#07 ~ セメト・サークル

 ステーリアさんは、俺たちを連れて階段を降り、その階段の裏にあるスペースを足でトンと叩く。

 すると、さっきまで何もなかったそこに、唐突に地下への扉のようなものが現れた。幻術の類なのかもしれない。


 彼女は鉄の扉をよいしょっと小さな両手で持ち上げて開くと、ぱっと光が灯った。どうやら梯子がかかっていて、そこから降りられるようだ。

 しかし彼女は梯子を使うこともなく飛び降り、かと思えば空中で一瞬静止してひょいっと着地すると、俺たちを手招きした。


(……超天才ってのは間違いないな)


 一動作で見たこともない魔術をポンポン使っている。しかも恐ろしくレベルが高く、速い。

 千年生きた魔女と言われても納得しそうだ。


 アイーゼさんを先に下ろし、俺もまた梯子を下りると、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。


「さて、まずそっちの――学生」


 と、彼女はアイーゼさんを指さした。


「お前からやっちまうぞ。そこの素人は面倒だから後回しだ」


 面倒って……まあいいけど。俺もアイーゼさんの訓練を見ておきたいし。


「わたし?」


 アイーゼさんが首を傾げると、そうだ、とステーリアさんは頷く。


「魔術は使えるんだろ。やってみな。そこの壁に」


「……でも」


「結界は張ってある。お前がどんなに頑張ってもどうにもなりゃしねぇから、安心してさっさと撃ちやがれ」


 促され、躊躇いつつもアイーゼさんは頷く。

 不意に、魔力の高まりを感じた。

 彼女から放たれる魔力が形を成し、小さな炎の球を形成する――無数の。


連弾レインブリッツ


 それはさながらマシンガンのごとく。

 一発一発は威力が弱いが、無数の炎の弾丸が壁に殺到していく。


 だがステーリアの言う結界とやらは相当のものであり、壁に当たった炎はあっさり散らされ、壁には焦げ跡ひとつもつかなかった。


「ふうん。悪くないじゃねぇか。一発の威力は低いが、こりゃ牽制用か」


「先生からアドバイスをもらったから」


「へぇ」


 二人の視線に、俺は肩をすくめる。


「魔術のことは分からなかったけど、戦術なら教えられたからな」


「なるほどねぇ」


「でも、これじゃ相手の防御は突き崩せない」


 そう言ってアイーゼさんが首を振る。

 確かにエキシビジョンマッチでは、イリアさんによって氷の壁を作られて全て無効化された。アイーゼさんの魔術は一発もイリアさんの防御を突破できなかったのだ。


「威力が低いからな」


「……でも、威力を優先すると当たらない」


「ま、そうだな」


 ステーリアさんはどうするのだろう? と見守っていると、不意に、彼女は俺に目線を向け、指鉄砲の形を作った。


「ばーん」


「!?」


 突如感じた魔力の揺らぎに、咄嗟に飛びのく。

 すると一瞬前まで立っていた俺の足元から、唐突に火柱が上がった。

 怖っ!?


「ま、こんな感じかな」


「ちょ……いきなりすぎだろ……」


「アンタなら直撃しても火傷一つ負わねぇ威力だよ」


 ふっとガンマンのごとく指鉄砲に息を吹きかけ、涼し気に言い放つステーリアさんに、コイツマジでやべぇな……と俺は冷や汗を掻いた。天才は変人が多いっていうけど、まさしくそれを体現しているようだ。


「今みたいに魔術の起点、つまり発射地点を自在に操作出来れば、それだけで切り札になりうる。戦闘中にこれをやられて避けるのは簡単じゃねぇ」


「……でも戦闘中にそれは、さすがに難しい」


「自分を起点として、一定距離に発動させる。発射地点を複数持っておけば、十分に奇襲になるだろ」


 見極められると厄介だがな、とステーリアさんが告げる。

 だがそれは、どんな技でも同じだ。

 奇襲とはそれだけ強い。アイーゼさんにとって、心強い技になりそうだ。


「――ま、そういうわけでアンタにはこれだ」


 ぽい、とアイーゼさんにステーリアさんが投げ渡したもの。

 それは、黒いボールだった……が、恐らくただのボールでないことは一目でわかった。

 球体でこそあるが、その表面には、何とも言い難い幾何学模様が刻まれている。


「この模様は……?」


古式魔法陣セメト・サークルだ。正確にはその変形だが」


 別名、セメトの魔法陣。

 非常に古く、少なくとも百年以上も前から伝わる、魔法陣の一種だという。


「まあ、魔法陣の中でも実践には向かない代物だ。魔力コストがかかるし、発動までの時間も長い。今時、これを使った魔導具なんてまずねぇな」


 だが、と彼女は言葉を紡ぐ。


「コイツは極めて精確に術式を記憶できる」


「ん。これに魔力を流して、術式を覚える。昔、わたしもやった」


 なるほど。先に聞いた術式の継承にはピッタリということか。


「そいつに刻まれてる術式は、定点発動、遅延術式、隠蔽術式の混合だ。実際に何を仕掛けるかは自分で考えろ。それぐらいは出来るだろ」


「……分かった」


 アイーゼさんは頷き、ボールを手に離れ、一人で訓練を始めた。


 古式魔法陣セメト・サークル……魔法陣か。本当に色々あるんだな。

 この世界において魔法は非常に長い歴史を辿っている。それだけに、俺の知らないものが山ほどありそうだ。


「さて、それじゃアンタだが……」


 ステーリアさんがじろじろと、俺の全身を眺めた。

 幼女からの舐めるような視線に、思わずたじろぐ。


「アンタの試合は見たよ」


「……それはどうも」


「で。それだけの強さがあって、なんでここに来た?」


 ステーリアさんの目線に、わずかに険が宿る。


「あたしは気術には詳しくないが、お前のそれは……はっきり言ってバケモノだ。今この瞬間、あたしがお前を殺そうとしたところで、殺されるのはあたしの方だろ。それだけの強さがあって、どうして魔術なんてものを求める?」


 それは確かに、正論だ。

 俺が今更魔術を覚えたところで、きっと、付け焼刃にしかならない。

 かといってこれから先、魔術を修練していくかと言われれば……それは違うな、と思う。


 俺は、あくまでも剣士だ。

 じいさんの剣に憧れ、そしていつかそこに辿り着くため……脇目を振っている余裕はない。

 だからここに来た理由は、魔術――彼女が言うところの術式そのものを習得するためではない。


「理由は二つですね」


「ほう」


「まず一つに、魔術を理解すれば、気……剣において、さらに上を目指せると思ったこと」


 魔術と気は似ている。実際に、やはりというべきか、二つは根底から同じものだった。


「もうひとつ、魔術に対して遅れを取ったから……ですね」


 こちらのターゲットを殺され、まんまと逃げられたあの事件。

 俺は多分、自分の間抜けさを一生忘れることはないだろう。

 二度と、同じ轍を踏むわけにはいかない。


「……そいつは、意外だな。詳しく聞かせろ」


 ステーリアさんが顔をしかめ、俺に話を促した。

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