#06 ~ 魔法と魔術

「さて、まずは……魔法と魔術の違いからだ」


 高めの椅子にちょこんと腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら、その少女――ステーリアさんは切り出した。


「その二つには明確な違いがある……んですよね?」


「まあそうだ。つっても、よく知らない人間が魔術を魔法と呼ぶことはある。魔法のほうが言葉としては一般的に知られているからな」


 魔法とは、極めて広義の意味を持つ。

 不可思議な現象、人智をもって辿り着けないもの、それを魔法という。


「人智をもって辿り着けない……?」


「ほう。いいとこに気づくじゃねえか。その通り」


 魔法の歴史は非常に古い。それこそ有史以前から存在する。

 だが長い歴史の中で、幾度となく仮説が生まれては消え、その結論は未だに出ていない。


「神の爪先――魔法をそう呼ぶやつもいる。実際、世界にはそうとしか思えないような現象や存在が山ほどある。身近なもので言えば、魔物もそうだな」


 人智をもって辿り着けないもの。世界の神秘。科学では解明できないナニカ。

 かつて俺がいた地球にも、そういったものはあった。一見、科学ですべてが解明できるように見えるが、神の不在を証明できないように、世界の起源が仮説の域を出ないように、分からないことなど山ほどあった。


 あるいは、世界に存在する一個の生命でしかない人間が、世界そのものを解き明かそうとすることは、それこそ傲慢なのかもしれない。


「魔法っていうのは、そういう『不可思議な現象』をまとめてそう呼ぶ。基礎理論の学者連中による正確な定義によれば、魔法とは『魔力によって創出される現象』だ。それは、神の奇跡なんて呼ばれるようなモノも含まれる」


 例えば天地創造についてがそうだ、と彼女は言う。


「魔術を魔法と呼ぶのは、間違っちゃいねぇ。魔術も魔法の一種だ。だが、魔術士に向かって魔法を教えろなんてのはド素人のセリフだ。私に神の奇跡を説けってか?」


「確かに」


 思わず納得してしまい、頷く。


「では、魔術とは何だ?」


 彼女は、アイーゼさんに目線を向けた。

 その目線を受けたアイーゼさんは、わたし? と少し首を傾げてから、こくりと頷いた。


「……魔術は、人の扱う魔法」


「そうだ。人間の扱う、いや扱える唯一の魔法現象。それを魔術と呼ぶ。では人間は、どうやって魔術を使っているのか」


 魔法とは人智の及ばぬものだ。

 ならば魔術もまたそうかというと……すべてがそうでもないらしい。


 彼女は、自分の心臓を指さした。いや、正確には、その少し左側……心臓と左肺の間を。


「人のココに、ある臓器がある。魔導器官サークレッドと呼ばれるモノだ」


魔導器官サークレッド……」


「人は魔導器官サークレッドに魔力を取り込み、自分に扱える形に加工して魔術を生み出す」


「それは、誰でも?」


「あぁ? 変な質問をするな。まぁ、全員の胸を掻っ捌いて調べたワケじゃないから多分だが……少なくとも、魔導器官サークレッドを持たない人間は今まで見つかったことがねぇよ。心臓でも肺でも同じコトだ」


 俺は自分の心臓の左側に手を当てた。

 ここに、自分の知らない臓器があると思うと、妙な気分になる。


「魔術士は本能的に、魔導器官サークレッドで魔術を使う。呼吸をするのと同じようにだ。ただし、これには個人差がある。世の中、魔術を使えないヤツのほうが多いのはそのためだ。……正確には、実戦レベルで使えないってだけで、訓練次第だがな」


 別に、生きることに魔術が必須というわけでもない。

 必須でないものを、それも訓練しても十分に扱えるか分からないものを、鍛えようとする人間は少数派だろう。


「その才能っていうのは、どうやって分かるんですか?」


「訓練すればいい。才能があるならすぐ分かる。お前らもそのクチだろうが」


「? いや、俺は魔術は……」


「使えてるよ。気術だって魔術の一種だ。まぁ、気ってのはまだ分かってねぇことが多いが……その才能で言やぁ、お前はとびきりだろ」


 ……なるほど。

 俺がなんとなく感じていたように、やはり気と魔術は、根本的には同じもののようだ。


「さて、じゃあここで問題だ」


 不意に、ステーリアさんはパチリと指を鳴らした。

 その瞬間、魔力の高まりを感じたと思ったら、彼女の真横に炎の球が生じた。

 しかしその炎からは、何の熱も感じない。不思議な炎だ。


「ある魔術士が魔術を発明した。そいつは宙に火の球を浮かせる魔術だったとする。ところでコイツには弟子がいた。愛弟子だ。その魔術士は、自分の作った自慢の魔術を弟子に教えてやりたいと思った。さてどうする?」


「……そのイメージを伝える……?」


「魔術ってのは曖昧な代物だ。その師と弟子の才能が同じぐらいあるかも分からない。イメージだけで十年、百年、二百年、時を越えて本当にその魔術が継承され続ける保証があるか?」


 ……それは、確かに難しいかもしれない。

 じいさんから学び取った技を、俺は誰かに伝えられるのだろうか?


 だから、と彼女は言葉を続けた。


「術式、という概念が生まれた」


 彼女の浮かべた火の球が色を変える。赤から青へ、やがて緑へと。


「己の魔術を次代に継承させるために、魔導器官サークレッドによって形成される魔力構造体を定型化し、これを術式と呼んだ。魔術師メイガスとはつまり、この術式を次代に伝えるものだ」


 もっとも広義には、魔導器官サークレッドによって生み出された魔力構造体そのものをすべて術式と呼ぶらしいが……ややこしくなるので今は省くという。


「本来、術式はタブーの一種だ。いわゆる一子相伝ってやつだな。大昔には、魔術士たちは術式を巡って血みどろの争奪戦を繰り広げたらしい」


 術式が明かされることは、魔術士にとって致命的な弱点になりうるという。

 なぜなら、術式はその魔術の構造、弱点も何もかもを丸裸にしてしまうから。

 同時に、術式を奪われるということは、その魔術をコピーされてしまうということでもある。


「まあ、今じゃ他人に伝える術式と、そうでない術式は切り分けられてる。そこから術式の構造を学んで、発展させるのは自分次第ってのが一般的だ。ただし、魔術師から学んだ術式を、他人に渡すことが出来るのは魔術師のみ。これを破ったやつは――」


 スッ、とステーリアさんは親指で首を落とす仕草をした。

 マジか、という顔を俺がすると、アイーゼさんがこくりと頷いた。


「基本的に、他人に話すこともしないほうがいい」


 ……じゃあ、あれか。

 アイーゼさんが「気がついたら使えるようになった」っていうのは、もしかして嘘か?

 彼女もどこかの魔術師に術式を与えられて、それを使っている?


 俺は伯爵たちに言われた「正式な魔術師に習ったほうがいい」という言葉に、思わず納得した。

 あれは正確には、「正式な魔術師からしか習ってはならない」なのか。


 そこまで、術式というものの存在は、この世界の人間にとってはタブーなのだろう。


 ……言っといて欲しいよ、まったく。

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