#30 ~ 絶の太刀
この世界において、個は群に優る。
圧倒的な個が、時に戦場を蹂躙し、戦局を変化させてしまう。
だがそれは、果たして正常なことであるだろうか――?
秩序を保つためには力がいる。どんな綺麗事で彩ろうと、それが現実。であるならばもっとも強大な『力』は、国家が有するべきである。
そうして生まれたのが、魔導工学技術の粋を集めた兵器たち。『圧倒的な個』という存在を否定したものたち。
中でも戦車は、陸戦において最強の兵器である。
対魔術までも施された分厚い装甲。圧倒的な火力と機動力。
それは一個人に抗えるものではない。
だが、その兵器の前に、たった一人。
鞘に納めたままの刀を手に、歩み寄る男。
あまりに無謀。あまりに無思慮。
それを嘲笑うように、ゆっくりと、巨大な砲身が彼の姿を捉えた。
――ユキトは、呼気を吐く。
それは、自分の心を落ち着かせるための呼気だった。
前世においても『力』の象徴であった戦車を前にしているから――ではない。
そうではなく、ただ……自分の奥底から湧いた怒りを、制御するために。
アイーゼは戦った。命を懸け、恐怖も不安も乗り越えて。一時とはいえ、彼女を導いた師としてこれほど誇らしいことはない。
だが――ミハイル・フラヴァルト。
お前は愚弄した。
彼女の意思を。信念を。その戦いを。
「お前たちは、それを穢した」
ユキトのその言葉が契機だった。
空気が吠えるように震える。
音速すらも超えて、砲身から吐き出された鉄塊が、ユキトの身体を粉砕する。
――そう思えた、刹那。
ユキトの身体を避けるように二つに割れた砲弾が、その背後に突き刺さって盛大な砂埃を上げる。
ユキトは……無傷。
微動だにすらしてしない。ただ立っていた。
……斬ったのだ。砲弾を。その抜き手すらも見せることなく。
そしてそれに気づいた時には、もう遅い。
距離にして百メートル。そこは既に、ユキトの間合いの内側である――。
「斬形――」
鞘から抜き放たれた一閃。
それは、まるで空間ごと断ち斬るように、
戦車を、一刀で両断した。
逆袈裟に断ち斬られ、ずるり、と巨大な鉄の塊がズレていく。
「――
それは、強固な魔物を遠間から断ち斬るために生み出された秘奥のひとつ。
剣の技にしてはあまりにも特異。
隙が大きく、一瞬が命取りとなる尋常の立ち合いでは使う余地のない技だ。
だが限界にまで引き上げられたその威力は、
城門さえも両断する、絶の一刀。
燃料が漏れ出たのか、派手に爆発し炎上していく戦車の残骸。
それを前にして、残されたもう一台が、ようやく正気を取り戻したように動き出す。
まるで狂乱したような動きだった。
縦横無尽に動き回り、機銃を連射する。
だがその一発も、ユキトには当てられなかった。
ただ歩いているようにしか見えない。
その姿がブレ、消え、そして現れる。
まき散らされる銃弾は、その一発も、ユキトの影すら撃ち抜くことはできない。
でありながらユキトは、観客席には一発の銃弾も向かないよう、絶妙にコントロールしていた。
もし彼らに出来ることがあったとすれば、それはアイーゼたちを狙うことだったろう。
もっとも、それは不可能だ。広場には未だに、自分の雇い主であるミハイル・フラヴァルトがいたのだから。
……何よりも、ユキトがそれを許すはずがない。
気がつけば。
戦車の目の前。進行方向に、ユキトは立っていた。
「うそだ……」
操縦席に座っていた男は、呆然と声を上げる。
そこでふと、ある逸話を思い出した。
戦場において……刀一本で師団を全滅させたという伝説。
兵器が近代化され、国家が個ではなく、武装した群によって武力を構成するようになってなお――個にして群を圧した男の名を。
「剣聖……」
そして――縦一文字に放たれた一閃が、戦車を縦に両断し。
ぽつりとこぼした呟きは、爆炎の中に消えていった。
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