#19 ~ 空の上で
「うわぁ……!」
眼下に見えるのは、帝都アレクハイムの街並み。
俺たちは今、その帝都を空の上から見下ろしていた。帝都上空をゆっくりと飛ぶ飛空船の窓から。
「あっ、あそこ!」
いつも無口なアルネラが、興奮した口ぶりで眼下の光景を指さした。
彼女が指さした先。そこにあったのは、大通りを通る人の群れ。「パレードだ」と誰かが言った。
派手な服装に身を包んだ人々が、紙吹雪が舞う中で楽器を吹き鳴らし、大きな山車と一緒に行進する。参加者は大企業から個人まで様々で、一日目から最終日まで、それこそ百を超える団体が参加するらしい。
生徒たちの目を輝かせるその姿に、俺は思わず微笑を浮かべた。
正直、前世で飛行機に乗ったことがある俺でも、この光景には興奮する。
そもそも、飛空船自体が飛行機とはまるで違う代物だった。
いわゆるSFで出て来そうな空を飛ぶ船。どうやって飛んでいるのかはさっぱり分からない――恐らくは魔法的なものなのだろうが……。
船と同じようにデッキに出れるのだが、感じる風もそよ風程度だ。恐らくこれも、魔法的な何かによるものなのだろう。
「ありがとうございます。まさか、遊覧飛行に参加させてもらえるとは」
すぐ隣に立つ軍服姿の女性に頭を下げると、彼女は「お気になさらず」と笑った。
「しかし……乗っておいて何ですが、大丈夫ですか? 遊覧飛行のチケットは、相当なプレミアだと聞きましたが」
「こちらは遊覧飛行のための船ではなく、巡視船ですので。正式には、職場見学、リクルートの一環と考えて頂ければ」
彼女は澄ました顔でそう告げて、俺に微笑みかけた。
エイダ・イヴリーン少尉。空軍の広報を名乗った彼女は、空港見学に訪れた俺たちに声をかけ、「よければ乗ってみませんか」と誘いをかけてきたのだ。
「リクルート、ですか」
「将来有望な、我が母校の生徒たちに、これを機会に空軍を目指してもらえるのならば安い出費です」
「我が母校? ひょっとして……」
「ええ、私もヴィスキネルの出身です。……今年の戦技大会、まさかの全部門で本戦出場と聞いた時、正直言ってとても興奮しました」
卒業生として誇りに思うと、彼女は笑って言った。
その言葉に、生徒たちもどこか照れた顔をしている。
「まあ、そういう私情を抜きにしても、優秀な人材に一人でも多く空軍を目指して欲しいのは事実です」
帝国は陸軍国家である。
いわゆる内陸国――海に隣接していないからだが、そもそも、この世界の海というのは前世よりよほど危険な領域。
海軍を必要とするのは、それこそ西の
だからこそ、空軍が生まれた今となっても、帝国軍の中心は陸にある。
実際に空軍の擁する兵数は、それこそ陸軍の五分の一程度にしか満たない。
「ですが今後、飛空船が民間にまで広まっていくことを考えると、我々空軍に求められる任務も増えていくでしょう」
「民間にまで、ですか?」
イリアさんの問いに、エイダ少尉は「ええ」と頷いた。
「三年以内には、国内をはじめとして、徐々に人を乗せて運ぶ旅客船を飛ばす予定です。遊覧飛行は、そのためのテストも兼ねているんですよ」
生徒たちにとってそれは未知の光景のようで、目を輝かせる者もいる。
この世界において、空とは未だ未知の領域――前世を持つ俺にとっては変哲のないことに思えても、彼ら彼女らにとって、それは革新的なことに違いないのだろう。
「最終的には、民間に航空事業を開放します。そうなれば、さらに飛空船は人々にとって身近なものとなっていくでしょう」
「しかし飛空船は、軍事機密の塊では……」
実際今も、飛空船内で俺たちに出入りできる区画は厳しく制限され、見張りまでついている。
空港ですら、普段は一般人は立ち入り禁止なのだから。
「今は、そうですね。他国の産学スパイは、それこそどれほど潰しても湧いて出る。ただ現実として、飛空船の基礎技術は既に他国に流出しています」
それこそ帝国の暗黒時代、金欲しさに他国に技術を売り、亡命した例だって存在している。実際、もう既に飛空船を実用化している国は、帝国以外にも存在するそうだ。
「だからこそ、今後、空軍の重要性は日増しに上がっていくでしょう。先の戦争で、ほかならぬ帝国がその力を証明したのですから」
「……ユグライル戦争ですか」
はい、と彼女は頷いた。
第二次ユグライル戦争……当時、停滞が予想された戦争は、およそ一年であっけなく終結した。飛空船を用いた電撃作戦によって、革命政府の首脳部を壊滅させたからだ。
「帝国は黎明の時にあります。魔導革命以後、次々に新しい技術と概念が生まれ、それは世界を変えていく。世界が変われば、戦場もまた変わるのが必然でしょう」
魔術も砲弾も届かない空の上から敵拠点に侵入し、誰にも気づかれずに破壊する。
それは今までにない新しい戦争だ。
そして俺が知る、前世での戦争だ。
「これからは陸ではなく、空を奪い合う戦争となる。飛空船と飛空船がぶつかり合い、空を征した者こそが戦争を征するようになるでしょう」
その言葉には、確信じみた予感があった。
そして俺もまた、それに同意せざるを得なかった。そうなった歴史を、俺自身が知っているのだから。
「我が空軍はその先駆け、帝国における最強の矛となるのです。そのためには一人でも、優秀な人材に空軍を目指して欲しい」
そう語る彼女の眼に、俺は悟る。
帝国は、戦争という選択肢を捨てたわけではない。
ただ待っているのだ。蓄えた力に、誰も抗えなくなるその時を。
(これが帝国、か)
北大陸の覇者。
その本質にわずかに触れた気がして、俺は思わず頬をひきつらせた。
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