◆23 ~ 赫火

 アイーゼたちが教会を出た後に向かったのは、村の裏手にある山だ。

 神父様いわく、男たちが何度も出入りしているのを村人たちによって見られていたらしい。


 魔物避けの範囲外であり、当然、ごく普通に魔物が生息する領域でもある。

 ただ、さほどの危険性があるわけでもない。

 ギルドの危険度ランクではEランク程度。トールたちにとって、勝手知ったる庭とすらいえる。


 幾度かの戦闘――そのほとんどをアイーゼが音もなく瞬殺した――を経て、たどりついた場所で、アイーゼが手を挙げた。


(見つけた)


 山の一角。いくつもの気配。

 茂みの間から顔を出すと、露出した山肌に、何人もの人間が腰を下ろしていた。


(……数が多い)


 数は、十人を超えている。しかもその中には、銃器で武装した人間もいた。


(あれって、ライフル?)


 エニャの言葉に、アイーゼはこくりと頷く。

 いわゆる軍用銃。拳銃と異なり連射が可能であり、主に戦場で使われる武器だ。その火力は、非魔術士であっても魔術士を殺しうる。

 それがあの数……。

 飛び込むにはあまりにも危険すぎる。


(あの穴は?)


 エニャがそう指さしたのは、露出した山肌に開いた穴だ。自然に出来たものというよりも、人の手で掘られたものだろう。

 高さとしては、人の背丈ほどだろうか。その穴の中に、数人の男たちの姿があった。そのうちの一人を視界にとらえ、アイーゼは双眸を見開いた。


(ミハイル・フラヴァルト……?)


 居た。本当に。


「――それで教授、間違いないのだね?」


「ああ」


 茂みの向こうから聞こえてきたミハイルのその言葉に、教授と呼ばれた男が首肯する。


「やはり間違いなく、鉱床が眠っている。しかも相当な規模だ!」


「そうか。それは良かった」


「これは大発見だよ! 学会に発表すれば、私も――」


 不意に。

 ミハイルが懐から取り出した何かを、教授に向けた。

 それが拳銃であることを一瞬で理解できたのは、アイーゼだけだった。


 響いたのは、音とも言えないような小さな音。

 だが。放たれた『何か』は、先ほどまで話していた教授の頭を貫いた。


「――ッ!!」


 真っ赤な鮮血がばっと飛び散り、山肌を赤く染める。

 倒れ伏した教授から、真っ赤な液体が流れ出し、穴の中に池を作っていく。

 ――あれは、即死だろう。


「おい旦那、あんま死体を増やすなって……」


 そう苦言を呈したのは、穴の中にいたもう一人だ。

 目つきの鋭い、痩せた男。いかにも傭兵くずれといった、剣呑な気配を纏う男だ。死体を見ても動揺ひとつ見せていない。


「掃除しておいてくれ」


 サイレンサー付きの拳銃を懐にしまい、あっさり告げたミハイルに、その男は小さく舌打ちを漏らす。

 おい、と周囲にたむろしていた男たちに声をかけ、ミハイルを追って穴から出た。


「死体の処理も、タダじゃないんですぜ?」


「最初から、それ込みで金を払っているはずだが?」


「そりゃそうでしょうが……誰を殺すかぐらい、予め言っておいて欲しいもんですよ。色々準備ってもんがある」


 死体を引きずりだして袋に詰めている男たちに目線を向け、彼は小さくため息を吐いた。


「それで、計画とやらは問題ないんで?」


「ああ」


 ミハイルは爪やすりで、目の前に掲げた爪を磨きながら、迷いなく首肯した。


「あと一週間もすれば式だ。式が終われば、後は――分かっているな?」


「……物取りに扮して、あの家族を皆殺しにしろ、ですか。怪しまれないんですかねぇ」


「怪しまれるとも、勿論」


 だが、とミハイルは磨いた自分の爪を覗き込みながら、笑った。


「私が必死の抵抗をして、家族を守るべく戦い、重傷を負ったとすればどうだろう? しかもその物取りは、他の貴族の関与を疑わせる証拠を残していた、となれば」


「はあ……その辺はよくわかりませんが」


「あの家は、他の貴族から疎まれている。憎悪されていると言ってもいい。それが大商人の私と結婚し、自分の脅威となるかもしれないと知れば……殺しにくることもあるかもしれない」


 そういうもんですか、と傭兵くずれの男は曖昧に首肯した。


「かくして私はリリエス家の当主となり、エレジウム鉱山を発見し、その主となる。リリエス家を狙った貴族を許さない……そういう理由でまた商売も出来るわけだ」


「商売ですか?」


「ここから先は、まあ知らないことをお勧めするよ」


 ハハハ、という笑いが山の中に木霊して――

 その会話を聞いていたエニャは、怒りよりもまず、心配のほうが先立った。目の前のアイーゼを、おそるおそる覗き見る。


「っ」


 その眼は、どこまでも昏い。

 息を呑むエニャに、アイーゼは振り返ることもなく、すくりと立ち上がった。


「――ル・フラヴァルト……」


 ぽつりとこぼれた声。

 悲しみと、怒りと――そして憎悪。


「ミハイル……フラヴァルト――――!!!」


 絶叫と共に、ゴウッ、と深紅の炎が巻き上がる。


 濁流のように渦を巻いた炎が、あまりにも破壊的な威力を宿し、歩いていたミハイル・フラヴァルトに殺到する。


「旦那!」


 ミハイルの背後に立っていた男が、瞬間、その間に割り込んだ。

 巻き上がった風が炎を吹き散らし――その向こうから飛び込んできたアイーゼの槍と、男のナイフとが甲高い音を立てて交差した。

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