#01 ~ 報酬

「――報酬、ですか?」


 目まぐるしかった戦技大会も終わり、徐々に喧噪も落ち着きを見せかけていた、夏の昼下がり。

 伯爵邸に訪れた俺に、伯爵はにこやかな笑みと共に告げた。


「戦技大会の出場と優勝、さらに例の一件、どれもよくやってくれたからね。報酬は当然必要だろう?」


「はあ……それはありがたいですが」


 しかし、後半。

 例の件とぼかしてはいるが、『蝶』の連中については、うまくやったなどとはとても言えない。


 イリアさんの兄、セト・オーランドを殺した組織――暗殺組織である『黒の蝶ノワールパピオン』は壊滅した。

 だがそれは俺の手によってでも、伯爵の手によってでもない。

 『暁の聖杯』を名乗る、謎の第三者によってだ。


「確かに思うところはある」


 伯爵は、静かにそう言って、しかしかぶりを振った。


「だが一帝国貴族としては、危険な組織が壊滅したことは良い結果だったと言うべきだろう」


「ですが、それは――」


「君がやったことではなくてもだ。何はともあれ、イリアが復讐に狂うことはもうない。その情報を持ち帰ってくれた。十分だ」


 それに、と、伯爵は付け足す。


「フォビウス子爵の件は、私の想像以上に上手くやってくれたからね」


「……アイーゼさんの結婚の件は、完全に流れたそうですね」


「ああ。子爵はどうやら、盛大に勘違いしてくれたようだよ」


 勘違い?


「君が、アイーゼ君の『良い人』なんだとね」


「は……?」


「愛のために、戦技大会にまで出てきた謎の剣士。その恋人に無理やり婚約を迫ったわけだ。それは怖いとも。私なら泣きながらベッドで震えるね」


 くくっ、と伯爵は押し殺した笑みを浮かべる。

 まさか……。


「最初から、そのつもりで?」


「ははは」


 オイコラ伯爵。

 青筋を立てる俺に、まあまあ、と伯爵は両手を挙げた。


「その迷惑料とでも思ってくれていいさ。なに、そんな噂など長続きしないとも」


「人の噂も七十五日……ですか」


「ふむ。面白い言い回しだね。二月半はちょっと長いが」


 確かに、冷静になって考えれば長いな。

 まあ、あの戦技大会以降、学院にまで記者が押しかけてきたりして、色々と大変なのは事実だ。

 迷惑料と言われれば、なるほど、と思った。


「グレイグ」


「はい。ユキト様、こちらをどうぞ」


 そう言って渡されたのは、一枚の小切手だ。

 受け取って目を通すと、そこに書かれた数字は……え、ちょっと待て。いち、じゅう、ひゃく……。


「さ、さんぜんまん!?」


 桁間違えてないかと何度も数え直すが、間違えていない。

 ちなみに日本と帝国では、お金の価値はそう変わらない。三千万って、えーと、う〇い棒だと何年分?


「ああ、大会の賞金も入っているからね。賞金に一千万、残りが私からだ」


 や、やべぇ。冷や汗が止まらない。

 こんな桁のお金、見たことがないんですけど……。


「いつまでもホテル暮らしは辛いだろう。ここはひとつ、家を買ってみるのはどうかな?」


 俺の視線をにこにこと受け止め、伯爵はそんなことを言った。


「何なら、私から紹介文も認(したた)めよう。まあ、まず無碍にはされないと思うがね。君は古都ではヒーロー扱いだから」


「ヒーローはカンベンしてください……」


 しかし、マイホームか。

 うん……多分買えちゃうよコレ、どうしよう……。



 マイホームは男の憧れだ。

 夢の、って形容詞がつくぐらいだからな。当然だ。


 伯爵に勧められるまま、あれよあれよという間にリムジンで送られ、誘われるように入った不動産屋の店内。

 ふと、受付に座っていた女性が口を開こうとして……そして固まった。

 明らかに俺を凝視している。

 一体何だ。もしかして服のセンスに何か問題とか……?

 

「……あの……」


「も、ももももしかして、ユキトさんですか!?」


「え、はあ」


「きゃああぁ~!?」


 そうですけど、と頷くと、その女性は立ち上がって悲鳴を上げた。

 何事かと、奥に座って仕事をしていた人たちが目線を向けてくる。いや待って、俺何もしてないです。


「あのあのあの、大会、見ました! 超かっこよかったです!」


「は、はあ……?」


「大男でも関係なくバッタバッタと薙ぎ倒す瞬殺っぷり! 私、これ映画かよって思っちゃいましたもん! あ、よろしければサインを――」


「落ち着け」


 パコン、と丸めた書類で頭を叩かれた女性が「うっ」と前のめる。

 叩いた人物は、やや大柄な男性だった。清潔な印象を感じさせるスーツ姿で、営業にいそうなサラリーマン風の男性だ。


「て、てんちょぉ……」


「お客様に何してるんだお前。……ああ申し訳ありません。うちのものが大変な失礼を……」


「あ、いえ」


 女性の頭を掴んで一緒に下げてくる男性に、気にしないでくれと伝えると、恐縮しつつもほっとしたような表情を浮かべた。

 その後、奥の部屋――おそらく商談室に通される。

 ちなみにだが、サインはした。……悲しそうな受付嬢の顔が見ていられなかったせいだ。ちなみにサインの経験などないので適当に名前を書いただけだが、彼女は飛び上がって喜んで、またも店長にため息をつかれていた。


「それで、本日のご用件は、物件をお探しですか?」


「はい。今、ホテル暮らしなんですが、ちゃんとした家がいいなと……」


「なるほど。賃貸にされますか? それとも、一軒家を購入されます? 土地を買って家を建てることも出来ますが……詳しくご説明しましょうか」


「すみません、お願いしていいですか」


「かしこまりました」


 古都における物件の種類について分かりやすく、聞きやすい語り口で、店長と呼ばれた男性が説明してくれた。


 いわく、基本的に賃貸にせよ購入にせよ、前世とほぼ変わらない。

 賃貸なら毎月の家賃、土地と家を購入するなら、固定資産税などがかかるそうだ。ローンも可能らしい。


 ただし、と彼は付け加える。


「お持ちいただいた伯爵様からの書状がありますから、当方としては購入をオススメしますよ」


「……といいますと?」


「伯爵さまが保有されている土地や物件がいくつかありまして。そちらについては、許可がなければお売りできないのです。正確には貴族からの下賜という形になるので、実質的な免税もつきます」


 これはとてもお得ですよ、とホクホク顔で笑う店長さん。


「具体的に、どのような物件をお求めですか?」


 見事な営業スマイルに釣られ、俺は促されるまま、自分の住みたい家をイメージすることになった。

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