#50 ~ 闇の中で
暗い闇の中、光が瞬く。
蠢く影。明滅する青い光に照らされた複数人の顔は、全てが覆面に覆われていた。
その息苦しさを物語るように、荒い吐息が闇を撫でる。
ピ、ピ、ピ――と、明滅する青い光が、カチリと赤い光に切り替わる。
男たちは頷きあい、広げた工具を片付ける。
仕事は、これで終わりだ。
赤い光は、時限式の爆弾が起動した合図である。
後はもう、時を待つだけ……。
「よう」
不意に、闇に声が響いた。
男たちが、驚いたように振り向く。
俺はその五人組を、無表情で見下ろした。
「こんなところで会うなんて奇遇だな。この間は、まんまと逃げてくれたじゃないか――なあ?」
じろりと、一人の男に目線を向ける。
今は覆面姿だが、顔を見るまでもなく気配で分かる。
この中で唯一、銃ではなく剣を持っている男……イリアさんを追い詰めた、例の男だ。
「……何のことか、さっぱり分からねぇな」
言葉と同時。
男たちは即座に拳銃を抜き、発砲した。
放たれた弾丸を斬り捨てる。
音も光も最小限。サイレンサーか。異世界にもあるわけね。
「こんなところで拳銃なんて、危ないと思わないか?」
「思わねぇな。ここはそんなもんでどうにかなるほどヤワじゃない」
「それは良かった」
確かに火気厳禁、とは聞いてないな。
「……見たとこ、伯爵の関係者か? なんでここが分かった」
「単純な話だよ。来るならここしか無かったからな」
「へぇ。ブラフはバレてたわけね」
「ああ」
そう。全てはブラフ。
爆弾をこれみよがしにイリアさんに見せ、闘技場を吹き飛ばす、と示唆したこと。聞かれていることに気づいていたくせに、だ。
しかし、そもそも戦技大会中、闘技大会は非常に厳戒な警備が敷かれる。テロの標的にはもってこいだからだ。
おまけに、尋問で吐いた男によれば、爆弾の威力は闘技場を吹き飛ばせる規模ではない。
尋問された男はなぜか、それで闘技場を吹き飛ばせると妄信しているらしいが。
あの闘技場、古代文明時代に築かれたものが改築されて使われているらしく、とんでもなく頑丈なのだ。
「闘技場に爆弾を仕掛けたところで、せいぜい大会を中止に追い込むぐらいだ。だけど――」
警備をそちらに注目させ、他を薄くするという狙いであれば、十分に筋が通る。
「だとすれば、もうここしか無いだろう?」
爆弾を仕掛けることで、もっとも致命傷となりうる箇所はどこか。
それがここ。
もしも暴走してしまえば、甚大な被害が出る。
「だが、もう
「……ちっ。あのガキ、やっぱり殺しとくんだったぜ」
男の言葉に、俺は目を細める。
「ひとつ聞きたいんだが」
「んだよ? この状況でか?」
「おまえ――イリアさんに殺しをさせるために、わざとあの状況を作ったな?」
へぇ、と男が口元をゆがめた。
そもそも剣を保管してある倉庫に、適当に縛って置いておく時点でおかしい。どんなご都合主義だそれは?
この男は最初から分かっていたのだ。
イリアさんが伯爵の娘であり、組織に復讐しようとしていることを。
イリアさんが男を追ったのは偶然で、この男がそれを見つけたのも偶然だろう。
だがその偶然を利用しようとした。
伯爵令嬢が殺人事件を起こしたなんてなれば、間違いなく警察は混乱する。
「アンタは最初から、もう一人の男は消すつもりだったんだろう?」
「当然だ。俺が欲しかったのはヤツの知識だけだったからな。頭がイカれすぎてて、消さなきゃ情報も漏れそうだった」
最悪、男は自分で殺し、その罪を擦り付ける形でも良かったのだろう。
だが誤算として、イリアさんは復讐を果たせず、男は生き残った。
「そのおかげで、こうしてアンタの計画は頓挫したわけか」
「まったくだ。やっぱり慣れねぇことはするもんじゃねぇ」
男は、剣を抜き放った。
「さっさと殺しとくべきだった」
それが得意分野だ、と男は言い放つ。
男は覆面を脱ぎ捨てる。剣を構えるその姿には、余裕があった。
「それで、お前はどうして一人で来た? まさか、お前も復讐か?」
「――いや」
俺がここに来た理由は、簡単だ。
「依頼だよ」
刀に手を添える。
「――お前たちを、確実に捕まえろとな」
一閃――。
ただそれだけで、五人のうち拳銃を構えていた四人が一瞬で気絶した。
風で作られた刃であるがゆえに、その威力は自在。
峰打ちならぬ、威力を最低限に落とした
「っ……」
男がはっとして、首元に刻まれた傷を手で押さえる。
いつそれが刻まれたのかも、男は自覚できなかった。
それはつまり。お前の首などいつでも落とせる、という明確な意図をもって刻まれた傷。
「今は殺さない。が、それはただ聞きたいことがあるだけだ」
その後はおそらく、殺されることになるだろう。
伯爵の手によって。
お前たちを許せないのは、イリアさんだけではない。
伯爵にとっても、息子を殺された仇だ。
同時に父として、娘の手を復讐に染めたくないと伯爵は言った。
「デス・パピオンという連中を知っているか? 暗黒街に根を張っていた、半グレ連中だ」
男は、動きを止めた。
「あの組織のリーダー、ラギとかいう男、お前の弟だそうだな」
それが分かったのは今日の昼。イリアさんの記憶から警察が肖像画を作成したときだ。その面影に、俺は見覚えがあった。
そして『蝶』というモチーフのつながり。
チームの名に蝶を冠したのは、兄をあやかったのか、それとももっと違う思惑があったのか。
ラギは語らなかったが、だがかつて、ラギにとって兄は憧れだったらしい。
「アンタは弟に、組織のことを漏らしたことがあるそうだな」
いわく。組織に明確なアジトはなく、オーダーによってのみ集合する。
いわく。十人の幹部が存在する。
いわく――十人の幹部には、蝶のタトゥーにナンバーが刻まれる。
だが、その兄は今から五年前に姿を消した。彼は最後に、自分をダストだと名乗ったという。
「ダスト。あんたは、五年前に組織に加入した。具体的には、イスリカで起こった帝国軍襲撃事件の時に」
「……だったら何だ?」
「つまり、お前は組織でも新参者ということだ。帝国軍の襲撃を企てたのはもっと違う、組織の幹部なんだろう?」
「……話すと思うかよ」
「どちらでも構わない」
どのみち、拷問は俺の仕事ではない。
彼らの行き先は警察ではないのだ。
人道的な扱いなど、まず期待できない。
伯爵は、警察に『組織』の手が及んでいることを懸念していた。
実際に組織の人間を捕えたことはあっても、その全員が獄中で死亡しているか、あるいは逃亡を許している。
だから未だに組織の全容は
だから確実に捕え、情報を吐かせ、そして始末する。
それが伯爵の決定だ。
「ク、ククク……ざけんな。ざけんなよ……テメェ――!!」
男が手を前に突き出した。
同時に、足元から、そして天井から無数の石槍が突き出された。
「死にやがれ――ッ!!」
四方を完全に包囲する石槍が、一斉に殺到して俺の身体を貫く。
男の眼にはそう見えた。
だが。
その時には既に、俺は男の背後に立っていた。
歩法、
一瞬の気当たりによって残像を残し、相手の死角を打つ。
男の意識を絶つべく、首に手刀を落とそうとして、
ふと。
気配がして、俺は飛びのいた。
男たちの全身から、あまりにも唐突に、鮮血が噴き出した。
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