◆21 ~ 四人の再会

 アルナスは小さな村だ。

 村といっても、家と家との間隔はそれほど離れてもいない。

 それは単純にこの国の――いや世界の理ゆえだ。

 魔物がいつどこに現れるとも限らず、魔物避けの数も限られている。必然、家と家との間隔は狭くなり、村全体の面積は小さくなる。


 その中でも、アイーゼたちが訪れた建物は村の中心部にあった。


「来るなら言ってくれよ。準備したのにさ」


 黒髪の男性が、家の玄関で困ったように笑う。

 いや――家というより、それは教会だった。


 双月教会、アルナス支部。

 それが彼、ジェイス・オードの実家だ。


「まあそう言うなって。折角のゲストを連れてきたんだからよ」


「だからこそさ。アイーゼが来るって知ってれば、色々出来たのにさ」


「別に、そういうのは必要ない」


 まったく、と首を振るジェイは、アイーゼの記憶にあった姿とは随分と変わっていた。

 まず背が伸びた。四人の中で最も小さかったはずの背は、今ではトールも追い越している。

 そして身に着ける服装も、私服ではなく黒い祭服だ。

 だがその困ったように笑う顔も、頬を掻く癖も、まるで変わっていなかった。


「久しぶり、ジェイ」


「うん。おかえり、アイーゼ」


 アイーゼは握手をしようと手を差し出そうとして……ジェイが小さく笑って、手を顔の横に上げる。


 一瞬、瞠目したが――横で笑うトールやエニャの顔に察して、頷いた。


「ただいま」


 ハイタッチの音が、返事に重なるように小さく鳴った。

 次々とハイタッチをかわし、久闊を叙した四人は、互いに笑いあう。

 それは、かつての――ただ幸福だった頃の記憶を思い起こさせた。


「それで、例の話についてなんだけど」


 そう切り出したのはエニャだ。

 ジェイは頷き、「中で話そう」と四人を招き入れた。


 教会の中はまるで変っていない。古ぼけた双女神の像も、ステンドグラスの輝きも、古ぼけていてもどこか神聖な空気も。

 その一室、礼拝堂の脇にある扉をくぐり、プライベートスペースへと案内された三人は、ジェイと共に食卓を囲む。


「それで、親父の話なんだけど……」


「その神父様は? 今日はいない?」


「ああ。いつも通り村の診察に回ってるよ」


 そう、とアイーゼは頷く。本人に聞くのが早いと思ったが、考えてみれば、神父様はいつも昼は診察に村中を回っている。


「大丈夫だ。話はきっちり聞いといた。……ま、トールが親父と顔を合わせたくないってだけだろうが」


「……まさか、まだ?」


 アイーゼの言葉にエニャが苦笑しながら頷き、トールは目線を逸らした。

 トールは、ジェイの父親である神父様を苦手としている。

 彼はアルナスきっての悪ガキであり、幼い頃から何度となく神父様に掴まっては説教されていた。その時の記憶が抜けていないのだ。


「最近は別にそうでもないだろうに」


「いやぁ、あの頑固おやじ、いつまで経っても昔の話をグチグチと」


「――グチグチと、なんですか?」


 聞かれたらまた雷が落ちそうなセリフを吐くトールだったが、突然、落ち着いた男性の声が割り込んだ。


 げっ、と腰を浮かすトール。

 アイーゼもまた、声の方向へと目線を送った。

 司祭の服を着こんだ男性――ジェイの父親である、ラルカ司祭がそこに立っていた。


 司祭の姿に、どういうことだとジェイに視線を送るトールだが、視線を送られたジェイも首を傾げている。


「親父、診察は?」


「早めに切り上げたよ。虫の知らせを感じてね」


 落ち着いた物腰、年齢は既に五十歳近いはずだが、まだ若々しく見える男性。ラルカ・オード司祭――この教会を預かる神父だ。


「神父様、久しぶりです」


「ああ、アイーゼ……本当に久しぶりですね。元気そうな姿を見れて、嬉しいです」


 立ち上がったアイーゼの手を、ラルカ神父はそっと握る。

 アイーゼの手を優しく握ったその手は、かつてと同じ。ざらざらと荒れた、苦労の数が感じられる手だった。


「あなたの事情は聞いています。私に出来ることがあれば……非力な身ではありますが、協力させてください」


 その言葉には、微かな罪悪感が感じられた。

 それはきっと、かつてアイーゼの身に起こったことに起因するものなのだろう。

 アイーゼは何も言わず、ただこくりと頷いた。


「トール君」


 次いでラルカ神父が声をかけたのは、すすっと部屋から出て行こうとしていたトールだった。ぎくっと身をこわばらせたトールに、すっと目線を送る。


「昨日、家に帰らなかったそうですね。ミーアさんが心配していましたよ」


「お、おふくろは別に……俺ももう大人だし、いつものことだし……」


「親はいつまで経っても子供が心配なのです。今日は家に帰って、安心させてあげなさい。いいですね?」


「う、うっす……」


 トールと神父様は相性が悪い――といってもそれは、嫌っているということではないことを、アイーゼは知っていた。


 トールの家は母子家庭だ。父親は、トールが幼い頃に魔物に殺されたらしい。

 よく家出しては、ジェイの家に――神父様のもとに転がり込んでいた。

 トールにとって、常に心配して気にかけてくれる神父様は、父親代わりのようなものだ。

 もっとも、神父様の説教が長いのは事実だが。


「まあ、今日の説教はこのぐらいにしましょう。話があるのでしょう?」


 全員分のお茶をテーブルに用意して、改めて告げた神父様の言葉に、アイーゼたちは目を見合わせる。


「昨日、ジェイスから例の話をしつこく聞かれましたから。事情は察していますよ」


「では神父様……」


「ええ。確かに、見慣れぬ男たちに話しかけられたのは事実です」


「どんな話を?」


 神父が、口に含んでいたお茶のコップをテーブルに戻し、わずかな沈黙の後、迷うように口を開いた。


「それが……この周辺で出る魔物について、でした」


「魔物について……?」


「ええ。その詳細、特に出現する魔物の変遷について調べているようでした」


 エニャが反芻し、考え込む。アイーゼとトールもまた、意外な返事に目線を交わし合った。


 教会の神父に魔物について聞くことは、これといって珍しい行為ではない。

 一帯における魔物の分布、その把握については、ハンターギルドの管轄であるが、古くには教会の仕事でもあった。特にギルド支部のない田舎では、その役割を今でも教会が果たしている。


 愛を伝えよ――その聖句によって始まる双月教会の教え。その根本は『遍く神の愛に奉仕する』ことである。

 すなわち、あらゆる人を愛し、風土を愛し、世界を愛すること。愛によって共に助け合うこと。

 その本質は互助にある。神を信じる信じないにかかわらず、助け合うことを教義としている。


 それゆえに、魔物のように人類に敵対する『神敵』から人を守ることもまた、教会の重要な役割のひとつなのだ。


「ということは……正体はハンターとか?」


 その結論は、なるほどと頷けるものだった。

 見知らぬ土地に来たハンターが、神父に接触して魔物の情報を得て調査している……実にありそうなことだった。


「それはどうでしょうか」


 エニャの言葉を否定したのは、ほかならぬラルカ神父だった。


「彼らはハンター証を身に着けていませんでした。一人二人なら無いと言えませんが、全員となると」


「あ、そうか」


(ハンター証……)


 ここ最近知り合ったハンターたちは確かに、胸元にバッジのようなものをつけていたと、アイーゼは思い出す。


「連中がなぜ、魔物の情報を欲しがったか、神父様に心当たりはある?」


 アイーゼの言葉に「ふむ」とラルカ神父は考え込み、やがて顔を上げた。


「トール君」


「うぇっ、俺?」


「自警団として働いている貴方なら分かるでしょう? ここ最近……いえ、ここ数年、魔物の様子に変化はありませんでしたか?」


 あー、とトールは視線を上げ、エニャにこっそりと視線を送る。が、彼女は「自分で答えろ」とばかりに目を閉じてお茶を啜った。


「あーうーん、そうだな……」


 全員の視線にさらされ、腕を組んでうなるトールには、やがて脂汗さえも滲んでいたが……エニャが「はあ」とため息を吐いた。


「ここ数年、新種の魔物が増えてるわ。具体的には、グレイスパイダーとか」


「グレイスパイダー……?」


 灰色の蜘蛛、という名前の通りの魔物だ。

 蜘蛛といっても人の大きさほどもある。

 ギルドの等級ではDランクに属する。それほど強い魔物でもないが……。


「ちょっと待って」


 アイーゼは記憶を引っ張り出す。

 グレイスパイダー……授業でも習ったことのある魔物だ。


 アイーゼは、学術試験の成績という意味ではトップクラスに優秀だ。シェリーほどではないが、常に十位圏内をキープし続けている。

 そうやって、実力で周囲を黙らせてきたのだ。並ならぬ集中力と努力によって。


 ゆえに当然、労もなく思い出す。

 グレイスパイダー。その習性、能力、そして近年発見されたある生態も。


「まさか――エレジウム鉱脈?」


 アイーゼのその呟きに……他の全員が、理解できずに首を傾げた。

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