◆22 ~ エレジウム

 エレジウム。

 それはここ数年で発見された、新種の鉱物である。


 正確には、最近になるまでミスリルの一種だと思われていた。

 だが魔導工学技術の発達により、エレジウムはミスリルが百年から二百年単位の時間をかけて変化した物質だということが明らかになったのだ。

 別名、天輝石。

 魔導回路の中枢部品として用いられる、いわゆるレアメタルである。


「それとグレイスパイダーがどんな関係があるんだ?」


「最近の研究で分かったこと。グレイスパイダーは、複数のエレジウムによって発生する魔力パターンを好む習性がある。つまり……」


「グレイスパイダーがいるところに、そのエレジウムってのがあるのね?」


 エニャの言葉に、アイーゼは「そう」と頷いた。

 正確には、その可能性が高い、というだけだ。ただしグレイスパイダーは群れを作らない。それが複数目撃されるということは、エレジウムの鉱脈がある可能性があるということになる。


「でも、それをどうやってあの男たちは知ったわけ?」


「自警団や教会の記録は、領主に提出しているはず」


 アイーゼの視線に、エニャとトールは頷く。

 その二人を見て、アイーゼは言葉を続けた。


「その記録は政府に提出され、さらにギルドを通じて公開される。調べようと思えば誰でも調べられる」


「ちょっと待って。誰でも調べられるなら、他に気づいている連中もいるはずでしょ?」


 だが、そうなってはいない。

 もしもグレイスパイダーの情報が共有されているのなら、調査団が派遣されていてもおかしくないのに。

 ということは……。


「政府の役人が買収されている、と考えるべきでしょうね」


「私も、そう思う」


 ラルカ神父の言葉をアイーゼが肯定し、エニャたちが呆然とした顔を見せた。

 そこまでするのか、という顔だ。

 だがエレジウムを独占した場合、その利益は計り知れない。

 そのためなら何だってやるだろう。


「……本当にエレジウムの鉱床が近くにあるのなら、確認しておきたい」


「それは危険です」


 ラルカ神父が、険しい顔で告げた。


「もし意図的にその存在を隠しているのなら、彼らは、口封じのために人を殺すことさえ厭わないかもしれません」


「……ミハイル・フラヴァルトは、エレジウム鉱床の存在を把握していながら、それを父に黙っている」


 それは彼にとっての『弱味』になりうる。

 だが同時に、そのことが妙な薄気味の悪さを感じさせた。


「でもそれは、あくまでまだ推論の範疇でしかない」


 そもそも、その連中とミハイル自身の繋がりを証明するものは何もない。ランドさんの不確かな言葉だけだ。

 問い詰めたとしても、惚(とぼ)けられて終わりだ。

 もし、父に告げ口したとしても……ミミを取り巻く状況は何も変わらないだろう。


 証拠が必要なのだ。ミハイル・フラヴァルトが、エレジウムの存在を知りながら隠しているという証拠が。


「私も行く」


 そう真っ先に言ったのは、エニャだった。

 アイーゼは渋面をつくり、口を開きかけたが、彼女はかぶりを振ってそれを制止した。


「危険だっていうのは分かってるわ。それでも、幼馴染がその危険に突っ込もうとしてるのに、放っておけるわけないでしょ」


「同感だな」


 トールも頷き、そして立ち上がった。


「この村は俺たちの村だ。よくわからん連中に踏み荒らされて、指を咥えて黙ってられるわけがねぇ」


 それに、とトールは腰に差した剣を叩く。


「この数年、何もしてなかったわけじゃねぇ。今じゃ俺のほうが腕は上かもしれねぇぞ?」


「二人とも……」


 不意に、ぽん、とアイーゼの肩に手が置かれた。

 振り向くと――そこには、背の伸びたもう一人の幼馴染。


「多分、来るなって言っても二人は来るよ。もちろん、僕もね」


「でも、私は――」


「アイーゼが、そのために二人を頼ったなんて思わない。でも、巻き込みたくないなんて思って欲しくないんだ。たとえどれだけ危険でも、全部終わったあとに、何も出来なかった自分に後悔なんてしたくない」


 アイーゼは、何も言えずに黙り込む。

 危険かもしれない。自分のせいで友人が傷つくところなんて見たくない。幼馴染たちの好意が嬉しくもあり、辛くもあった。

 しばし逡巡し、そしてアイーゼは顔をあげた。


「……分かった。でも、危険だと思ったらすぐに撤退する。わたしの指示には必ず従うこと。それでいい?」

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