺を、ヘッドロックじみた勢いで抱え込み、グラフィオスさんが制止した。なんて馬鹿力だ。


「……うちの生徒は明日から試合なんですよ。そんなときに、講師の俺がこんなところで遊ぶわけには行かないでしょうが」


「そう言うなって。どーーしてもお前に会わせたい奴がいるんだよ」


「会わせたい奴……?」


「お? 気になる? なるだろうがよぉ。おっしゃ行くぜ!」


「ちょっ、痛ぇ、この馬鹿力が……!」


 肩を引っ掴まれ、まるで引きずられるように、繁華街の一角にあるバーの扉をくぐる。

 店に掲げられた看板は――ピンクネオンに煌めいていた。


(ってストリップバーかよ!)


 店の奥、薄暗いピンク色の光が照らす中、下着姿の女性がポールに絡みつくようにその肢体を晒していた。

 ポールダンスは動画で見たことがあるが、それよりも遥かに妖艶で、スポーツのそれとは一線を画して見えた。

 隣の男に目線を送ると、彼はにっと笑みを浮かべた。この野郎……。


「よっ、遅かったな」


 文句が口から出かかったその間際、バーカウンターに腰を下ろした男が、軽く手を挙げた。


「ギレウス……!?」


 軍服ではなく私服姿のギレウスが、カクテルグラス片手に小さく笑う。

 まさかこんなところで会うとは、と意外さに身を固まらせていると、グラフィオスが俺の背をポンと叩いた。そのまま彼の横に腰を下ろし、俺に向かってにやついた笑みを浮かべる。


「なんだ、こういうとこは初めてかよ、ユキト。良かったなぁオイ」


「よくねぇよこの野郎。生徒に知られたらどうする……」


「俺も同感だぜ、グラス。妹に知られたらシャレにならん」


「カカ。肝っ玉の小せぇ連中だぜ」


「エミリーさんに言うぞアンタ」


 ビールを頼んでいたグラフィオスさんが、俺の言葉に硬直するのを横目で見ながら、小さく息を吐いた。


「……悪いな、ユキト。こいつに店を任せたのが間違いだったわ」


「いや、まあ……そうだな」


 ノンアルコールを注文しながら、ギレウスの言葉に苦笑する。

 グラフィオスさんの言う会わせたい奴ってのは、どうやら彼のことだったらしい。


「ほら、前回会った時、連絡先聞いてなかったろ。グラスなら同じ出身だし、知ってるかと思ったらビンゴでな」


「二人が知り合いなのが俺は驚きだよ」


 しかも愛称で呼んでいるということは、かなり長い付き合いではないだろうか。


「俺らが知り合いなのは当然だぜ、ユキトよ」


 ビールを一気に飲み干したグラフィオスは、軽く息を漏らしながらそう呟いた。

 だがその続きがない。ギレウスに目線を向けると、彼は肩を竦めた。


「俺もグラスも、戦技大会総合部門の優勝者なのさ」


「だから付き合いが?」


 ああ、とギレウスは頷いた。


「戦技大会に一度優勝したやつは、次の年からは出れない。学徒戦は例外だが。これは知ってるだろ?」


「ああ」


 戦技大会、その前身となる武芸大会は、帝国における新たな戦力をスカウトするために作られた。

 だから毎年同じ奴に活躍されても困るってわけだ。


「その代わりっちゃ何だが、歴代優勝者ってのは英雄の庭ガーデンに出入りが許される。戦技大会の開催前日に毎年一堂に会して、パーティというか、会食が行われるんだ」


「前日ってことは……今日か?」


「ああ。昼にな」


 ケッと悪態交じりに、二杯目のビールを呷るグラフィオスに、ギレウスは苦笑した。


「グラスが来るのは意外だったが」


「別件でヤボ用があったんだ。帝都にいるくせなんで顔を出さねぇって、うるせぇ連中がいるしな」


 グラフィオスさんの言葉に「確かに」とギレウスは笑った。


(戦技大会……歴代覇者、か)


 総合の部とは、魔術でも剣でも何でもあり、その中で最強を決める。それゆえに、大会においても特別な意味を持つ。

 そこで勝ち抜いた猛者たち。

 目の前の二人のような強者が、まだいるのだ。この帝都に。


 思わず口の端に笑みを浮かべた俺の目の前に、グラフィオスさんが、ビールのジョッキを掲げた。


「ま、来年からは楽しくなりそうだがな」


「……ん?」


「来年から、お前も英雄の庭ガーデンの一人ってことだ」


 まるでそれが確定事項であるかのように語るグラフィオスさんに、俺は目を瞬かせて。

 そして、ギレウスは「なるほど」と笑った。



 それから、三人で取り留めもない話をして。

 酒が回りはじめたグラフィオスさんが、女の尻を追いかけ始めた頃、俺はギレウスに目線を向けた。


「……で、俺を呼び出した理由は?」


 ギレウスは、俺の言葉にグラスをテーブルに置いた。かなり飲んだように見えるのだが、まるで酔った様子はない。

 その瞳が俺を捉え、そして背を正す。一体何だと首を傾げると……ギレウスは、唐突に頭を下げた。


「すまなかった」


「? すまん、話が見えない」


帝大練兵科ウチの生徒が、そちらのホテルにまで押しかけた件だ。試合直前だというのに、あまりに常識のない行為だった。指導者の一人として、お詫びしたい」


「ああ……」


 なるほど。その一件なら、生徒から聞いている。


「本来なら、生徒から直接謝りに行かせたいところだが……」


「いや、それは必要ない」


 試合前というのもあるが……言いたいことがあるなら、実力で、戦いの中で見せればいい。


 勝敗こそが、全てだ。

 言葉など不要。悔しさも、怒りも、戦いの中でぶつけるしかない。

 勝つしかないのだ。


 ギレウスも、それを分かっている。だからこんな風に、生徒ではなく俺に聞かせたのだ。


「全ては明日、だな」


 ギレウスの言葉に「ああ」と頷いて。

 俺とギレウスは、わずかに笑みを浮かべて、グラスをぶつけあった。

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